氷の上にいた妖精(ようせい)

転生新語

氷の上にいた妖精(ようせい)

 むかしから、女子じょし体操たいそう選手せんしゅなどには『妖精ようせい』なんて呼称こしょういていたらしいけど。私がた『妖精ようせい』はこおりうえにいた。彼女かのじょとは幼馴染おさななじみで、私も一緒いっしょすべっていたけど、あっといういつけなくなって。フィギュアスケートの世界せかいで、彼女かのじょ才能さいのうかがやかんばかりに開花かいかしていった。際限さいげんのないそら白鳥はくちょうのように。




 私は早々そうそう選手せんしゅみち断念だんねんしたけれど。幼馴染おさななじみ彼女かのじょには優秀ゆうしゅうなコーチやチームがいて、英才えいさい教育きょういくつづいていった。私の気持きもちを、どう表現ひょうげんしたらいのだろうか。彼女かのじょ才能さいのううらやましくおもったのは事実じじつだ。でも、おな立場たちばになりたいとはおもえなかった。


 青春せいしゅんすべてを競技きょうぎささげる。それが可能かのう十代じゅうだい女子じょしは、どれほどいるのか。ささげたとして、努力どりょくむくわれる保証ほしょうなどなにもないのだ。どものころ一緒いっしょ氷上ひょうじょうすべった光景こうけいを私はおぼえている。私たちはわらっていた。彼女かのじょ笑顔えがお天使てんしみたいで、その姿すがた妖精ようせいそのものだ。


 マスコミも十代じゅうだい彼女かのじょを『妖精ようせい』とんだことがあった。しかし私かられば、彼女かのじょ笑顔えがおすくなくなっていった。




 おとぎばなしではゆき妖精ようせいこおり妖精ようせいてくる。そしてパターンとしては、はるおとずれとともに、妖精ようせいさんは存在そんざいしてしまう。そんなはなしおおはする。


 幼馴染おさななじみもそうだった。彼女かのじょ競技きょうぎ世界せかいたたかって、うつくしくつづけて────とうとつこおりうえから姿すがたした。




「ごはん、できたよー。べて、べてー」


「うん、べるべるー。あー、またふとっちゃうなー」


 休日きゅうじつあさ、私が食事しょくじつくって、うれしそうに彼女かのじょべてくれる。実際じっさいには、彼女かのじょ体重たいじゅういまでもどうねんだい女子じょし平均へいきん以下いかだ。摂食せっしょく障害しょうがい経験けいけんした私の幼馴染おさななじみは、競技きょうぎ引退いんたいしたいまになって、ようやく健康けんこうてき笑顔えがおもどしたかんがある。


一緒いっしょんでくれて、私はしあわせだけどさ。本当ほんとうにいいの? フィギュアスケートに未練みれんはない?」


「あんまり、ないかなぁ。一応いちおう、メダルはれたしね。今後こんご指導しどうしゃとか、べつみちすすむつもりよ」


いていい? 私は貴女あなたむかしからきだった。貴女あなたほうは、どうだったの?」


おなじよ、づかなかったの? 私は貴女あなたがいたからスケートをはじめたの。これから青春せいしゅんもどさないとね」




 かつてファンは妖精ようせいあいした。でも私は、人間にんげん彼女かのじょあいしている。

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