あこがれ【KAC20252】
郷野すみれ
第1話
スカートを履いている足元から冷える廊下で、軽快な足取りで部活に向かう。いつもの通学用のカバンとは分けたトートバックから、カサカサとラッピングした袋の音が聞こえてくる。腕によりをかけたガトーショコラ。受け取ってもらえるといいな。
「こんにちは〜」
案の定、私より部室に教室が近い先輩がすでにいる。いつものことなので、ここまでは計画通りだ。私と先輩の、ささやかな2人きりの時間。
冬なので、夕暮れが早い。西日が部室の窓から降り注ぎ、影が長い。
「んー、こんにひは」
何かをもぐもぐと食べながら先輩が挨拶を返してくれた。
こちらにそこまで頓着せず、何かを食べている。こんな時だって、先輩の横顔は整っている。彫刻みたいに整った顔が照らされ、色素の薄い髪が茶色から金髪の色に見える。
食べている最中の手作りのチョコレートカップケーキのようなもの。ぎゅっと心臓を掴まれたような感覚に陥る。
「先輩ー。なんですか、それ。部室では飲み物は良くても食べるのは禁止ですよ! 」
私は最悪の予想をしつつ、カバンを所定の場所に置いた後、笑顔を貼り付けて机の斜め向かいに座る。
「いやー、彼女からもらったんだよ。あいつらに見つかるとうるさそうだし、お腹も空いたから食べようと思って」
あいつらというのは、先輩たちや私の同級生の男子達のことだろう。浮き立っていた心がスッと冷たくなる。
「あっ、彼女さんいるんですね。いつからですか?」
先輩は、文化系の科学部に所属しているのが不思議なくらい、なんでもできる。部長で、成績優秀で、体育祭でだって活躍する。私にとって、憧れの存在なのだ。
「こころちゃんも気になるんだ。意外。そういうとこ女の子だね」
そもそも女子として見られていなかったのだろうか。私は少し俯く。
「あ、俺が部室で食べてたことは2人だけの秘密にしてね」
そう言って先輩は小首を傾げてにっこり笑う。そんな風に言われたら反論できるわけがない。
「わかりました」
私は、肩にかけたトートバックの中に頭を突っ込んで確認するふりをして、泣きそうになる顔を隠す。
部活で配る義理チョコと、同級生と交換した友チョコ。本命チョコは、渡せない。憧れは、いつだって手に入らない。
あこがれ【KAC20252】 郷野すみれ @satono_sumire
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