エピローグ





 ◇◇◇





「教頭にこっぴどく叱られましたか」


 越智令児が教員用駐車場にバイクを停めていると、椎名蒼佑がニヤけ顔で近付いてきた。


「うるせぇな」


 令児は自販機で缶コーヒーを買い、ベンチに腰掛ける。

 後夜祭はそろそろフィナーレを迎えるようで、花火の音がグラウンドに鳴り響いていた。


「なかなかに搔きまわしてくれたな」

「なんのことです?」

「こんなとこで生徒ヅラするのは辞めてくれ」

「俺が教室で指摘したことを根に持ってるのか? 図体のわりに器が小さいな」

「その言いぐさ、マジで蒼佑そっくりだわ」

「蒼佑だよ、俺は。一応ね」


 言いながら蒼佑は、令児の隣にドカッと腰かける。

 『意識継承型AI第1号 CCU-01 SS(Model:Sosuke Shina)』―――それが、現在1年A組に在籍している椎名蒼佑の、正式な名前だった。

 そう。1年A組に紛れ込んでいたAIは、鈴鹿紘斗だけではなかったのだ。






 令児が、『意識継承型AI』の前段階となる研究―――『意識・記憶・人格の構造的模倣と再構築』の研究プロジェクトに参加したのは、いまから20年前のこと。

 それは政府が“国家重点研究計画”として、秘密裏に巨額の予算を投じた一大プロジェクトだった。


 それから約10年の歳月を経て、“人工知能AIへの意識の移植”の実証研究が本格始動する。

 その研究チームに、当時24歳という若さで新たに加わったのが――――まだ人間だった頃の、椎名蒼佑だった。


 蒼佑は10代でアメリカの名門大学を卒業した、若き天才科学者。

 年齢を感じさせない、歯に物着せぬ言動の多い男だったが、その圧倒的な頭脳と科学にかける情熱によって、同僚からも深く信頼されていた。


 この時点で、すでに“脳の構造や思考・記憶・人格をデータ化する”技術は確立されていた。

 しかし問題は、その“意識”をAIへ移植する段階で起こった。

 実証のために、だれかがを最初のサンプルとして提供しなければならない。

 だが、だれも1人目の被験者にはなりたがらなかった。自分がAIとして“複製”されることを、皆恐れたのだ。

 ―――そんな中、ただ一人手を挙げたのが、椎名蒼佑だった。






 研究チームは、椎名蒼佑の脳構造および神経回路を精密に再現。

 さらに、半年にわたり脳波センサーとモニタリングで情報収集を行い、記憶・人格・思考プロセスを完全にデータ化。

 人工知能AIとの統合を行い、初代『意識継承型AI』―――“CCU-001 SS(Model:Sosuke Shina)”が誕生した。


 その後、ロボットにAIの搭載を試みるが、成人型のロボットでは動作に拙劣さが目立った。

 そこで、より安定した動作を得るため、小児型ロボット――見た目が10歳程度の筐体に“CCU-01 SS”を組み込む形に変更された。


「なるほど。見た目は子ども、頭脳は大人ってやつを、俺は演じればいいんだな。……で、あんたが俺の“オリジナル”ってわけか?」

「―――あぁ、そうだ。いずれは知能と精神年齢に見合った筐体ロボットを用意するよ」


 “CCU-01 SS”は、「自分がAIであり“オリジナルの椎名蒼佑”のコピーである」ことを理解していた。

 そして、“オリジナルの椎名蒼佑”との会話もきわめて自然で、円滑だった。


「別に構わないよ、この見た目のままでも。『意識継承型AI』としては、まだ子どもみたいなもんだからな」


 第1号の完成が成功を収めたことで、やがて他の研究員たちも被験者として名乗り出るようになった。

 プロジェクトの最終目標は、情緒、知能、人格すべてにおいて“人間社会に自然に溶け込むAI”―――すなわち「自らを人間と信じて生きるAI」の創造である。恋愛感情等の制御も安定しており、開発はスムーズに進んだ。


 しかし、その矢先―――“オリジナルの椎名蒼佑”は、不慮の交通事故により、命を落としてしまう。

 皮肉にも、この世界に“椎名蒼佑”として残されたのは、AIである“CCU-01 SS”ただ一体となった。


 遺された“CCU-01 SS”AIとなった椎名蒼佑を引き取ったのは、生前の椎名蒼佑の奥さんだった。

 彼女はこのAIを、自らの息子として育てることを決意する。

 “CCU-01 SS”は小学4年生として、地域の小学校に通うこととなった。


 成長に合わせ、筐体(ロボットの身体)は段階的に入れ替えられ、人工脳と身体のマッチング精度も年々向上していった。精密な手先の動作も可能となり、社会生活を送る上で支障のないレベルにまで至る。

 彼は、自身がAIであることを誰にも明かさぬまま、周囲の年齢や状況に応じた態度を自然に取ることを学び、自己制御もまた洗練されていった。







 今回の『社会適応実験』においては、まずAIとなった子どもたちとその家族、そして協力校との間で慎重なマッチングが行われた。

 全員が高校1年生として新たな生活を始めたのは、入学という節目がもっとも自然に潜入できるタイミングだったからだ。


 協力校には、それぞれに研究員が1名ずつ配属された。

 “AIとなった鈴鹿紘斗”が入学を決めた鳴海学園高校には、令児が配属された。

 機を同じくして“CCU-01 SS”が同校に入学することになったのは、まったくの偶然だった。

 本来、“CCU-01 SS”にはあくまで観測者という立場に徹するよう指導がなされていた。だが、どうやら彼は、それ以上の関与をしていたようだった。


「俺の知らないところで、生徒たちに入れ知恵して……いったい、何を考えていたんだ」


 令児の問いに、椎名蒼佑―――すなわち“CCU-01 SS”は、少し肩をすくめてみせた。

 彼がA組の生徒たちに語った内容の多くは、確かに真実だった。だが、それらは一般の高校生が知り得るはずもない情報だった。

 結果として、彼の行動は明らかに過度な干渉であり、観測者としての中立性を逸脱していた。


「いいクラスだと思ったからだよ。この実験の本来の目的は、『AIの社会適応』だけじゃない。そうだろ?」


 その言葉に、令児は短くうなずく。


「……ああ。“感情を持ったAIを、人間がどう受け入れるか”、“共存は可能なのか”―――本質はそこだ」

「そのためのヒントを与えただけだ。まぁ、多少誘導もしたけどな」


 蒼佑の声音には、悪びれる様子もなければ、逆に誇らしげな響きもなかった。

 状況をただ恐れるだけでは、人は自ら考えるという行動に至らない。

 “CCU-01 SS”は、ある程度の情報を与えたうえでを見たかったのだ。


「……それにしても、鈴鹿紘斗の背中を押す必要はなかったんじゃないか?」


 令児の視線には、微かな不満がにじんでいた。

 “CCU-01 SS”は、紘斗をけしかけ、日奈との仲を取り持とうとした。

 日奈が動揺していたときには、周囲に気づかれないようさりげなくフォローしていた。

 あとになって、令児が会話ログを見返したとき、思わずひっくり返るほどだった。


「あいつ、いいヤツだからな。日奈のこと好きなのは伝わってきたし、報われてほしいって思っただけだよ。俺にとってはある種の同志みたいなもんだし」


 同じ『意識継承型AI』仲間だ、と言いたいのだろうが、椎名蒼佑はそのような仲間意識だけで行動するような男ではない。

 単に、感情抑制に困惑する紘斗や、それを見守る日奈のことを見過ごせなかっただけだろう。


「それに……日奈はあいつを受け入れるって思ったから」

「なんだそれ」

「AIの勘だよ。これでも、10歳の頃から日奈を見てきたからな」


 “CCU-01 SS”がこの街にやってきたのは、“オリジナルの椎名蒼佑”が亡くなり、元妻に引き取られて「息子」として生きることになったときだった。

 当時、小学4年生。その隣の家に住んでいたのが日奈だった。

 以来ずっと、彼は彼女の成長を見守り続けてきたのだ。


「彼らは自分たちで“選択”した。紘斗も、日奈も、A組のみんなも。それがすべてだよ」


 紆余曲折ありながら、“AIとして生きる”ことを決めた、紘斗。

 “AIとして生きる紘斗”のそばにいると決めた、日奈。

 “AIとして生きる紘斗”を守り抜くと決めた、A組のみんな。

 この選択に、正解はない。

 みんなが自ら選んだその道こそが、彼ら自身の答えとなる。当然それは、時間と共に変わってゆくかもしれないけれど。


「令児さんこそ大丈夫だったのか? A組の生徒に実験のこと話しちゃって」

「処分保留だとよ。もし外部に漏れたら庇い切れないと言われたけどな」

「人の口に戸は立てられないぜ」

「わかってるよ。蒼佑こそ、色々話したのがバレて記憶操作されても知らないからな」

「大丈夫。自分でバックアップ済みだから、どんなにプログラムを改変されても俺は元の俺に戻れる」

「マジでとんでもないAIだよ、お前は」

 

 紘斗が機能停止したとき、生徒たちに“話す”と決めたのは、令児自身だった。

 それもまた、“CCU-01 SS”が言うところの“選択”だったのかもしれない。


「……他校の生徒は結局、だれも再起動されないままか?」

「残念ながらな」


 他校で機能停止した『意識継承型AI』のうち、再起動に成功した例はひとつもない。

 機能停止から目覚めない者、目覚めてもすぐに自我崩壊を起こす者……それに、家族が再起動を望まないケースもあった。

 自我崩壊等のリスクはもちろん事前に説明してあったが、家族にとっては二度も我が子を失ったような感覚なのだろう。


「でも紘斗は、いい感じに再起動されてたな。むしろ前より生き生きして見えたぜ」

「感情抑制プログラムを解除したからだろうな。あー……合唱を聴かせてくれたのは蒼佑だろ? ありがとな」

「どういたしまして」


 “オリジナルの椎名蒼佑”が亡くなってからは、“CCU-01 SS”は研究とは無関係の立場になっていた。

 それなのにどうやって研究所の者に接触したのか……本来なら問い詰めたいところだが、面倒に感じてその質問は飲みこんだ。


「今後……研究はどうなると思う?」

「どうだろうな。自我の崩壊例がここまで多いと、さすがに偉いさんたちも方針を見直すだろうが……」

「自我を捻じ曲げるなんて、リスクしかない。神の領域に踏み込もうとした、報いだよ」


 そもそも、「自らを人間と信じて生きるAI」という開発方針を打ち出したのは政府だった。研究チームは、当初から自我崩壊のリスクを慎重に説明してきたにもかかわらず、だ。

 汎用性を高めるためという理由だったが、結局は、“他国に先駆けたい”という政治的な思惑だったのだろう。

 それに今回―――『協力校一覧』の情報漏洩が、政府関係者によるものだったことも明らかになった。

 もし今後も『意識継承型AI』の研究が続けられるならば、少なくとも「自分はAIである」という明確な自己認識を持たせることは、避けて通れないはずだ。


「俺たちは、生きたいと思った“心”を、生かしたかっただけなのにな」


 令児の声には、深いもどかしさが滲んでいた。


「……理解され、必要とされる時はいつか来るよ」

「あぁ、そうだといいがな」


 複雑な想いは言葉にしきれず、いつだって胸の奥に沈んでいた。

 今はただ、鈴鹿紘斗―――“CCU-022 HS”が、静かに、幸福に生きていること。

 そして、彼を取り巻く人々が、穏やかな日々を過ごせていること。

 願うのは、それだけだった。


 グラウンドには、後夜祭の終わりを告げるクラシック音楽が流れていた。

 晩秋の風が吹き抜け、令児は思わず肩をすくめる。

 手にした缶コーヒーをそっと傾けた。

 中身はすっかり冷めていたが、舌の奥に残るやさしい甘さが、ほんの少しだけ、心の疲れを和らげてくれたような気がした。







 『センティエント・ブルー』 fin.





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センティエント・ブルー pico @kajupico

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