幼生の妖精養成所
空本 青大
人間さんいらっしゃい
「はぁ、はぁ、遅れちゃった……急がなきゃ」
わたしの名前は
今学校が終わりバイト先に向かって全力疾走中だ。
放課後、先生にありとあらゆる雑務を押し付けられ、二時間後ようやく解放された。
もう仕事開始時間から一時間オーバー。
バ先に遅れる連絡を入れればいいじゃないかと思うかもしれないけど、それができない事情があるのだ。
その事情が何かはこれから理解してもらえると思う。
走り続け五分、わたしは学校の裏手にある裏山に到着していた。
登山道を二~三分登った先から道を外れ、森の木々をかき分け獣道を進む。
すると目の前に、人が腰をかがんでやっと入れそうな洞穴が現れた。
わたしは左肩にかけていたスクールバッグからあるものを取り出す。
花で編まれた指輪—
右手の小指にはめたわたしは、中腰で洞窟の中へと進んだ。
三十秒ほど進むと目の前に光が見え始め、光が差し込むほうへと向かう。
そして穴から抜けると―
そこには鮮やかな花が一面に咲き乱れ、美しい蝶が飛び回る森の中だった。
わたしが乱れた呼吸を整えていると、ヒラヒラと一匹の蝶らしきものがこちらに向かって飛んでくる。
「やあやあアリスちゃんいらっしゃいだよ~」
羽の生えた手のひらサイズの女の子がフランクに話しかけてきた。
「ご、ごめんなさい!遅れちゃいましたっ!」
わたしは目の前で手を合わせ、頭を下げ全力の謝罪をする。
そう今目の前にいるこの妖精さんこそがバ先の雇い主なのだ。
一ケ月前—
学校の帰り道、道を歩いていると電柱の後ろに動く影が見えた。
何かと思い覗き込むと、そこには小さい人がうんしょうんしょとゴミ拾いする姿があった。
わたしがビックリして固まっていると、その小さい人とふと目が合ってしまう。
「こんにちわー!」
「はひぃ⁉こ、こ、こんにちわー!」
元気のいい挨拶にキョドりながら挨拶を返す。
さらにそこから小さい人が自分は妖精であると教えられ、なんか一方的にその妖精さんは話し続けた。
「いやーうれしいよ~妖精が見える人間さんはレアだからね~。お友達になってくれへん?」
「わたしでよろしければ」
「あんがと~名前はフワルンだよ~よろしくだよ~」
「こちらこそ。わたしのことはアリスって呼んでね」
驚いたものの不思議な存在に出会えたことはとても嬉しかった。
わたしたちは場所を変え、引き続きおしゃべりを楽しんだ。
誰もいない公園でわたしと妖精さんの二人?で雑談を楽しんだ。
「妖精ってなぁ、人のサポート好きなの。だから毎日なにか手伝えることないかなぁって探してるん」
その妖精さんはさっきみたいにゴミ拾いだったり、落とし物を届けてあげたり、天啓?みたいなアイデアを人に授けてくれたり、自分の存在を悟られないよう人助けをしてるそうだった。
「さりげなく助けるのが我々妖精の美学なのよん。たまに失敗するけどそこはご愛敬ということで許してねん」
腕を組みながら誇らしげに話すフワルンに思わず笑みがこぼれしまう。
その中でフワルンがとある悩みを打ち明けてくれた。
「自分はけっこうなベテラン有能妖精なんだけどさ、妖精の中でも新人がいるんよ。その子たちの中にはうまくいかなくてションボリしちゃう子がいるんよ。どうしたらいいもんかと思ってねん」
「なるほどそれは由々しき問題だね。……そういえば妖精さんの中に教育係的な先生的な人っているの?」
「おらんね。妖精って基本自由なのだよ。誰にも縛られず己が精神で生きる存在なのだよ!」
「ふ~ん、そうなんだ。それじゃあさ、フワルンが教えてあげるっていうのはどうかな?」
「なぬ?アタシが?その発想は無かったんよ。ふむふむ……」
わたしの言葉を受けフワルンは考え込んだ顔をしたあと、人差し指をビシッとわたしに向けてきた。
「ガッコ―だよ!」
「学校?」
「そうなのだよ!アタシの妖精人生で培ってきたノウハウを余すことなくガッコ―で教えてあげればこの問題は万事解決なのよ!」
「わぁすごい立派な考え」
「そこで!アリスちゃんに頼みたいことがあるのね!」
「え?なぁに?」
ベンチに乗せていたわたしの手にフワルンが両手を乗せ上目遣いで見てきた。
「まだ人間界に行ったことがない子の中には人間さんが怖い子もいるのよん。だから慣れてもらうためにアリスちゃんには練習相手になって欲しいのん!」
「わたしが⁉ん~務まるかな~」
「だいじょぶだいじょぶ!みんな基本人間さん好きだし、アットホームな職場なのよ!」
「人間界ではアットホームな職場は地雷なんだけどな……」
「妖精界では額面通りの言葉なのん!お頼み申すなのん!」
必死に頼み込む姿に心が揺れ動き、「わかった、いいよ」と快く返事を返した。
「ありがと~~~~~♪じゃあ早速行くのん!」
「え⁉いきなり?」
……といった感じで、週四ペースでフワルンの学校のお手伝いをすることになったのだ。
ちなみに妖精界へは花の指輪をつけないと人間には入れないようになっている。
そして今日は遅れながら職場に到着ということである。
「みんな待ってるよね~……ホントごめん!」
「妖精的にはセ~フなのだよ!」
フワリンは頭の上に両腕で丸を作る。
「妖精はのんびり屋さんだから気にせんでいいよ~。じゃ行こっか」
フワルンはわたしに背を向け学校のほうへ飛び向かう。
ふぅと息を吐き、安堵したわたしはフワルンの後をついていった。
「みんな~始めるよ~」
「あっ!アリスちゃんやっほ~」
「むにゃむにゃもうちょい寝かせて~」
「花の蜜美味しい~」
フワルンの言葉に生徒の妖精たちがこちらに視線を向けてくる。
みんなフワルンに比べるとやや小柄な体格をしている。
フワルンもそうだけど妖精たちは葉っぱや花で作られた服を着ているのがまたファンシー感あるなぁ。
「ほいほいお静かに。授業始めますよー」
大きめの石の上に乗ったフワルンは生徒たちを見下ろしながらコホンと声を漏らす。
「今日はポケットから物を落とした人間さんに気づかせる練習をしましょ~」
*
わたしは生徒たちの前でわざとポケットからハンカチを落としてみせた。
歩き去ろうとしたとき、
「もしー、ハンカチ落としましたよ~」
と実習中の妖精さんが話しかけてきた。
「ぶぶー!不正解です!」
フワルンが腕で×を作る。
「アリスちゃんは特別なので我々の声に気づきますが、ふつーの人は妖精の存在に気づいてすらいないのです!声掛けは無駄なのです!」
「あちゃーやっちゃったのです」
失敗した生徒に対し周りから「どんまーい」と励ましの声が聞こえてくる。
「それではこの不肖フワルンがお手本をお見せしよう!」
フワルンが仰々しい言葉とともにみんなの前に颯爽と飛び出してくる。
「それじゃあアリスちゃん再びよろしく~」
「は~い」
スタスタスタ、ポト。
わたしは先ほどと同じように歩きながらハンカチを落とし、歩き続けた。
すると、急に首元に風が吹き込んでくる。
唐突な風に立ち止まると右腕の袖をクイッと引っ張る感触に気付く。
意識せず思わずわたしは後ろを振り向いてしまった。
「どうですか皆さん?これぞ先生の力なのです!」
したり顔のフワルンの姿に生徒たちからパチパチと拍手が巻き起こる。
「さすがセンセー!」
「ふぁんたすてぃっく!」
「ぶらぼ~」
称賛の声を浴びながら、石の上へと戻り生徒たちのほうへ向き合う。
「あくまでさりげなく、ここがポイントなのです!今回は羽で風を起こしたり袖を引っ張ることで気づかせましたがこれはあくまで一例。やり方は各々が自由に考えてみてください!」
は~い!とみんな元気よく返事を返す。
「それとまだまだ人間さんに近づくのが怖い子もいると思うんで、アリスちゃんと接することで恐怖心を失くしていこうねん!」
「みんなわたしで良かったらガンガン相手してね!あといろんな人間さんがいるから注意点も教えるね」
「わ~いがんばる~」
「アリスちゃん遊ぼ~」
「授業中だぞ~?」
生徒たちみんなが思い思いにしゃべり賑やかな雰囲気に当てられ仕事中ながらわたしは和んでしまう。
このあともフワルンの熱心な授業が続き、気づいたら夕方になっていた。
「それでは今日はここまで!おちかれ~」
「あ~い、ありがとうございました~」
「先生、アリスちゃんまたね~」
バイバーイと手を振りながら帰っていく生徒妖精たちを、わたしはフワルンと一緒に見送った。
「アリスちゃん今日もありがとね~」
生徒たちの姿が見えなくなった後、フワルンから労いの言葉をもらう。
「どういたしまして、フワルン先生もお疲れ様」
「いえいえ~それじゃ~本日のお給料でぇ~す」
そう言うとどこに隠し持っていたのか、フワルンの両手にはビー玉ぐらいの大きさの、キラキラと金色に光るまあるい果実が握られていた。
「毎度ながら別に気にしなくていいのに」
「のんのん!労働にはそれ相応の対価を支払わねば!この黄金の果実は妖精たちにとってのごちそう!人間さんでも食べられるのでご堪能あれ~」
フワルンの手から黄金の果実を両手で受け取る。
「なんか勿体なくて食べられないんだよね~」
「うごご!それはもったいないよ~!ちゃんと食べてほしいよん!」
「ごめんごめん、機会をうかがって食べるね」
「本当~?次来たとき感想を述べてもらうよん!」
「OK~、それじゃあ暗くなりそうだしまたね~」
「は~いまたね~お気をつけて~」
お互いに手を振りあい、わたしはもと来た道をたどって家路へついた。
「はぁ今日も疲れた~」
部屋で制服からTシャツ、ショートパンツに着替えベッドにダイブする。
「そうだ貰ったやつ食べてみよ」
ベッドから降り、床に置いていたカバンをガサゴソと漁る。
「あれ?」
中には見覚えのない数の黄金果実がたくさん入っていた。
大きめの葉っぱも混在しており、文字らしきものが書かれていた。
『いつもありがとう―生徒一同—』
フフッと優しい笑みがこぼれる。
わたしは果実の一つををひょいっと口の中へ運ぶ。
歯で噛むとカリッとした食感の後、芳醇な果汁が口の中に広がる。
高級なメロンのような香りやよく熟れたマンゴーのような味わいも感じられ、様々な果物の良いとこどりをしたような味わいだった。
「うわ美味しっ!もっと早くに食べておけば良かった~」
黄金の果実の一つを手に取り、机のすぐ横の椅子に座る。
窓の外は暗くなり、月が見え始めていた。
指で摘まんだ果実を月に重ねる。
「早くまたみんなと会いたいな……」
平凡な生活に突如現れた非日常。
妖精さんとの楽しい日々を思い起こし噛みしめながら、果実を味わうのだった―—
幼生の妖精養成所 空本 青大 @Soramoto_Aohiro
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