こびとの小説家

秋犬

小人さんお願いします

 私は小説家だ。こう見えてもWebでは少し名の知れた偉い小説家なのである。


 しかし、今私は窮地に追い込まれている。何故なら、書くべき原稿が真っ白だからである。アイディアも思い浮かばない。どうしよう、明後日が締め切りだと言うのに。せめてアイディアだけでも出せれば。


 ああ、眠っている間に原稿が完成していればなあ。


 昔読んだ絵本に「こびとのくつや」というものがあった。靴屋が眠っている間にこっそり靴を作ってしまう妖精たちの話だった。そういう便利な妖精がこの世界にもいればいいのに。


 嘆いたってアイディアは思い浮かばない。もう今日は寝ることにしよう。


***


 小説家が布団に入ると、どこかから小さい人が4人わらわら出てきました。


「なんだいなんだい、寝るって言って布団に入ってからアイツずっとソシャゲ回してるぜ」

「せっかくアイツが寝入ってからアイディアを考えてやろうって思ったのにさ」

「ガチャを引いてる暇があるなら原稿に向き合えばいいのに」

「まあ、待ってやろうじゃないか。アイツが寝たらこのPCを起動しよう」


 2時間後、ようやく小説家は寝落ちしました。


「ようやく寝入ったか。さてアイディアアイディア」

「一体何の話を書くんだろうね」

「あ、お題はあるみたいだ……妖精、だって」

「なるほど、我らのことを書けばよい。はっはっは」


 30分後、小さい人たちは喧嘩を始めました。


「だからお前の話は面白くないって」

「何言ってるんだ今の世の中TSなんだ、TSがなければ読んでもらえるものか」

「いーや、クーデレ幼馴染みだ!」

「お前の性癖なんか知らないぞ!」

「アイドルや百合に引っかけて書いたらどうだ?」

「そんなの露骨すぎて凡百、いや凡万の極み!」

「こら、運営をディスるな!」


 1時間後、小さい人たちはとりあえず意見をまとめました。


「では多数決を取る。TS異世界転生して幼馴染みと百合っ子ドキドキ妖精大作戦!! がいいと思う奴は挙手」

「はいはいはいはーい!!」

「……では次。因習村で祠を壊したら妖精が現れて責任とってくださいと神の世界で契約しました!? がいいと思われる奴は挙手」

「はーーーーい!」

「……では次。妖精王に恋人を攫われたけど快楽墜ちした恋人は見捨ててよいですね? がいいと思われる奴は挙手」

「うおーーーー!!」

「ええい! 何も決まらんではないか!!」

「だいたい無理なんだよ! 4人でお話を考えよう、なんてさ!!」


 小さい人たちの雰囲気は険悪になりました。


「そもそもどうして俺たちがこんな奴のところに派遣されなきゃいけないんだ! 大体俺たちは職人なんだぜ!? 小説のアイディアなんて専門外だろ!」

「世の変化についていくためには仕方あるまい。今時手作業で寝落ちした靴屋なんてどこにあるんだ? 我らに残された道は、寝落ちしたクリエイターたちのイラストを仕上げたり小説のいいところまで書いてあげたりすることくらいじゃないか」

「もっと別のことしようよ!」

「それじゃあ他に何があるというんだ!?」


 小さい人たちはアイディアそっちのけで、今後の身の振り方を考えることになりました。


「俺たちのアイデンティティは『寝落ちしたら仕事を進めておく』だよな?」

「一応それで何百年も活動させてもらっているからな」

「最近手作業で靴を作ってる家も少なくなったし」

「なあ、頭脳労働はやめてせめて針仕事にしないか?」


 ひとりの小さい人が提案すると、残りの小さい人が一斉にそちらを見ました。


「例えば、どういうのだ?」

「そうだな……保育園グッズを泣きながら縫っている母親が寝落ちしたところに行く、というのはどうだろう?」

「それもいいが、季節限定すぎないか?」

「最近は保育園に預ける季節もまちまちだから、そこそこ需要はあると思うぞ」

「なるほど」


 小さい人たちはPCを勝手に使って作戦会議を始めました。


「子供の水着のゼッケンを縫うとかなら、5月頃に殺到するぞ」

「これは需要ありとみた」

「クリスマス直前に彼氏に手編みのマフラーを編む女子高生はどうだ?」

「それは今までも需要があっただろう」

「芋掘りの時期に芋袋を縫うというのも……」

「なんだ芋袋とは」

「芋掘り遠足でサツマイモを入れるためだけの布の袋だ。巾着の形にして所定の大きさにしないといけないそうだ。しかも名前を袋に縫い付けないといけないそうだ」

「ますます謎の存在だな、芋袋」

「何故ビニール袋ではいかんのだ?」

「それは……我々には計り知れぬ理由があるのだろう」


 こうして小さい人たちは、新事業の計画を立てて小説家の元を去りました。もちろん、寝てしまった小説家に「アイディア」を残していくのも忘れませんでした。


***


 翌朝、目が覚めた私は小説を書かなければとPCを立ち上げました。すると、書いた覚えのないメモが現れました。


「トリの降臨? なんだこりゃ?」


 でも昨夜、夢の中で何だかんだと靴屋の小人たちが騒いでいた夢を見た気がする。TSがどうとか、因習村がどうとか。夢の中でも小説のネタを考えているなんて、疲れているのだろう。私は二度寝することにした。


 もう一度小人たちを呼んで、今度は原稿を仕上げてもらうためだ。楽しみ楽しみ。


〈了〉

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