白雪

斎木リコ

白雪

 礼拝堂の中は、静まりかえっていた。今日は、私の結婚式。祭壇の前まで続く長い通路を、私は一人で歩く。


 白い花嫁衣装に、参列者の中から驚きの声が小さく聞こえた。白は喪の色。本来、花嫁衣装で使う色ではない。


 でも、私はこの色を纏いたかった。私の愛称である「白雪」。これを付けてくれたのが、亡き実母だから。


 雪の降る夜に、刺繍をしていて思い浮かんだ名だという。夜のように黒い髪、雪のように白い肌、そして、指先を突いた怪我からこぼれ落ちた血のように赤い唇の娘を……


 生まれた私を見て、実母は喜んだという。でも、それも長くは続かず、母は早くにこの世を去った。


 残された父と私の元に来たのが、「あの人」。大きな鏡を持ってやってきた、父の新しい妃。


 そのすぐ後、私はわずか七歳で城から出され、深い森の中に住む七人の小人により養育された。


 最初は泣いてばかりだったけれど、子供はいつまでも子供ではない。自分の周囲の事、父の事、妃の事。色々と知る機会があった。


 それに、森には定期的に「あの人」が来てくれた。いつも美味しい焼き菓子や楽しい話、為になる事を教えてくれるあの人が。


 幼い私にとって、「あの人」は憧れそのものだった。いつか私も、あの人のような美しく凜とした淑女になる。そう願って、森での日々を過ごしていた。


 そんな中、いつも森に来る老婆から、リンゴを一つもらう。真っ赤な美味しそうなリンゴ。


 いつもなら小人達と分け合うのに、その日に限って老婆はそのままおあがりと言った。だから、私はそのリンゴを一口かじったのだ。


 次に目を覚ました時には、目の前に見た事もない程美しい人がいた。こんなに美しい人がこの世界にいたなんて。


『おお! 白雪が目を覚ましたぞ!』

『やれ、めでたい!』

『あの伝承は本当だったのか……ううむ』

『考えるのは後だ。色々と忙しくなるぞ』

『そうだな』

『まずはあちらに連絡を』


 小人達が何やら動いているのは感じていた。でも、目覚めたばかりだからか体がダルくてどうにもならず、結局私は流されるまま美しい人と共に森を出たのだ。




 それからは、目の回るような日々だった。美しい人は、森を挟んで私の国の向こう側にある国の王子だという。


 彼の妃になる為に、王宮で色々な教えを受けた。でも、森での経験があったから、改めて学ぶ事は少ない。


 きっとそれが、「あの女」には気に入らなかったのだろう。


 あの女は私を人食いの化け物に仕立てようとした。いくら王子が妃に選んだ娘でも、人食いとなれば結婚は許されない。


 でも、それは小人達が全て防いでくれた。それどころか、あの女が冤罪で私を陥れようとした証拠まで揃えたという。一体、いつの間に、どうやって?


 ともかく、彼等の働きの結果、私は今日、こうして無事王子の妃となる。


 結婚式には、私の国から父とその妃も招かれていた。久しぶりに見る、父の妃。相変わらず美しく、凜とした様子でそこにいる。


 でも、私は知っているのだ。彼女は今頃、内心でずっと泣いている事を。今日この日が来る事を、ずっと待ち望んでいたにも関わらず。


 そういえば、再会した時には酷く叱られた。自分とあの女の判別が付かなかったのかと。綺麗な化粧が崩れるのも構わず、ぐしゃぐしゃに泣きながら叱られては、反論も出来ない。


 ごめんなさいと頭を下げる以外の手段が見つからなかった。


 見るに見かねた小人達が加勢してくれなければ、あの場を治める事は出来なかったと思う。


 あのリンゴを差し出した人物は、事前に判断が鈍る毒を周囲に撒いていたのだそう。だから、私は何も疑問に思わず、あの場でリンゴを口にしてしまったのだ。


 それを聞いたあの人は、今度は顔を真っ赤にして謝罪し始めた。謝らないで。あなたの気持ちは知っているから。


 幼い私を城から出したのは、私を護る為だった。私の国の王位継承権第一位は、私だから。敵は私を殺した後、失意の父をも手に掛けるつもりだったのだ。


 私が幼い頃、我が国の城には暗殺者が潜り込んでいた。「あの人」は、嫁入りの際に持ち込んだ「真実の鏡」を使って、暗殺者の標的が私だと知ったそう。


 だから、私を城から出して森にやった。森には彼女の旧知の小人達がいる。彼等と深い森が、私を護ってくれると信じていたのだ。


 彼女の願い通り、私は森と小人達に護られて健やかに育った。森には、あの人も老婆に姿を変えて何度も訪れている。私に、淑女教育を施す為だ。


 あの人が丁寧に教えてくれたおかげで、この国の王妃としてやっていく事が出来る。


 ありがとうございます。このご恩は、この国を内部から我が祖国の属国にする事で返させていただきます。


 私の命を狙ったのは、王子の母親。この国の王妃だ。彼女も魔女で、私の母、そしてあの人とは知らぬ仲ではないという。


 そして、王妃が最初に狙っていた王は、私の父だ。父が母を選んだ事を根に持って、この国の王妃となってからは夫である王を操り、我が国を脅かし続けたという。


 王妃は、私から幸せに過ごすはずだった時間を奪った。森で健やかに成長したとはいえ、その事は忘れられない。


 この国を……この国の王妃を、私は決して許さない。


 見ているといい。王子は私に夢中だ。彼は、私の為なら自分の両親を追い落とす事も厭わない。


 私はこのまま王子の妃となり、彼を使って国王夫妻を排除する。小人達が集めてくれた、王妃の醜聞に関する証拠も効果を発揮するだろう。


 そうしてこの国を手に入れたら、改めて故国へ一度帰ろうと思う。父と、そしてあの人とゆっくり話す為に。


 それにしても、隠された証拠まで見つけるなんて、真実の鏡というものは凄いのね。故国へ帰ったら、あの人にその辺りを聞いてみようかしら。


 でもきっと、いつものように照れ隠しのつんとした態度で「知らないわ」と言うのだわ。その顔を見るのを、楽しみにしておきましょう。


 ね? 「お母様」。

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白雪 斎木リコ @schmalbaum

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