報われる音楽

サボテンマン

報われる音楽

 天才と呼ばれるミュージシャンがいた。突如として現れ、世界中の音楽賞を総なめにし、彼の作る楽曲は歴史に残る名曲となった。だが、どれだけ称賛されても、彼は笑顔ひとつ見せなかった。


 ある授賞式で記者が尋ねた。


「あなたは何を目的に音楽をやっているのですか?」


 彼はしばらく考え、静かに答えた。


「報われること」


 それ以上の説明はなく、記者たちの追及にも応じなかった。


 時を同じくして、世間ではアイドルブームが巻き起こっていた。華やかな衣装をまとい、キャッチーな楽曲を歌うアイドルたちが次々とデビューし、熱狂的なファンを生んでいた。


 そんな中、多くのアイドルグループが彼に楽曲提供を依頼した。しかし、彼はすべて断った。


 ところが、ある無名の少女たちによるアイドルグループが、楽曲提供ではなく「コラボレーション」を申し込むと、彼はそれを快諾した。


 世界は騒然となった。なぜ、彼ほどの天才が、ほとんど素人同然の彼女たちとステージに立つのか。評論家たちはさまざまな仮説を立てたが、誰もその真意を解き明かせなかった。


 そして、世界が注目するなか、ついにあるテレビ番組でコラボ楽曲が披露されることになった。


 彼が書き下ろした楽曲は、あまりにも美しかった。イントロが流れた瞬間、会場は息をのんだ。


「どんな奇跡が起こるんだ?」観客は固唾をのんで見守る。


 しかし——


 歌い出したアイドルたちの声は決して上手いとは言えなかった。ダンスもぎこちなく、プロのそれには程遠い。


 そこに彼の歌声が重なる。


 完璧な旋律と、不完全な歌声。その対比は、むしろ不協和音にさえ聞こえた。


 観客席から失望のざわめきが広がる。SNSのコメント欄には、次々と戸惑いの言葉が並んだ。


「なぜこんなことを?」「彼はもっと崇高な音楽を作るべきだった」


 怒りに近い言葉さえ飛び交う。


 曲が終わると、会場は静まり返ったままだった。


 曲をおえた彼らにインタビュアーが駆け寄る。アイドルグループのリーダーが、台本通りのコメントを述べる。そして、マイクは彼へと向けられた。


「どうして、今回のコラボを受けようと思ったんですか?」


 世界が注目した瞬間だった。


 彼は、初めて微笑んだ。


「ぼく、アイドルになりたかったんです」


 会場が静まり返った。


 インタビュアーは言葉を失い、観客も、視聴者も、ただ耳を疑うしかなかった。


「今、この瞬間、ぼくはアイドルだ」


 彼は満足そうにそう言った。


 拍手はなかった。


 誰もが、その言葉の意味を理解しようとしていた。世界が見ていたのは天才ではなく、ただ夢を叶えたひとりの人間だったのだ。


 彼は静かにステージを降りた。その背中は、どこか満ち足りていた。


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