【短編】研究者であり名も無き英雄になってしまった彼の、遺言になってしまった私記の一部分

直三二郭

研究者であり名も無き英雄になってしまった彼の、遺言になってしまった私記の一部分

 明治時代の歴史家、海吃陣揮かいくじんぶるが翻訳した『過日危歴諸録かじつきれきしょろく』に、中国大陸で『妖精』が猛威を振るった為、夏王朝第八代帝槐が『トリの降臨』と呼ばれる儀式を行い之を沈めたと書かれてある。


 訳す際に海吃陣揮かいくじんぶるが手に入れる事が出来た中国語版の『過日危歴諸録かじつきれきしょろく』は原本ではない。原本は隋の武将、羽倅鉢うそつはちが書き残した本だが、それを元にして清の歴史家、王雲爽おおうそうが改訂した改訂本しか手に入れる事ができなかったと海吃陣揮かいくじんぶるは残している。そしてこの原本の『過日危歴諸録かじつきれきしょろく』は前漢の天文学者、大邦羅おうほうらが書いた『前商巨犠諸録ぜんしゅうきょぎしょろく』に書かれていた内容を参照にしたとされている。


 つまりこの本は『前商巨犠諸録ぜんしゅうきょぎしょろく』に書かれていた内容を参考に書かれた『過日危歴諸録かじつきれきしょろく』、それの改訂本をさらに明治時代に訳された訳本である。なのでこの本の内容は真実とはかけ離れている、今まではそう考えられていたのが現状である。


 しかし数ヵ月前に発見された木簡、これを年代測定して調べたところ商王朝代の物である事が確認され、さらにその木簡には『帝槐の時代に妖精によって危機が訪れた為『トリの降臨』の儀を行い事を沈めた』と書いてあった為、『過日危歴諸録かじつきれきしょろく』は一気に信憑性が増してきたのだ。


 もちろん現在の『妖精』とは意味が異なり、太古の『妖精』は化け物や変化などの、おおよそ人間には危険な存在である。もちろん今までは『妖精』は実在しないと考えられていた為、おそらくだが普段は生属地が異なる動物、あるいは昆虫等の知られていない存在、それらが異常発生し、人々を襲っていた。それらをかつては『妖精』と呼んでいた、そう考えるのが自然だだろう。この太古の『妖精』と現在の『妖精』、それが同じ存在であると考えているのは私しかいないか、あるいはそう思っていても口にはできなかったのだろう。


 私が『妖精』と同時に研究を始めなければならないのが『トリの降臨』である。『トリ』は『鳥』ではないと私は考えている。なぜならば『鳥』を表す漢字は太古にはもう存在している。それなのに海吃陣揮かいくじんぶるは『鳥の降臨』とは書かず『トリの降臨』と書いてあるからには、その理由があるはずだからだ。


 その答えは明の文官にして書家の、伝垂蕾明でんたらいめいの書『功帝槐績誌禄こうていかいせきしろく』に書いてあった。その中に『降臨捕燐儀』の一文があり、これこそが『トリの降臨』の儀、つまり『捕燐とりの降臨』の儀の事だと思って間違いない。


 『捕燐とり』の意味を考えるには、まず『捕』と『燐』の二つにわける事から始める。『捕』という漢字は文字通りに『捕まえる』という意味でいいだろう。次に『燐』だがこれは一般的には鬼火の意味を指す漢字であり、『リン』のと読めば化学などでは一般に使われている漢字だろう。つまり『捕燐』とは、捕まえて燃やしてしまったと考えれば、『妖精』を沈めたという意味とも合致している。


 そして『捕燐とりの降臨』と、『降臨』と書かれてある。ならば帝槐は敬っている相手に対して乞い願い、来てくれる事を頼んだという事になる。


 つまり夏王朝に帝槐の時代に妖精達が猛威を振るったので帝槐が『捕燐とりの降臨』の儀を行い、夏王朝の帝が敬うほどの何かが現れ、『妖精』を捕まえて燃やしこれを沈めた。そういう意味になるに違いない。


 海吃陣揮かいくじんぶるがなぜ『捕燐とりの降臨』を『トリの降臨』と書いたのか、そして『妖精』とは何なのか、帝槐が呼ぶ相手とは何なのか、『捕燐とりの降臨』の儀はどう行われていたのか、まだ調べなければいけない内容は無数にある。


 しかし先ずはこれに書かれてある古代の『妖精』と、今現在に現れた『妖精』。私はそれが同じ存在だと証明しなければならない。それが証明できれば『過日危歴諸録かじつきれきしょろく』と『前商巨犠諸録ぜんしゅうきょぎしょろく』、そして『功帝槐績誌禄こうていかいせきしろく』、この三つを調べる事によって今猛威を振るおうとしている『妖精』を沈める方法も分かり、『妖精事変』の終息させることができるからだ。


 『妖精』をどうやって現れたのか、それは分からない。しかし先ずやらなければいけない事は現れた理由ではなく、沈める事である。


 まだ『妖精』の被害者は少ないが、今後増え続け、研究を遅らせたら間に合わないのかもしてない。


 いや、間に合わないに違いない。少なくとも私はそう信じているからこそ、研究を進めているのである。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

【短編】研究者であり名も無き英雄になってしまった彼の、遺言になってしまった私記の一部分 直三二郭 @2kaku

作家にギフトを贈る

カクヨムサポーターズパスポートに登録すると、作家にギフトを贈れるようになります。

ギフトを贈って最初のサポーターになりませんか?

ギフトを贈ると限定コンテンツを閲覧できます。作家の創作活動を支援しましょう。

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ