YOU一無二
田島ぶくま
第1話
「こうやって2人で話すの、最後かも」
優雨が発した言葉の意味が、分からなかった。
俺らはたまに自習室で並んで座って、下校時刻が迫って他の生徒が帰っていって、今日のように最後に2人だけ残ると、ちょっとだけ喋ってから帰る。それが最後って、どういうことなのか。
「え、俺なんかイヤなことした?」
「違う、違うよ」
そう言うと優雨は、スマホを取り出した。うちの高校は校則が厳しいから、学校内での使用は禁止されている。それでもこっそり使っている生徒がほとんどだけど、優雨はそうじゃなかった。スカートの丈も、アクセサリーも、校則通りにきっちり守る。そんな彼女がスマホの電源を入れて見せてくれた画面には「SWEET×SPICE 3期生オーディション」の文字が表示されている。
「これ、優雨が好きなアイドルだよね?」
彼女は小さく頷き、受かったの、と言った。
「えっ?」
「このオーディション、受かったの」
「えっ……えーー!」
思わず出た大声に、優雨はシーッと人差し指を立てて、笑った。
「いや、すごいじゃん! これって結構テレビとか出てるグループだよね? 俺の母さんでも知ってるよ、多分」
「そうだね、本当、私も信じられないんだけど」
「すごいよ、おめでとう。優雨ずっとアイドル好きだって言ってたもんな……」
話しながら、ふと思った。
あの人たちって、頻繁にテレビに出てライブとかもやっているであろうあの人たちって、もしかして……。
「……東京に住まなきゃいけない、ってこと?」
優雨はまた、頷いた。小さく、でも力強く。
「来週には東京の高校に転校することになってる」
ここから東京へは、新幹線でも3時間はかかる。うっすらと耳鳴りがしてきた。彼女が最後だと言った意味が、ようやく分かった。
「優雨にとって、すごい……良いことだから、嬉しい。嬉しいけど……悲しくはある」
考えながら発した言葉に、優雨はちょっと泣きそうな表情になった。俺も泣きたくなってきて、視線を逸らす。ダメだ、何か楽しいことを考えよう。楽しいことを。
「じゃあ、じゃあさ。今週末、2人でどっか行こうよ。優雨地元離れるんだったら、最後に行きたいとことか、どこでもいいよ」
「……ありがとう。でも行けない」
「えっ?」
「航希はあんまりアイドル知らないから分かんないかもしれないけど、それが後からバレちゃうこととかあるの」
「なに、どういうこと?」
「私がアイドルになってから、航希と2人でいるところの写真が流出して、大変なことになるかもしれないってこと」
「そんなの……写真撮らなきゃ良いじゃん。てか俺、撮ったとしても絶対誰にも見せないよ。誰にも言わないし」
優雨は泣きそうな笑顔のまま、首を横に振る。
「同じクラスの誰かに目撃されるかもしれない。そしてこっそり写真を撮られるかもしれない。悪意がなかったとしてもそれが世に出てしまったら、それはもうアイドルとして悪いことなんだよ」
優雨が言っていることは、変だと思った。そうなる可能性の方が低いだろうし、そうなったとしても責められる謂れは無いはずだ。アイドルになる前に同級生の男と歩いていたことの何が悪いのか。
でも同時に、そういうものなのだろうとも思った。誰にも迷惑をかけていないはずのツーブロックが校則で禁止されているみたいに、アイドル界ではそういうものなんだろう。
そして、優雨は校則を破らない。
「……わかった。理解した」
俺の言葉に、彼女は微笑んだ。安堵とも悲しみともとれる笑みだった。
「ありがとう」
「こちらこそ、ありがとう。楽しかった、これまで優雨と話せて。俺……俺さ、ずっと優雨のことが」
「やめて」
優雨は遮ると、広げてあった教科書やノートをしまい始めた。
「俺が言うのもダメってこと? 言われることも、アイドルとして良くないから?」
「違うよ」
カバンにしまう手を止めないまま、優雨は続けた。
「聞いちゃったら未練になる。アイドルにならなかったら航希とこんな風に過ごしてたんじゃないかとか、そうやって考えちゃう気がするから」
とうとう全ての荷物をしまい終えた優雨は、背もたれに掛けていたコートを羽織り、カバンを肩にかけた。
「ほんとに楽しかった、ありがとう。私も多分、航希とおんなじ気持ちだよ」
そう言うと、優雨はそのまま自習室を出て行った。
追いかけられなかった。彼女はそれを望んでいないし、言うべき言葉ももう浮かばなかった。
次の週、優雨は本当に転校してしまった。
彼女のグループ加入はまだ公式には発表されていなかったが、急に東京に行くなんてアイドルにでもなるんじゃない?と同級生が話しているのが聞こえてきた。
『まだ日程は決まっていないけど、3期生お披露目ライブというのがあります。遠いけど、来てくれたら嬉しいな。アイドルってこんなにすごいんだよ!って、航希に伝えられるよう頑張ります』
最後の登校の日、優雨から来たLINEだ。
『絶対行く』
そう送った返信には、親指を立てたリアクションマークだけがついた。
この日から、俺は毎日優雨が加入するグループの公式アカウントを確認するようになった。1ヶ月ほど経った頃、新メンバーが連日1人ずつ発表され始めた。優雨は3日目に発表され、「かわいい」「これは逸材!」なんてコメントがいっぱいついていた。そんなの俺の方が先に知ってたし、とかバカみたいなことを思ったりして、優雨にそう連絡しようか迷ったりもしたけど、やめた。きっともう返信は来ないだろう。彼女はアイドルになったのだから。
* * *
発表から2ヶ月ほど経った日曜日、俺は東京にいた。もちろん、優雨が出るお披露目ライブを見るためだった。1人で来るのが不安だったから、元々アイドルヲタクで同じクラスの健介も誘った。
「やべぇな! 人やべぇ!」
コイツを誘ってよかった、と思った。健介は明るい。1人でこの場にいたら、優雨はもうこれだけ多くの人のものになってしまったのか、みたいな変なセンチメンタルモードに突入していたかもしれない。
「航希さ、お前絶対優雨のこと好きだったろ」
「ちょっとやめろよ、周りのファンに聞こえるかもしれないだろ」
「だーいじょうぶだよ、お前の完全片思いに決まってんだから」
ケラケラと笑い健介は言う。こちとらおんなじ気持ちだって言われてんだよバーカ、なんて言葉は胸にしまい、分かってるよ、と返す。
俺らの席はステージから遠くて、とても優雨に見つけてもらえそうにはない。ドームなんてそんなもんよ、と来る前に健介も言っていた。
フッと会場が暗くなり、ファンたちがざわめき始めた。
「始まるぞ!」
そう言って健介がペンライトを点灯したので、俺も慌てて真似た。
『アイドルってこんなにすごいんだよ!って、航希に伝えられるよう頑張ります』
優雨のLINEの文面が頭に浮かんだ。
全て、ちゃんと見よう。一秒たりとも見逃さないように。彼女の思いと覚悟を、取りこぼさないように。
「マージで誘ってくれてありがと。すげぇよかった~~」
ドームを出て駅の方に向かう人混みのなか、健介はペラペラと喋る。このグループは元々こうで、新曲はああで、あのメンバーはライブだとどうこうで……。それらへの相槌を、俺はうまく打てているのだろうか。それすら分からないほど、俺は放心していた。
「優雨もさ~頑張ってたよな。発表とか苦手なタイプだったじゃん? それがあんな大舞台にさぁ」
「あぁ、うん」
「ちょっと……大丈夫? お前」
「えっ?」
「いや、俺がグループの話ばっかしてるから興味なさそうだなと思って優雨の話したのに、変わらず上の空だから」
やっぱり、上手く返事を出来ていなかったらしい。申し訳ないと思ったが、心がフワフワしたまま戻せない。
「なんか、アレか。本当に好きだったのか、優雨のこと」
健介は気まずそうな表情で言う。
「さっき、おちょくってごめんな。そうだよな、好きな子がこんな風に皆のものみたいになったら、そりゃショックだよな……」
ちがう、と声が出た。えっ?と健介が聞き返す。
「あの子の名前は、なんて言うんだ」
「……あの子?」
「最初の曲でサビのとき真ん中にいた、あの子だよ」
「あぁ、マエバシカノン?」
「マエバシ、カノン……」
スマホで検索すると、まさにあの子の画像が出てきた。前橋花音、と書くらしい。
あの子、花音が前に出てきた瞬間、空気が変わった。あんな風に笑う女の子を、俺は見たことが無かった。彼女が動く度、モニターに映る度、視界が明るく、彩度が高まったように感じた。
「なにお前、花音推しになったわけ? 優雨はどうしたんだよ」
優雨を、優雨を見ないとと思ったのに、花音の姿をひたすら目で追ってしまった。俺は優雨に会いに来たはずなのに、彼女の一挙手一投足を見逃してはならないと思っていたのに、花音ばかりが輝いて見えた。
「アイドルって……すごいんだな……」
優雨、伝わったよ、と心の中で語りかけた。キモイよお前、と言ってきた健介は、ゴミを見るような目をしていた。
YOU一無二 田島ぶくま @ariake1998
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