【KAC20253/妖精】母親が紡ぐおとぎ話の妖精さん
魚野れん
ある日の情景
「むかしむかし、この領地には妖精さんが住んでいました」
アデラは我が子の為にわざわざ手作りした絵本を読み上げる。これは、アデラの嫁ぎ先であるカルケレニクス領に伝わる物語である。
カルケレニクス領は辺境の地であり、天然の要塞に囲まれた陸の孤島のような場所である。しかも、この地域特有の“暗黒期”というものまで存在し、冬の一定期間は日差しのない日々を過ごす事になる。そんな特殊な地域だからこそ、この物語が生まれたのだ。
「妖精さんは、とても親切で優しく、みんなの人気者でした。困っている人がいれば助けてくれるからです」
「ぶー!」
第一子のエルフリートが嬉しそうに両腕を上げる。雪と見間違えんばかりの銀灰色の髪に、紫がかったアイスブルーの目。大きな目は垂れ目がちのアーモンドアイ。ふわりとした巻き毛もあいまって、妖精のような子供だった。
その上、この子供が生まれたのは暗黒期初日である。真夜中のような暗さに包まれる中、彼は産声を上げたのだ。そしてその産声は周囲を明るく照らした。
魔灯――魔法具の照明――がエルフリートの魔力に反応して普段よりも明るさを増したのだ。それは辺境伯の屋敷が光輝いたと領民が騒ぎ出すくらいであった。
誰もが驚くような生まれ方をした第一子を、アデラとその夫であるカルケレニクス辺境伯アーノルドは「妖精のような人」という意味を持つエルフリートと名付けたのだった。
「妖精さんがこの土地と人間を大切にしているように、みんなからも愛されていたのです」
エルフリートは妖精さんの絵に手を乗せて、何度かそこを叩いている。母親の話を理解しているぞと主張するかのようで、アデラの目にとても愛らしく映った。生まれて半年ほどしか経っていない為、絵本の読み聞かせをしたところで何も理解はできないだろう。
しかし、である。他の絵本よりも、エルフリートはこの絵本が好きらしい。この絵本を読み聞かせているときはいつもご機嫌である。
だからつい、アデラはちょっとでもエルフリートが不機嫌になると、この絵本を取り出してしまう。
「ある日、妖精さんは見かけない人を見つけました。妖精さんは話しかけました。『あなたはだぁれ?』すると、その人は頭を下げて妖精さんに挨拶をしました。『はじめまして、妖精さん。私は隣国の王子です。心優しい妖精さんがいると聞いて、ここにやってきたのです』」
ページをめくると、金髪碧眼の王子様の絵が描いてある。エルフリートはそれを見た瞬間に「きー!」と言葉にならない喜びの声を上げた。エルフリートはこの王子様が大好きなのだ。
アデラは何度読んでも同じ反応を示す我が子に微笑んだ。
「フェーデ、良かったわね。王子様が遊びに来てくれましたよ」
「だ!」
エルフリートが両手で自分の膝を叩く。その勢いのよさに、あとで赤くなってやしないか確認しなければ、と強く思う。ふくふくとした愛らしい手でも、強く叩けば痛くなってしまう。ましてや、赤子自身の太ももである。
か弱い存在であるのに力加減を知らない赤子は、すぐに無茶をする。アデラはこれ以上エルフリートが騒がないように続きを読み始めた。
「妖精さんは王子様の自己紹介に『あら、遠いところからはるばるようこそ。私に何かご用ですか?』と笑顔で聞きました。王子様は『実は……あなたが素晴らしい妖精だと知って会ってみたくなっただけなんだ。せっかくだから、お話する時間がほしいな』と答えました」
「きゃう!」
「フェーデも王子様とお話がしたいの?」
「うー」
こちらの話しかけを理解しているような返事をする息子に、アデラは目尻を下げる。
「あなたも妖精さんみたいな、心優しくて誰かを助ける素敵な人になってくださいね」
「あう」
アデラはキラキラと目を輝かせて王子様を見つめる息子の頭を撫でた。素敵な大人に成長してほしい。その願いがある意味裏切られる事になるとは、この時は思う由もないのだった。
【KAC20253/妖精】母親が紡ぐおとぎ話の妖精さん 魚野れん @elfhame_Wallen
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