ゴブリンのジレンマ

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ゴブリンのジレンマ

 人間達から「邪悪で野蛮なモンスター」として嫌われ、討伐対象にされているゴブリン。


「ボクだって、ただ普通に暮らしたいだよ!!」


 そう叫ぶのは、一匹のゴブリン・グリン。

 彼は賢く(ゴブリンの中では)、理性的(ゴブリンの中では)な性格で、無駄な戦いを避け、平和に生きる道を歩いていた。


 そんな中、グリンは冒険者達に捕まり、命の選択を突きつけられる。


「さて、こいつをどうする?」

 勇者・レオンは腕を組んで悩む。


 戦士のガルドは剣を磨きながら、

「殺っちまおうぜ」

 と言う。


 神官のリリアは、

「ゴブリンは邪悪の尖兵ですね」

 と納得する。


 魔術師のエリオットは、

「僕の魔法の実験台になってもらおうか。敵を前に、長ったらしい呪文を詠唱しての攻撃できることの修行になるよ」

 と呪文書を開きながら呟く。


 殺る気満々な勇者達に、グリンは必死に命乞いをしていた。


「お願いです!ボクはただの下っ端です! 略奪も殺人もしてません! せいぜいボスにコキ使われて、食料の魚一匹ももらえず、仲間には『アイツはヘタレ』とバカにされる日々……。こんなボクを殺しても何の得にもなりませんよ!」


 レオン達は顔を見合わせた。


「こいつ……意外と話せるな?」

 とレオン。


「いや、ゴブリンってみんな悪党じゃないのか?」

 とガトル。


「でも、この子なら悪い子には見えないわ……。降伏した者を殺すのは道に反します」

 とリリア。


「甘い! そうやってゴブリンにスキを見せたことで何人もの冒険者が死んでいったんだ!! という訳で、殺すべきだと思うぞ!!」

 とエリオット。


「そんな。ゴブリンだって妖精なんですよ。話せば分かるハズですよ!」

 グリンは必死に訴えた。


 その言葉に勇者達一行は聞き返す。


「「「「妖精!?」」」」


 一行は顔を見合わせ、カルチャーショックを覚えるのだった。


「いやいや。こんなブサイクな顔で妖精とか言われてもね~」

 そう言うのは戦士ガトルだ。


 確かに彼の言うことにも一理ある。


 しかし、そこはグリンが、丁寧に説明することにした。


【ゴブリン】

 伝承としてのゴブリンは元々は森などに住み、時折人里に現れては悪さをする妖精という存在。

 同じ様な悪戯をする妖精として「レプラコーン」や「ピクシー」などがあるが、ゴブリンの場合は根底に人間に対する悪意があるため、場合によっては対象者の人間を死に追いやるような事も平気でする。故に他の妖精族は自分達とゴブリンを同一視される事を酷く嫌う。

 キリスト教の民間伝承排斥運動で悪魔と見做され、醜形で邪悪な妖精へと変化したとの説もある。

 ファンタジー作品のゴブリンは多くの場合、そのキャラクターは“邪悪の手先”として設定されており、魔王や強大な魔力を持った悪の魔法使いの悪の軍団の尖兵として主人公たちの前に立ちふさがり敵対する。

 いわゆる《やられ役》や《戦闘員》と言った役所が多い。


「勇者なのに勉強不足ですね」

 グリンは少し得意になった。

 それは勇者レオンの癇に障った。


「やっぱり、コイツは殺してしまおうか? いや、殺そう。ゴブリンは邪悪で知能が低く、たとえ慈悲を示してもまたすぐに略奪や殺人に走る」

 レオンは冷めた目で言う。


「そうだな。《やられ役》だし、経験値になってもらおうぜ♪」

 ガルドは剣を抜き、舌なめずりをした。


「いえ。ゴブリンとはいえ、抵抗しない者を殺すのは……。私達の属性が《善》から《悪》になりますよ」

 リリアは皆をいさめる。


「《悪》に変わると、《善》の装備がつけられなくなるな……。いや、いっそ《悪》の装備の方が得なのか?」

 エリオットは熟考していた。


「でも。勇者は魔王を倒し魔物を討伐するのが使命なんだぜ。そうすることで人間を守ることになる」

 レオンは使命を痛感する。


 グリンは、勇者達の会話を聞きながら、

「ゴブリンを生け捕りにすることに成功した。このまま殺すか、それとも放免すべきか?」

 と話しあっていることを理解した。

 ゴブリンは本質的に悪なので拷問や虐殺をしてもまったく問題ない、命を奪う行為は道徳にも抵触する問題であり、ゴブリンであろうとも降伏した無抵抗の相手を殺す無慈悲、非寛容な行為は悪である。

 といった考えが彼らの中にはあったのだ。

 こうした議論を、《ゴブリンのジレンマ》と呼ぶ。


 今こうして目の前に現れたゴブリンに対し、勇者らは様々な思惑を巡らせている事は明白だった。

 ならばここは逆に友好的に振る舞いつつ、隙を見て逃げ出す事にした方がいいのではないか……?

 グリンは、この危機的な状況を打開する方法を考えつく。


「は、働かせてくれ!」

 グリンの突拍子の無い発言に、勇者達はポカンとする。


「「「「……働く?」」」」

 と勇者達一同。


「そうだ! ボクは、もう飢えながら盗みを働くのは嫌なんだ! 真面目に働いて、平和な生活を送りたいんですー!!!」

 グリンは、その場で思いつきを口にした。


「でも……。ゴブリンにできる仕事なんてあるのか?」

 レオンの言葉に、グリンは頭をフル回転させてた。


「……グリム童話『小人の靴屋』に登場する妖精・レプラコーンは、靴を修理する働き者だ。ご、ゴブリンは……。この緑の体だから……。の、農業! そうだボク達ゴブリンは、きっと緑が大好きなんだ。体が強い、土いじりが得意なんだ!」

 意外とまともな提案に驚く一行だったが、ここはグリンの意見を聞く事にした。


 とりあえず、試しに辺境の村で畑を耕すことになった。


 最初はグリン一人で荒れ果てた土地を開墾していたが、農業を始めたというゴブリンの噂は広がり、次第に同種族が集まり始めたのは、冒険者を襲撃しても《やられ役》、《戦闘員》という配役である以上、十中八九……。

 いや、100%冒険者達に返り討ちになるのが、オチだという現実的な判断もあったのだろう。


 こうして大自然の中でグリンは農作物を作る喜びを知った多くの仲間と共に、ゴブリン達は自給自足の生活を始める事となった。

 それからしばらくの時が流れ、グリン達が住む村の近辺にはたくさんの実をつける果樹園が出来上がっていた。

 しかも味の良い果物ばかりで、人間達の間でも評判が高いものとなっていた。

 農業で平穏で安定的な生活を手に入れたゴブリン達は、各地に散って行き、そこでも開墾をしていった。


 数年後――


 グリンは果樹園で、リンゴの収穫を行っていた。

 そこに勇者達一行が訪ねて来る。


「元気でやってるな」

 レオンはグリンに話しかける。


「これは勇者様方じゃないですか! お久しぶりでございます」

 グリンは礼儀正しく挨拶をする。


 エリオットは立派に育った田畑を見て感心している。

「まさか。あの時捕まえたゴブリンがこんなに立派な農家になるなんて」

 

 そしてリリアもまた驚いていた。

「やはり慈悲という物は大事ですわね」

 彼女は感動しているようだ。


「ところで、今日はどのような御用で?」

 グリンは訊いた。


 すると一同は、互いの顔色を伺い合った後こう言ったのである。

「実は、最近、野盗が出るようになってね。警備を兼ねて寄ってみたんだ」

 レオンは言った。


「野盗?」

 グリンは訊いた。


「ああ、ゴブリン達が農業を始め、危険な存在ではなくなった。それによって逆に今度は、人間の方がゴブリンの村や畑を荒らしてる。って事だ」

 レオンは答える。


「勇者として、平和を乱す者は許せない」

 レオンは自分に言い聞かせる。


「だが、相手は俺達と同じ人間だぞ」

 ガルドは悩む。


「皮肉なものだな。かつてゴブリンを“野蛮だから”と討伐していた人間が、今ではそのゴブリンよりも野蛮になっているとは」

 エリオットは冷静に呟く。


「でも、野盗を放っておけば、今度はゴブリン達が被害を受けることになるわ。平和に生きる権利は、ゴブリンにもあると思うわ」

 リリアは仲間たちを見渡した。


「……そうだな。俺たちが守るべきなのは『平和』のはずだ」

 レオンはゆっくりと言い聞かせる。


「だけど、野盗は魔物じゃない人間だ。皆殺しにするのか?」

 ガトルは悲しげに問いかけた。


「選択肢は他にもある。野盗達を捕え、ゴブリン達の様に新たな職を考えることができれば……」

 エリオットは提案した。


 勇者達の議論を聞きながら、グリンは思った。

「……ああ、今度は『人間のジレンマ』ってやつじゃないか?」


 グリンは目の前の勇者達を見つめながら、複雑な気持ちになった。

 勇者達は、かつてゴブリン達は「野蛮で危険」と断じ、無慈悲に討伐していたのだけど、今度は同じ人間を前にして「どうすべきか?」と考えている。


「……人間って奴は、いつも何かと戦ってるんだな。……自分とも」

 グリンは溜息をつきながら、摘みたてのリンゴを勇者達に差し出した。

「とりあえず一息つきましょうよ、勇者様方。お腹が空いてちゃ決断もできませんぜ」


 レオン達の顔を見合わせて、思わず笑った。

 確かに、悩んでばかりでは答えは出ない。


「それもそうだな」

 レオンはリンゴを手に取って、一口かじる。


「……うまいな」


「だろ? ボク達は略奪じゃなくて、こうやって《作る》ことを覚えてたんだ。なら人間だって、戦う以外の道を見つけることもできるんじゃないかな?」


 その言葉に、勇者一行は沈黙した。

 ゴブリンが学んだことを、これか自分達も学び取ることができるのだろうか?

 そんな疑問を感じながら……。


「……まあ、まずは野盗を見つけてから考えようか」

 ガルドは剣を肩に担ぎながら、少しだけ柔らかい表情を見せた。


「そうですね。慈悲も大事ですが、まずは被害を防ぐことが先決です」

 リリアも微笑む。


「処遇については、その時また議論しよう」

 エリオットは冷静に提案した。


「そうしよう」

 レオンは剣の柄を叩いた。


 そして、それを見送るグリンは、彼らの背中を眺めながら、

「……まあ、結局。どっちにしても悩み続けるってことかね」

 と、小さく呟いた。

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