彗星の尾を掴む


「あの、これ……?衣装、ですか?」


 事務所で着替えさせた衣装を着て鏡に映る自分の姿を確かめながら彼女は困惑の色を浮かべる。

彼女は背が高い。この事務所にも衣装は数多くあるが170cmを超える彼女に合う衣装はない。

なので彼女持参のスーツをベースに複数の衣装の装飾や上着を組み合わせた。

従来のアイドルの衣装はかわいらしく大きなシルエットの衣装が流行だがそれらとは似つかない飾り気が少なく引き締まったシルエットだ。


「そうだよ。動きに問題はない?大丈夫そうなら出発するから支度してもらっていいかな。」


「出発?えっと、あの……?」


 戸惑う彼女を更衣室に押し込み元の服に着替えさせ、その間に準備をして車を事務所の玄関まで回す。

急展開に目を回す彼女を後部座席に乗せて車を出した。


「早速で悪いけど君にはオーディションに出てもらう。地方主催の小さなものだけどスポンサーもついていて大手も新人の力試しに使う公開オーディションだ。中継も入る。」


「で、でも私練習とかなんにも……。曲もないし歌だって……。」


彼女の表情が不安と戸惑いでいっぱいになる。


「曲はこちらで用意してる。歌もダンスも君なら完璧にやれるはずだ。」


「え、これって……?」


 用意した曲を彼女に渡す。


「それから、パフォーマンスだけど今から言う方針に従ってもらう。」


 固唾を飲む彼女に方針を説明する。

事務所のオーディションでした様な遠道晴の真似事はしない。無理に笑顔を向けず手を振ったりファンサービスもしない。真摯にパフォーマンスを届け自分の在り方を示す。そして礼儀だけは誰よりも丁寧に正しく。


 従来のアイドル像と全く異なる指示に彼女は驚き目を見開く。


「で、でもそれじゃあハレちゃんみたいには……。」


「君は遠道晴ではないし、遠道晴にもなれない。」


 そういうと彼女から表情が消える。公園にいた時と同じだ。どうやらあれは彼女がつらいことに耐えるときの癖のようなものらしい。


「君は遠道晴になる必要はない。意識した笑顔は得意ではないみたいだし彼女みたいなやり方は君には合わない。でも君のその真剣な表情や端正な顔立ちに一際目立つルックス、アイドルへの真摯さは君の武器だ。君は遠道晴ではなく彼女の作った常識を変える新しいアイドルになるんだ。」


 投げかけた言葉に彼女は瞳に涙を滲ませぽつぽつと語り始める。


 幼少期に遠道晴に憧れたこと。いくつも事務所に応募したが高い身長も端正な顔もアイドルらしくないと否定されてきたこと。自信は打ち砕かれ下手な笑顔もさらに足を引っ張り縋るように我が事務所へ応募したが似たような反応だったこと。


「私、子供の頃からハレちゃんになりたかった。でも私はハレちゃんにはなれない。……だから、アイドルにはなれないのかなって。」


彼女の瞳が艶やかに揺れる。


「私はアイドルになれますか?」


「……それをこれから証明しにいこう。」


 真剣な表情の中に気迫を宿らせ彼女は静かに頷いた。


アイドル飽和時代ではオーディションは日や開かれ飛び入りも多い。幸いにも父親からの縁でそれなりにツテはあり当日でも小規模なら枠は用意してもらえる。

とはいえ番組は固まっていて飛び入りの彼女の出番はトリ直前。

注目株の前座に近く印象にも残りにくい。

だがそれはチャンスでもある。

大番狂わせにはちょうどいい。


 いくつもの駆け出しアイドルが次々に舞台に立つ。光るものがあるもの、ないもの。重ねてきた努力の差。並べられ比べられると現実は残酷なまでに真実を伝える。


 そして彼女の出番がやってきた。

これまでのどのアイドルとも違う佇まい、雰囲気に会場がザワつく。


 彼女のパフォーマンスが始まるとざわめきはさらに大きくなった。


 彼女の為に選んだ曲は『偶像アイドル


 この時代の代名詞とも言える遠道晴のデビュー曲だ。現代のアイドルの在り方を決定づけた曲でもあるがその解釈についてずっと疑問を抱いていた。


 遠道晴はアイドルの象徴で理想だ。

だからみな明るくかわいく元気に振る舞う。


 だけど、遠道晴の到来以前にアイドルは存在しなかった。

そんな中アイドルの道を開拓した彼女にとってその道は常識を破壊し自分の道を切り拓く険しく困難な道だったのではないか。

常に新たな境地を行き夢を追い掛け誰かに希望を与え続けた遠道晴。

時代の中で偶像化された彼女の本来の姿に今この会場で最も近いのは誰だろうか。


 その問いの答えをきっとこの場にいる誰もが感じている。


 彼女がパフォーマンスを終えこれまでの誰よりも深く丁寧に頭を下げる。

笑顔はなく愛想は振り撒かず媚びもしない。

だけど人一倍真摯に真剣さを伝える。


 異彩を放つ彼女の姿にパフォーマンスが終わっても会場のざわめきは収まらない。

視界の端で芸能関係者や記者らしき人影が忙しなくしているのが見える。

その様子を見て新しい時代の到来が近いことを確信する。彼女と公園で出会った時可能性を感じたのは単に彼女が遠藤晴と違う輝きを持っていたから、彗星に届きうるから……それだけではない。

この会場にいる誰もが感じたはずだ。

彼女という存在を通して遠道晴と似ても似つかない容姿にパフォーマンス。それなのに誰よりも遠道晴に近い在り方。

アイドルの本質は遠道晴の再現ではない。無謀や常識に立ち向かい抗いながら道を切り開き人々に希望を与える姿。それこそがアイドルなのだと。

彼女の存在が大きくなるほどアイドルの定義は変化する。それぞれがそれぞれの色で輝く時代が来る。彗星の後を追い流星群が降り注ぐ時代からそれぞれの星が自分の色で空を彩る時代が来る。

その時こそ、彗星の時代からアイドルの時代がやってくる。

そしてその時代の中心に一際輝く一番星。

それが彼女、戸隅こくまアリスの存在だ。


 出演者の控え室に向かうと興奮に頬を染めたまだ息の荒い彼女が待っていた。


「どう、でしたか……。私、うまくできた、でしょうか。」


息を整えながら彼女が問い掛ける。


「十数年ぶりにアイドルを見た。そんな気がする。」


「……!」


 彼女が満開の笑顔を浮かべる。

表の方からワッと歓声が上がる。どうやら審査結果が出たようだ。係員が彼女の元へやって来てあっという間に舞台へ連行していく。


 彼女を見送る自分の心臓は酷く高鳴っていた。彼女の屈託のない笑顔。その中に彗星を見た。在りし日の遠道晴を思わせる破壊力。

彗星を穿つ星を見つけたと思っていた。だけどやっぱり自分も彗星を探していたのだろうか。


 舞台の方から聞こえる歓声は今日一番の盛り上がりを見せる。新たな星が今産声を上げた。


 瞬く間に空を駆け抜けた彗星。僕たちはその後を追っている。


 彗星の尾を掴む。

彼女とならそんな夢物語も現実にできるはずだ。

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彗星の尾を掴む 山田議事録 @Mt_gi269

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