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第1話 学園祭の妖精

 おかしいじゃないか。

 妖精カフェ。そう銘打ったのならば、ちゃんと妖精を出してくれないと。

 これじゃあ、妖怪屋敷ではないか。

 

 どうして定年間際の校長先生が、蝶の羽をつけてミニスカでコーヒーを持ってくるのだ。

 この妖精カフェに絶望しているのは、俺だけでない。

 そもそも、学校で一番美男美女が多いと噂される二年A組で『妖精カフェ』を催すというから、学校中で大騒ぎだったのだ。

 どんなにファンタジー感あふれる素敵な妖精様が誕生するかとワクワクしていた。

 時間指定の予約チケットは完売。陰ではプレミアチケットを高値で転売する悪いヤツもいたとか。


 で、当日、蓋を開けてみればこれだ。


「仕方ないだろう? インフルエンザでクラスほぼ全滅。準備には金をかけているし、食材は届いているし、今さら予約チケットを回収することも出来ないから、こうやって先生達が、代わりに運営しているんだ」


 四十代、体育教師の短パンエルフが、「仕方ないんだ」と、自分に言い聞かせるように何度も呟いた。


「はい、君たちが現実を受け入れるまでの間に、校長先生は、オムライスを作りましたよ!」


 一番ノリノリの校長先生が、俺に『妖精さんの幸せ森のオムライス』を運んでくれる。

 どうして俺は……こんなものを予約してしまったのか。

 黄色いフカフカの卵の上に輝く赤いハートマークが可愛ければ可愛いほど、虚しさは増す。


「ええっと……」


 校長が、老眼鏡を付けたり外したりしながら、マニュアルを確認する。


「森の魔法は、恋の味! ぜーんぶ食・べ・て♡」


 校長が両手でハートを作って決め台詞をオムライスに注入する。

 憧れの友坂さんの決め台詞だったはずなのに! なぜ、俺は、老眼鏡の校長先生が決め台詞を注入したこれを食わねばならぬのか。


 世の不条理を感じる。


「想像力だ。全ては想像力でカバーするのだ!!!!!」


 金髪カツラ狩人姿のエルフ、美術教師は、太陽の塔そっくりの両手を広げたポーズで絶叫する。

 想像力……そうか! 想像力でカバーすれば、このオムライスも、友坂さんの作った物に見えるかも!


 テストでも使わないほど脳をフル稼働して、俺はイメージを呼び起こす。

 サラサラの黒髪、いつも笑顔で、照れたら少し頬を赤くして……。元気で誰にでも平等に優しい友坂さん……。


 友坂さんが、妖精の衣装で……決め台詞を……。


「森の魔法は、恋の味! ぜーんぶ食・べ・て♡」


 別のテーブルで、校長先生が放った決め台詞に、全ては突然かき消された。

 ダメだ。

 どうやったって、このオムライスは、定年間際の老眼鏡校長先生が、ミニスカ妖精姿で込めた愛で満たされたオムライスなのだ。


 俺の想像力は、この抗えない現実を前に、無惨にも敗北したのだ。

 友坂さん……早く元気になんないかな……。


 とりあえず、その……校長先生だけは、チェンジでお願い出来ないだろうか。

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