我が家には妖精が住んでいる

あかいあとり

我が家には妖精が住んでいる

 我が家には妖精が住んでいる。しかし誰ひとりとしてその姿を見たものはいない。

 ここ最近の家庭内情報網によると、直近で妖精の所業が確認されたのは、ほんの二日前のことだ。

 その日夫は泊まりがけの出張で家にはおらず、愛しい娘と甘えん坊の犬が、残業上がりの私を迎えてくれた。

 小さな家族たちへご飯を作るのは私の役目。何はともあれまずは米を炊かねば始まらない。

 ところが、キッチンに向かった私を待っていたのは、ほかほかと湯気を立てる炊き立てご飯だった。

 背後を振り向く。娘がひょこりと扉から顔を出す。いつでも楽しげな犬を引き連れて、娘はにかりと得意げに笑った。

「妖精さんが出たみたいだね、ママ」

「……なんて優しい妖精さん! とっても助かったよ、ありがとうって言っておいて」

 いひひと笑って、娘は顔を引っ込めた。


 

 その前に妖精が出たのは、たしか三日前の早朝だったか。

 いつも通りに起きたのに、トイレとシンクがいつも通りではなかった。見違えるほど綺麗になっていたのだ。

「妖精さん、早く起きすぎて暇だったんじゃない?」

 いつもならあと一時間は起きてこないはずの夫が、リビングで優雅に犬のブラッシングをしながら、思わせぶりに片眉を上げる。

「ありがとう、愛してるって伝えておいて」

 もちろんと笑って夫は嬉しそうに頷いた。



 ああそうだ。ちょうど一週間前にも出没した。

 その日、犬から晩の散歩のお供に指名されたのは、娘と夫のふたりだった。家に残されたのは私だけ。

 ランドセルの中身だけでは飽き足らず、おもちゃ箱まで盛大にひっくり返して出掛けた娘は、帰ってくるなり不思議そうに首を傾げる。綺麗に片付けられた床の上、私はズキズキと痛む足の裏を指先でさすりながら、娘をじとりと見た。

「妖精さんがお片付けしちゃったみたいだよ。遊びスペースの外でレゴブロックを広げると、妖精さんがうっかり踏んで怒っちゃうのね、きっと」

「……ごめんね! 次はバラ撒かないからって言っておいて」

 きまり悪そうに娘は言った。



 そして今、私たち家族の前に転がっているのは、仕留めたばかりのゴキブリが一匹。

 物言わぬままひっくり返った死骸を見つめて、娘はいち早く犬を連れてその場を離脱した。曰く、犬が死骸を食べるといけないからということだ。我が娘ながら賢い言い訳である。

「妖精さんがお掃除してくれるかな?」

 私は夫を見た。

「片付けが得意な妖精さんがいるって聞いたよ」

 夫も私を見た。

 迫りくるルンバの足音を聞きながら、私と夫は同時に右手を上げた。

「「じゃんけん――」」

 姿なき妖精は、時に呪文によって召喚されるのだ。

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我が家には妖精が住んでいる あかいあとり @atori_akai

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