妖精は宇宙で星の夢を見る

本文

イヨは宇宙空間を漂う妖精の生首を眺めていた。


周囲にはボロボロに破壊された機械の残骸が漂っている。

地球外生命体エイリアンとの争いで破壊されたのだ。

無事なのはイヨの機体だけで、彼女は無重力空間を漂いながらモニター越しに周囲の様子を観察していた。


今から三十年前、地上にいた大半の生物が突如現れた地球外生命体のエサとなった。

生き残った人々は宇宙空間へと逃げだし、地球外生命体と戦うために対地球外生命体用機動装置ワルキューレを生み出した。


ワルキューレは女性しか搭乗が許されない代物だ。

いわゆる人型ロボットで、大きさは約十メートル。

体内に特殊なナノマシンを注入することで操作できるが、子宮にしか定着しないため女性しか乗ることができない。

もちろん、女性を危険に晒すような代物が認可されるはずがない。


そこで人類は、戦うための人工生命体を生み出した。


女性の肉体と、白い肌に白い髪。

ナノマシンの影響を受けた、赤い瞳。

ワルキューレに乗る人工生命体は、いずれも『妖精』と呼ばれた。


戦って死ぬことだけが妖精の役目だった。


『001。戦況を報告せよ』


本部からの通信が入った。

イヨは通信をアクティブにする。


「こちら001イヨ。地球外生命体の集団と遭遇。殲滅しましたが、第三班で生存したのは私のみとなります」


『了解。状況は把握した。帰投せよ』


「了解」


イヨが淡々と答えると、通信は切れた。

イヨはフッと息を吐くと、眼の前の光景を見つめる。


遠目に見える、巨大な球体状の岩石。

水の七割が蒸発し、宇宙からでも分かるほど表面が穴だらけになっているそれは、かつての地球だった。


地球は現在、地球外生命体の巣となっていた。



宇宙艦へ帰投したイヨはワルキューレから降りる。


「妖精001イヨ、帰投しました」


「よく戻った。すぐに次のブリーフィングがある」


「向かいます」


司令に挨拶を済まし、イヨはブリーフィングルームへと入る。

するとそこに見知った二人の顔があった。

自分と同じ妖精のシーラとカフカだ。


「ようイヨ。お前も生きてたんだな」


「イヨちゃん相変わらず強いねぇ」


イヨは軽く会釈すると椅子に座る。

「相変わらず無愛想なやつ」とシーラが言った。

その言葉が悪意ではなく親しみからくるものだとイヨは知っている。


シーラとカフカはイヨと同世代の妖精だ。

他にも同世代の妖精は数多くいたが、死んでしまったので今は三人だけになっている。

彼女たちは最初期に生み出されたため『1stファースト』と呼ばれていた。


室内には二十名近い妖精が座っていた。

ただ、半分以上は知らない顔だ。

新たに補充された妖精だろう。

シーラはそれらを見てフンと鼻を鳴らす。


「にしても本当、最近の妖精ってすぐ死ぬよな。1stの私らはまだ生き残ってるってのにさ」


「そんなこと言っちゃ悪いよぉ」


「事実だろ。な? イヨもそう思うだろ」


「別に」


「つまんねぇやつ」


シーラもカフカもイヨとはまるで性格が違う。

元になった細胞の影響を強く受けているらしい。

イヨは時折、自分の元になった人について考える。

一体どんな人だったのだろう、と。


すると入り口の自動ドアが開き、教官が姿を見せた。

室内に満ちていた妖精たちの話し声がピタリと止む。


「我々は重要な情報を手にすることができた」


室内に静かな緊張が満ちた。

教官は続ける。


「地球外生命体の女王と呼べる存在の信号を見つけることができたのだ。全ての地球外生命体の母と考えられ、この個体を殺すことで地球外生命体の数を減らすことができる。作戦は一週間後。我々の全戦力を以て作戦に当たる。詳細だが――」



ブリーフィングが終わり、その日は解散となった。

イヨはシーラやカフカと共に食堂で食事を取る。


機械から生み出されるパテはいつも同じ平坦な味だ。

栄養には優れているが、普通の人間ならば二度食べたいとは思わない。

しかし妖精たちにとっては、当たり前の食事だった。


「地球外生命体のボスか。どんなやつだろうな」


「すごい化け物じゃないかなぁ。だって今戦ってるのも、昆虫みたいっていうか。口の中にたくさん触手があって気持ち悪いしぃ」


「全然イメージ湧かないな。なぁ、イヨはどう思う?」


「私は……」


イヨは食事を口に運びながら、遠い目をする。


「女性の姿をしていると思う」


「女性って人間のか? んな訳ねーじゃん」


「どうしてそう思うのぉ?」


「何となく……」


イヨが言うと、二人は顔を見合わせて不思議そうにしていた。

食事を終えたイヨは「じゃあ」と立ち上がり、その場を去る。


自室に戻ったイヨは、ベッドに横たわって本に目を通した。

それは妖精のイヨにとって人生で唯一の娯楽だった。

古い作家が紡いだ小説だ。


本にはかつての地球の姿が鮮明に描かれていた。

美しい緑、澄み切った水、澄んだ空気。

どれもがイヨの知らないものだ。


本に目を通しながら、ふと先程カフカたちと話したことを思い返した。

イヨが地球外生命体の女王を人間の女性だと思ったのには理由がある。

それは、イヨが時折見る不思議な夢に起因した。


妖精は夢などみない。

しかしイヨはいつも同じ夢を見た。

自分とよく似た女性がたくさんの地球外生命体に囲まれている夢だ。

愛おしそうに地球外生命体を撫でる女性は、こちらに気づいてにこりと笑みを浮かべる。


いつもそこで目が覚めるのだ。


どうしてそんな夢を見るのか分からない。

しかし少なくとも、その夢が理由で地球外生命体の女王は人間の女性のような外見をしているのではないかと思った。


「今日もあの夢、見るのかな……」


イヨは呟くと、目を瞑った。

間もなく、イヨの意識は夢へと到達する。


……まただ、とイヨは思う。

いつも見る夢。


自分とよく似た女性がたくさんの地球外生命体に囲まれている。

彼女は愛おしそうに地球外生命体を撫でていた。

まるで母親のように。


そして女性は、こちらに気づいてにこりと笑みを浮かべる。

いつもならそこで目が覚めるはずなのだが。

何故かその日は違った。


女性は、イヨに向かって声をかけてきたのだ。



「来たよ」



ハッとして目を覚ます。

赤いランプが点滅していた。

非常事態用のランプだ。


『001、応答せよ』


司令の通信が入り、イヨは「こちら001」と返答する。


『非常事態だ。今すぐ司令室に来い』


イヨは部屋を出ると、異常に気がついた。

廊下のあらゆる場所が破壊されており、そして触手のようなものが張り付いている。

その触手には見覚えがあった。

地球外生命体の触手だ。


地球外生命体が中に入ったのか。

心臓の鼓動が早まるのを感じながらも、イヨは冷静だった。

近接用のブラスター光線銃を手にし、司令室へ向かう。


曲がり角に敵がいる可能性を考え、息をひそめて慎重に足を運んだ。

船内の至る場所に血が付着している。

船の損傷は、激しい戦闘があったせいだと悟った。


途中、転がる死体が目に入った。

カフカとシーラだった。


駆け寄り、状態を調べる。

心臓を一突きにされており、既に事切れていた。

先程まで元気に話していた二人が死んでいることは、イヨに少なくないショックを与えた。


普段のイヨは、物音一つすればすぐに目を覚ますはずだった。

何故こんな状況になるまで眠ってしまったのだろう。

イヨは自分の油断を恥じた。


足音を消して歩を進める。

幸いにも、スムーズに司令室にたどり着くことができた。

イヨは中に入る。


司令室は酷い有様だった。

乗組員の死体がそこら中に転がり、人間としての原型がない。

首は爆ぜ、体は中身が飛び出していた。

イヨは小さく息を呑む。


すると、足元に何かが転がってきた。

それは首だった。

司令の首だ。


「来たか、イヨ」


司令の声がしてイヨが顔を向けると、そこに女性が立っていた。

よく見知った女性の顔。

夢に出てきた、あの女性だった。

しかし夢と違うのは、手足が甲殻に覆われ、背中から触手が生えていることだ。


眼の前に居るのは人間ではない。

地球外生命体の一種だった。


「ずっと会いたかったよ」


司令の声はやがて女性のものへと変化する。

先程の通信は彼女が声を変えて行ったものらしい。

イヨは思わず銃を構える。


「誰」


「私はあなたが地球外生命体と呼ぶ存在」


そして女性はゆっくりとイヨを指差す。


「そして、あなたの肉体の元となった人間でもある」


「人間……?」


壮絶な顔でイヨが言うと、女性は頷いた。


「あなたたちが今まで戦ってきたのは地球外生命体じゃない。進化した人類だよ」




私は元々普通の人間の両親から生まれたの。

でもその姿は人に近い『何か』だった。


生まれた瞬間、私は自分の使命を知ったの。

私は新人類で、全ての生命を進化させる役割を持っているのだと。


私は多くの人間や動物を喰い、生み直すことで新しい姿に生まれ変わらせる力を持っていた。

そしてその進化は、朽ち果てる地球でも生きていくために不可欠だった。


私は次々と生命を生まれ変わらせた。

でも、それを拒んだ人たちもいた。


彼らは宇宙へと逃げ、私たち新人類に抵抗するために私たちの細胞を使って新しい生命体を生み出した。

不思議なことに私たちの細胞を使って生み出された生命体は、新人類とは違う特徴を持った人間になった。


女性の姿で、白い髪と白い肌を持つ人間に。




イヨはゴクリとつばを飲む。

こちらを混乱させる嘘だろうか。

しかし、女性の言葉にはどこか信憑性があった。

夢で見たあの光景が重なる。


「あなたが……新人類の女王だとして、何故ここにいる?」


「地球の皆の生まれ変わりが済んだから」


女王は真っ直ぐな視線をイヨに向ける。


「だから今度は宇宙に逃げたみんなを生まれ変わらせに来たの」


今まで人類が生きていたのは、妖精が抵抗していたお陰ではなかった。

女王は順にを済ませていたに過ぎなかったのだ。

その事実を知り、イヨは愕然とする。


「みんなはどうなったの……」


「私が殺した。これから船に張った触手を使って、ゆっくりと咀嚼していく。そうすれば、生まれ変わりが進むから。今、この船で生きているのは私とあなただけだよ」


「どうして私は生かされているの」


「あなたが私の肉体の分身だから。何度も呼びかけていたから知っているでしょう? もうあなたが戦う意味はないの」


女王はにこりと笑う。

夢で見たのと同じように。


「私と地球に行こう、イヨ。私の細胞を持つあなたならそのままで新しい環境に適応できる」


「地球に……」


「あなたはそこで、ただ自由に暮せば良い。これから私たちは地球を再生するの。水がキレイで、緑もたくさんあって、私を通じて皆がつながった世界に。そこには争いも不安もなくて、ただ幸せが満ちている。きっとあなたも気に入る」


ずっとイヨは思っていた。

いつか物語のような世界に飛び立ってみたいと。

しかし自分は妖精だからそれは叶わないのだと諦めていた。


「あなたに戦ってほしいと願う人は、もういないよ」


女王は手を差し出す。

何故だかイヨには、彼女の言葉に嘘偽りがないことが分かった。


憧れだった、かつての地球。

その星を見たいと思った。


イヨは、ゆっくりと差し出された手を取った。

その瞳には、青い星が映っていた。

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