そのあこがれは秘めやかに
白千ロク
本編
大学を卒業して社会人になって8年。その間に彼氏が出来て約5年ほど。私は傷心した。「他に好きな人ができた」と振られたから。
男は星の数ほどいるというのが慰めの定番だろうが、同じように女だって星の数ほどいる。数があるのなら簡単に出会えているというのに、出会いがない。いやね、簡単に出会えるのなら、マッチングアプリなんていらねえんですわ。
彼氏に振られた2日後の土曜日、学生時代からの友人のうちのひとりに誘われてミュージカルを見た。元々誘おうと思っていたようだが、気晴らしにというのが彼女の優しさだろう。
このミュージカルは元々はブラウザゲームで、アニメ化を果たした作品であり、私もよく知っている。というか、ゲームは私もプレイ中だ。
私の許容範囲はアニメ化までであり、舞台化やミュージカル化は微妙だった。他の舞台化作品を含めても『2.5次元舞台』が大人気なのは解っている。だが、二次元キャラは二次元だからこそ輝くものなのだ。現実世界はお呼びでない。そもそも、いくら姿形を真似ようとも、二次元から出てしまえば『その人』ではなくないか?
――と、私はずっと思っていたんですけどね。
なんだこれ。輝いている。キラキラしている。ただ歌って踊っているだけなのに、『あの人』がいる。BGMもすごい。
パンフレットをひっそりと読んでいると、演者の意気込みが流れ込んできた。みんながみんな、この作品に情熱を注いでいる。演者だけではなく、舞台を作る全ての人が。
三次元は毛嫌いしていたが、こうもすごいものだったのか。食わず嫌いはよくないな。
娯楽が溢れんばかりの世の中なのに、舞台が廃れないのはこういうことらしい。ひとつの物語が目の前できれいに閉じられていく。
目の前で見せるというと映画もあるが、映画とは違うのだ。言葉には表せないが、違う。
隣に座っていた友人に「泣いてるの?」と言われて気がついたが、どうやら私は涙を流していたらしい。
すごかった。その一言しか出ない。貧相な語彙でごめん。
泣き止むのに時間はかからなかったが、静かに待っていてくれた友人と駅近くの喫茶店に入り遅めの昼食にする。話す内容は先程のミュージカルについて。
盛り上がったあとは電車に乗って帰る。隣の県に。
友人とは駅で別れて家の近くのコンビニでハガキを購入。ついでにチキンも買ってしまおう。
帰路に着いた先はハガキをしたためてカバンへ。明日の通勤途中にポストへ投函すればいい。
『彼氏に振られたことがどうでもよくなりました』
誰かに――演者に宛てたわけではなく、ミュージカルそのものへ宛てた。ファンレターを書いた経験が活きたわ。いやいまもファンレターはちまちま送っていますけども。
ミュージカルの迫力に傷心は吹き飛び、友人の優しさに支えられた。なにかあったら一方的に元気づけられていた私であっても、友人たちが落ち込んでいたら励ましてあげられるかもしれないという小さなあこがれは胸に秘めて。
優しさに溢れるよき友人たちに恵まれていたことにようやく気がついたので、いつかその優しさに報いることができますように。
(おわり)
そのあこがれは秘めやかに 白千ロク @kuro_bun
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