第三十四話(最終話) ふたりの新しい物語

 封印崩壊を阻止した後、僕たちは王都へ無事帰還した。

多くの仲間が重傷を負ったものの、誰も命を落とすことはなかった。闇ギルドの幹部クラスは一部が逃走したらしいが、支配的だった勢力は大きく後退し、今後しばらくは大きな動きができないとギルドが発表している。


ティアのバリアは正式にギルドから聖女の護りと認められ、彼女自身もなんちゃって自称可愛い姫様ではなく確かな功労者として一目置かれるようになった。

ギルド本部は「今後も彼女の力に期待したい。さらなる修練を支援する用意がある」と言ってきたが、ティアは「まずはゆっくり休みたい」と遠慮気味。あれだけ危険な力を振るったのだから、当然のことだろう。


そして、僕とティアは改めて話し合う時間を設けた。場所は王都の外れにある緑の小丘。疲弊した体を癒やすため、少し散歩するのにちょうどいい。エリーナには「二人で行きなさいな」と背中を押されてやってきた。

草花の香りが優しい風に乗り、夕陽が大地をオレンジ色に染める。ティアは少し照れた様子で小さく笑う。


「ねえ、シヴァル。……私たち、結局どうなるの?」

「どう、って……」

「騎士様と姫の関係は壊れたようで、結局まだ続いてる気もするし……。でもあなた、女の子なんだよね?」


ティアはちょっと複雑そうに視線を落とすが、僕は意を決して口を開く。

「うん、僕は女。だけど、騎士としてティアを支えたいと思ってる。僕の名前、Chivalrous(シヴァルラス: 乙女を守る騎士)の名前にかけて……もし、まだ僕が必要なら、そばにいたいんだ」


ティアは小さく息をついて、うつむく。

「正直、最初はショックだった。大好きだった物語が崩れると思ったから。でも……森や深部で、あなたは確かに私を守ってくれた。私もあなたを頼りにしてた。あなたが男でも女でも、本質は変わらないんだって……ようやく分かったの」


夕焼けに染まるティアの瞳が、潤んだ光を帯びる。

「だから、私は……あなたが女の子でもいいの。好きって気持ちは……うまく言えないけど、消えなかったから」


その言葉は、まるで告白のように響いた。僕は胸が高鳴り、思わずティアの手を握る。

「ティア……僕、ずっと打ち明けるのが怖かった。騙してたことを本当に申し訳ないと思ってる。それでも、一緒にいたい。戦いたい。君の笑顔を守りたい……そう思ってる。――予測不能でいつも言っていることはトンチンカンだけど、そんな中に輝く君のひたむきさが、どうしようもなく、僕は好きだよ」


ティアは頬を赤らめ、少し口元を緩める。

「そっか……じゃあ、私が女の子が好きだとしても、いいかな?」

「もちろん……僕も、たぶんそんな感じだから。お互い様、だよ」

それ以上の言葉は必要なかった。僕たちはお互いを見つめ合い、そっと抱きしめ合い、そして、静かに口付けをかわした。


男と女の恋ではなく、女同士の恋かもしれない。でもそんなもの、もうどうでもいい。僕たちが一緒に笑い合い、支え合えるなら、それで十分だから。



夕暮れの小丘から戻ると、宿の前でエリーナが腕組みをして待っていた。

「やだ、随分といい雰囲気じゃない。まさかもうベタベタの恋人同士にでもなったのかしら?」

僕たちは思わず顔を見合わせ、照れ笑いしてしまう。エリーナは呆れたようにため息をつき、でもどこか嬉しそうに微笑む。


「まあいいわ。あんたたちがちゃんと話し合って前向きになれたなら、私も安心よ。姫と騎士ごっこが女性同士の恋愛に変わるなんて、ある意味斬新だけどね」

「う、うるさいわね……別にごっことかじゃないわ。私たちは本気なんだから!」

ティアが抗議すると、エリーナはくすりと笑う。

「はいはい。本気の姫様たちね。とにかく、明日ギルドから改めて表彰と報酬の話があるから、ちゃんと顔を出しなさいよ。今回の深部騒動を防いだ功労者としてね」


そう、僕たちは大崩壊を防いだ立役者の一人。姫と騎士の活躍ではなく、二人の頑張りとして認められることになるのだろう。

ティアは頬を染めながら、「ふふ、なんか変な気分ね……」と照れ笑いし、僕も少し鼻がくすぐったい。



翌日、ギルド本部では討伐隊や支援者への表彰式が行われ、上位ランカーや騎士団からの賞賛を浴びた。ライラも怪我から復帰し、改めて僕たちの功績を称えてくれる。

「あなたたちの連携と、ティアさんのバリアがなければ、今頃はどうなっていたかわからないわ。封印はまだ不安定な部分もあるけれど、今回の闇ギルドによる強制崩壊は回避できた……本当にありがとう」

ライラはそう言って微笑み、僕らは感謝の言葉を受け取る代わりに、「こちらこそお世話になりました」と頭を下げた。


その後、しばしの休息期間が与えられた。深部の再調査や完全封鎖には時間がかかるし、上位ランカー主導で事が進められる予定だ。僕とティアはD級としての責務を果たし、少しだけ余裕のある日々を過ごせそうだ。

ただ、ティアにとっては「闇ギルドに狙われ続けるかもしれない」という懸念もある。彼女の聖女の力が封印に深く関わるならば、今後も波乱は絶えないだろう。

それでもティアは言う。「私、もう迷わない。あなたがいれば、怖くないから」と。


そして――僕らはついに、はっきりと恋人になることを選んだ。

ティアが「男の騎士」に夢を見ていた時期はもう過去のこと。今は女の騎士として、僕を受け止めてくれる。ふたりの関係は少しずつ形を変え、今のかたちへ辿り着いた。


ギルドの仲間からは「え、マジで?」「でもお似合いだよね」「あ、わたしの中で何かが目覚めそう」などと様々な反応があったが、もう気にしない。エリーナも呆れつつ「まあ、あんたたちが幸せならいいんじゃない」と笑ってくれる。


「シヴァル、あなたは私の騎士だけど、私もあなたを守りたいの。姫として、聖女として――それが私の新しい可愛い物語だわ」

ティアはそう言って、恥ずかしそうに僕の腕を取る。


そのまま彼女は悪戯っぽい笑みを浮かべ、「ふふふ、もしシヴァルが姫様をやりたくなったら言ってね。たまには私が騎士の役をして、あなたを守るのもいいかも!」と謎の提案をしてきた。

想像すると少し恥ずかしいけれど、なぜか心が温かくなるのを感じる。


僕は穏やかな笑みを浮かべて、彼女の手を重ね返した。


「それはまたいつかね。ティア、これからも一緒に強くなっていこう。深部がどうなっても、闇ギルドが何をしても、僕たちはきっと乗り越えられる……そうでしょ?」

「もちろんよ。だって、最強に可愛い私と騎士様のタッグなんだから!」


ティアが堂々と胸を張り、僕は笑いながら頷く。

騎士と姫という看板は崩れたようで、実は新しい意味でさらに強固になったのかもしれない。周囲がどう思おうと、僕たちは揺るがない。


小さな冒険者パーティの、ちょっとおかしな物語。

いつか本当に深部を制覇して、世界中を驚かせる日が来るかもしれない。

そのときは、男と女のロマンじゃなく、愛おしくて勇ましくて可愛い僕の姫様のロマンを堂々と披露してやろう――そんな夢を共有しながら、僕たちは笑い合う。


ここから始まる物語は、ティアとシヴァルふたりの女性が紡ぐ、新しい旅路。

そこに、確かで温かな愛がある限り、どんな未来も怖くなんかない。


Fin.

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底辺ランカーだけど、世界最カワ美少女(自称)が仲間になりました!?  〜可愛いでこの世界を変えてみせる!〜 ふつつかなり @futsutsukanari

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