妖精と約束

白千ロク

本編

 商人の手によって敷布に並べられたうちのひとつであるその剣は、かなり錆びついていた。鞘に施された細工が死んでいる。中身は見ていないのでなにも言えないが、外が錆びているのなら中も錆びていそうではある。外と中が違う場合もあるが、綺麗な剣に錆びた鞘はないだろう。常識的に考えて。


 値段は私こと街娘でも買えそう。この値段なのは使い物にならなそうだからだろう。だって、剣は中程からばっきり折れていると言ったし。


 それでも商人である店主に色を付けて代金を支払うと、錆びた剣は私のものとなった。錆は落とせなくはないから、錆自体は問題ない。錆は。――問題なのは、この剣が『意思あり』かもしれないことの方だ。意思ある武器や防具は貴重だからね。なにかが宿っているのかいないのかでまた違うようだが。


 この市場では商人と一般人とでは出せる場所が違うので、商人区画と平民区画と呼ばれている。やっぱりいいものが揃っているのは商人区画の方が多い。目利きの違いは明確にある。どちらにも掘り出し物もあるけれど。


 女子大学生――大学2回生だった私がこの世界で生まれて早8年。街娘がようやく馴染んできた。家はこじんまりとした薬屋を開いているので、街娘ではあるが平民という意味での街娘ではなかった。まあ、私の心はいまも庶民ではあるけど。


 剣に呼ばれた気がして、こうして購入したはいいけれども、この先はどうしたらいいんだろう。記念に家に飾っておく? それとも父さんに譲る?


『飾ったり譲ったりするのはやめてくれないか。私は君とともに世界を見たいんだ』


 手にある剣を眺めつついろいろ考えていたら、凛とした女性の声がした。どうやら『呼ばれた』のは本当だったらしい。そして『宿っている系』だった。


 宿る妖精の名はシシェル。剣もシシェルもダンジョン産のようだ。数多くの冒険者に使われてきた彼女は折れてしまったが、 当時手にしていた者によって売りに出された。まだ価値が高いうちに。鞘に使われている魔石が貴重だから。


 巡りに巡って私の元にきた、と。


 シシェルは世界を見たいと望んでいるようだが、私としては厳しいかもしれない。私は薬屋の孫娘であって、冒険者ではないしね。わざわざ危険に身を投じる必要はないんだよ。薬草採取だけなら冒険者登録はしてもしなくてもどちらでもいいわけだし。魔物を狩る必要がないのなら、登録をしても旨味はそんなにない。


 しかし、世界を見たいという彼女の気持ちも解らなくはないんだよね。世界は広いから。


 う〜ん、私と世界を見たいと言ってくれるのは嬉しいんだけど、やっぱり危ないのは嫌だからなあ。シシェルにそう伝えると、『ふふっ。私と一緒に強くなればいいだけだ。まずは打ち直しからだな!』と答えた。


 なんかこの子脳筋っぽい。


 もしかしなくとも私は、とんでもない妖精に目をつけられたんじゃないんだろうか……!?


 後につよつよ薬師になる私の第一歩は、こうして始まってしまったようです。




(おわり)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

妖精と約束 白千ロク @kuro_bun

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

同じコレクションの次の小説