第三十三話 深部の扉、開かれるとき!?
王都へ戻った僕たちは、森での騒動やティアの失踪騒ぎをエリーナやギルドの仲間に報告し、一旦落ち着くことにした。
ティアの肉体的には軽傷だったが、精神的ダメージは大きいらしい。僕が女だと打ち明けられたショック、そして森での戦闘――どちらも彼女を疲弊させたに違いない。
それでもティアは「体は平気だよ。もう大げさに扱わないで」と強がっている。宿の部屋で横になる姿はいつもの元気な可愛い姫様とは程遠く、少しだけ痛々しい。
「……ティア、ちゃんと休んでいいんだよ。焦りすぎて無理しないで」
僕はそっと声をかけるが、ティアは薄く微笑みながら首を振る。
「ううん、ありがとう。でも私、このままくじけたら、可愛さや姫様を名乗る資格もなくなっちゃう。それに……深部の扉が開くのって、もう時間の問題でしょ? こんなところで寝込んでられないわ」
実際、闇ギルドの動きは急速に活発化しつつあった。ギルドの上層部によれば、盗まれた古代教団の資料を使った封印解除の儀式が、近く下層か深部の特定区画で行われる可能性が高いとのこと。
ただでさえ危険な下層〜深部が、闇ギルドの手で完全に解放されれば、想像を絶する規模の魔物や悪意が地上に溢れ出すかもしれない。
ティアのバリアは、その脅威を食い止める鍵となるはずだ。ギルドからも「できればティアに協力を仰ぎたい」と要請が来ている。
「無理をさせたくはないけど……ティア本人がいいなら、僕もサポートするよ」
僕がそう言うと、ティアはうつむき加減のまま、ぽつりと呟いた。
「……シヴァル、あなたが女の子でも、私にとって仲間だっていう事実は変わらない。正直、今でも頭がぐちゃぐちゃだけど……このまま逃げ出したら余計に何もわからないままだから、私は戦うわ。闇ギルドを放置するのも気に食わないしね」
まだぎこちない会話だけど、少なくとも彼女は僕を拒絶してはいない。僕は胸をなでおろし、「わかった。一緒に行こう」と頷いた。
エリーナやライラも加わり、作戦会議が始まる。場所はギルドの応接室。王都騎士団の一部や、上位ランカーの代表者も同席し、緊迫した空気が漂う。
「闇ギルドが今夜から明日にかけて深部へ本格突入する。既に手下を下層に潜ませ、儀式の準備を進めているとの情報があるわ」
ライラが負傷した腕を押さえつつ、地図を広げながら説明する。
「封印を解くためには聖女が持つ力が必要という文献が多いけれど、彼らは礼装や魔法陣を模倣し、無理やり扉をこじ開けようとしているみたい。そうなれば制御不能の大崩壊もあり得る」
「大崩壊……?」
ティアが声を震わせる。ライラは神妙な面持ちで頷いた。
「ええ。古代教団が慎重に施した封印を、強引な手段でこじ開ければ、迷宮全体にひずみが生じる可能性があるわ。下層〜深部だけでなく、中層や地上にも異常が拡がりかねない。大規模なスタンピードや、さらには都市崩壊レベルの災厄が起こる可能性もあるの」
「そ、そんな……」
ティアがショックを受けた表情を見せる。僕も背筋に冷たいものが走った。
(闇ギルドは封印を解き、深部を支配したいという野望のようだけれど、そのやり方があまりに無謀なら、王都どころか自分たちも危険だろうに……)
「だからこそ、ギルドと騎士団は総力を挙げて阻止するつもりよ。上位ランカーも多数参加する。あなたたち、特にティアさんには封印強化の力を借りたい。もし闇ギルドの儀式が始まったら、バリアで封印を補強しつつ、私たちが突入する……そんなプランを考えているわ」
ライラの言葉を受け、エリーナが静かに頷く。
「C級になったし、私も今回は本隊の一員として参加するわ。シヴァル、ティア、あなたたちはどうする? まだD級だし、危険度は高いけれど……」
危険なのは重々承知している。それでも――。
「行くよ。何度だって言うけど、僕はティアを守るって決めたんだ。ティアも、闇ギルドを放ってはおけないよね?」
僕が振り返ると、ティアは少し戸惑いながらも力強く頷いた。
「もちろん。……姫としての意地もあるし、バリアを操れるようになった今こそ、試すチャンスだわ。たとえ怖くても、逃げ出すなんてできないもん」
そうして、僕らは深部への突入作戦に参加することを決めた。
作戦開始は今夜。闇ギルドの儀式が行われそうなタイミングを狙い、上位〜中堅ランカーが一気に突入する。僕たちD級パーティはその後方からサポートしつつ、ティアがバリアで封印を守る、という流れになる予定だ。
夜。ギルドの周囲は緊張した空気に満ちている。多くの冒険者が武装を整え、騎士団の号令に従って続々と迷宮の入口へ集結していく。
僕とティアも支度を終え、エリーナの合流を待つあいだ、ギルド裏手の人気の少ないエリアに立っていた。
ランタンの明かりが揺らめき、ティアのピンク髪をかすかに照らす。彼女は自分の短剣を見つめながら、何度も深呼吸を繰り返していた。
「……怖い?」
僕が尋ねると、ティアは微笑み混じりに首を横に振る。
「ちょっとね。でも、あなたがいるなら、なんとかなる気がするの」
「そう……なら、よかった」
ぎこちない沈黙が訪れる。お互い、先ほどの森での騒動や僕の秘密の告白が頭を離れないのだろう。
少し間を置いて、ティアが視線を上げる。
「シヴァル。あなたのこと、まだ騎士様って呼んでいいのか、正直分からなくて……ごめんね。私の都合のいい妄想の中で、男の騎士として頼り切ってた部分もあるから」
「……ううん、気にしないで。僕は自分が女だって言ったけど、仲間を守るという姿勢は変わらないし。呼び方は好きにしてもらっていいんだよ。そもそもティアは姫様って自称してるわけだし、おあいこでしょ?」
やや冗談めかして返すと、ティアはくすっと笑い、そして少し潤んだ瞳で僕を見つめる。
「そっか……じゃあ、今は『私の騎士』として、お願いしてもいい?」
言葉尻に宿る微かな震え。僕は心がドキリとして、こくりと頷いた。
「ティアがそう望むなら、もちろん。……ただ、僕は女の騎士だけど、それでも良ければ……ね」
「ふふ……わざわざ口に出すと余計に照れるわね。でも、ありがとう。今はそれで充分……」
ティアは短剣を鞘に収め、そっと僕の手を握る。
その瞬間、二人の間に流れる空気がほんの少し軽くなる気がした。今は性別の枠すら超えて、互いを必要としている感覚が、確かにそこにある。
作戦決行の時間がきた。大勢の冒険者たちが迷宮を順次下っていく。上位パーティは先行して闇ギルドの下っ端を制圧し、儀式を阻止するために奔走している。
僕とティア、エリーナは中層を越え、下層の奥にある封印の間と呼ばれる空間へ向かった。そこは古代教団が深部への入口を管理していた遺跡らしく、巨大な扉と不気味な紋様が壁一面に刻まれている。
「あれ……まだ本格的に開いてはいない、のかしら?」
エリーナが眉をひそめる。扉は半分ほどひび割れ、わずかに隙間が生じているものの、完全には開いていない。
しかし、その隙間からは嫌な魔力の気配が漏れてきていて、空気がざらついているのがわかる。
「ふう……多分、闇ギルドはこの奥で封印を解く儀式をやってるのね。扉を部分的に壊して潜り込んだのかも」
僕がそう推測した瞬間、奥から数名の闇ギルド構成員らしき男たちが現れた。槍や短剣を構え、一斉にこちらを威嚇してくる。
「邪魔するな……封印はすぐに壊れる……! 貴様ら冒険者ごときが相手になるかよ!」
「いいえ、ここで止めさせてもらうわ!」
エリーナが詠唱を始めると、彼らも闇魔法めいた術式を展開。すぐに激しい火花が散り始めた。
ティアはバリアを張ろうと構えたが、僕がそれを制する。
「今は攻撃に集中して。バリアは扉が本格的に崩される瞬間まで温存しよう」
「う、うん、わかった!」
ティアは短剣を握りしめ、僕たちと連携しながら闇ギルドの構成員を迎え撃つ。
エリーナの魔法はC級だけあって強力で、敵の動きを一度に封じることができる。僕は盾で突撃し、弾き飛ばしたところをティアが短剣で制圧していく。かつてはE級同士のポンコツパーティと言われたけれど、今の僕らは違う。確実に成長しているのがわかった。
「くっ……あいつら手強いな……!」
闇ギルドの男たちも必死の抵抗を見せるが、やがて仲間が次々と倒され、最後の一人が逃げ出そうとする。その時、扉の向こうから大きな轟音が響いた。
「まずい……儀式が進んでるのかもしれない!」
僕たちは急いで闇ギルドの男を縛り上げ、奥へ突っ込む。ひび割れの隙間をくぐると、さらに広い石造りの祭壇があり、中央には怪しげな魔法陣が浮かび上がっている。そこにはローブを身にまとった幹部らしき人物がいて、不気味な呪文を唱えていた。
「ようこそ、虫ケラども。大崩壊が訪れるまであと少しだ。せいぜい足掻くと良いさ……」
ローブの男が高笑いし、祭壇の中央に置かれた古代教団の礼装を模したような品をかき乱す。その周囲には黒いクリスタルが幾つも並べられていて、異様な闇の力を放っていた。
明らかに邪道な方法で封印をこじ開けようとしているのだろう。魔力が不規則に渦を巻き、床や壁がビシビシと亀裂を生じさせている。
「こんなの、放っておいたら……!」
エリーナが戦慄を覚えたように目を見開く。確かに、ただならぬ魔力の乱れだ。これが封印に与え続けられれば、やがて扉は完全に崩壊し、深部の悪魔的な何かが溢れ出しかねない。
「ティア……君の出番だよ。可愛いバリアで、この暴走を少しでも抑えられない?」
僕が問いかけると、ティアは小さく頷き、ぐっと礼装の裾を掴む。
「わかった……でも、この闇の力、すごい圧迫感……ううん、姫は怯まないわ。シヴァル、エリーナ、私を守って!」
そう言うや否や、ティアは魔法陣が暴れる祭壇の近くで膝をつき、両手をかざした。瞳を閉じて集中する。
「……来い、可愛いバリア……封印を保って……深部の扉を開かせないで……!」
ビシッと空間が振動したかと思うと、ティアの身体から柔らかな光が立ち昇る。あの日、石板で得た力が活性化し、礼装の刺繍が眩い輝きを放つ。
ローブの男は目を剥き、嫌悪感むき出しに叫んだ。
「愚か者が……そんな力で儀式を妨害するつもりか? ならば――!」
彼が手を伸ばすと、闇のクリスタルが黒い稲妻を放ち、ティアへ襲いかかろうとする。
「させるかっ!」
僕は盾を構えて前へ出る。女として生きてきた僕が、いまは騎士としての意地を燃やすときだ。
「エリーナ、援護して!」
「任せて! 《ブリザード・ウォール》!」
エリーナの魔法が舞い、氷の壁が稲妻を受け流す。僕はさらに盾で黒い雷の残滓を叩き落とし、ティアに被害が及ばないよう必死に動く。
祭壇上の闇の力はますます混沌とし、床や壁が砕け散るほどの衝撃が走る。しかし――
「……はああっ!」
ティアが決意の叫びを上げた瞬間、ふわりと白金色のバリアが魔法陣全体を覆いかぶさるように広がった。バチバチと凶暴な闇の波動が跳ね返され、わずかに収まっていく。
「ば、バカな……封印の崩壊を、押し返している……だと?」
ローブの男は動揺し、呪文のリズムを乱してしまう。そこへエリーナが素早く攻撃魔法を叩き込む。
「甘いわね。《フリージング・レイ》!」
ローブの男は凍てつく光線を喰らって呻き声を上げ、崩れ落ちる。残された黒いクリスタルが砕け散り、祭壇の闇が一気に揺らぐ。
同時に、封印しかけた扉の亀裂から、何か禍々しい声のようなものが響いたが、ティアのバリアがそれを抑え込む形になった。
「くっ……まだ油断はできない……ティア、大丈夫か?!」
僕はティアへ駆け寄る。彼女は歯を食いしばりながら、両手を前へ突き出したまま動かない。全身が小刻みに震え、限界の苦痛に襲われているのがわかった。
「う、うぐ……っ……バリア、抑えきれてるけど……このままじゃ私の魔力が……!」
「いい、もう十分だよ! あとは騎士団やライラたちが封鎖の術式を仕上げるはず……!」
エリーナが言葉を重ねると同時に、後方から応援の冒険者や騎士団が到着し、祭壇周囲の魔力を安定化させるための封印術式を展開し始めた。
ティアはぐったりと膝をつき、僕が抱きとめる形になる。
「ティア、もういい……無理しないで……ありがとう」
「シヴァル……私……姫様として、ちゃんと役に立てたかな……?」
彼女は息も絶え絶えに微笑む。その顔には確かな充足感がにじんでいた。
「当たり前だよ。ティアは最高に可愛い聖女で、姫だった……」
僕がそう言うと、ティアの瞳からぽろりと涙がこぼれる。喜びなのか安堵なのか、あるいは色々な感情が混ざり合っているのだろう。
やがてエリーナが駆け寄り、肩を貸してくれる。ローブの男や闇ギルドの手下は、上位ランカーたちが取り押さえたようだ。
こうして、封印の大崩壊は寸前のところで阻止された。
深部の扉は依然として危険な状態だが、闇ギルドの強引な儀式は失敗に終わり、封印を完全に破壊するには至らなかった。後日、ギルドと騎士団が改めて本格的に封鎖・管理するとのこと。
僕たちも今は全身の疲労でふらふらで、ティアも可愛いバリアを酷使した反動で倒れそうになっている。急いで王都に戻って治療を受けなければ――。
「シヴァル……一緒に戻ろう。あなたが私を連れてって」
ティアがか細い声で、でもどこか甘えるように言ってくる。男だろうと女だろうと、今だけは騎士様でいい――そんな空気が伝わってくる。
「もちろん。一緒に帰ろう、ティア。僕が守るから」
抱きかかえるように支えながら、僕は胸の奥に温かい何かが満ちていくのを感じていた。
――姫は守られるだけじゃなく、自分の力で世界を守ろうとしていた。僕もまた、女だろうと関係なく、騎士のように戦っている。
この不思議な関係は、既に騎士と姫という枠を超えつつあるのかもしれない。
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