桐島、推し活やめるってよ

青キング(Aoking)

桐島、推し活やめるってよ

 二十三歳冬の年度末、ファミレスで待ち合わせた桐島はテーブル越しに真剣な顔で切り出した。


「俺、ミイちゃんのファンやめるわ」


 桐島の宣言に心臓が鈍器で殴られたような衝撃に襲われた。

 大学時代に知り合い、アイドルグループ『Mrs.』が好きなことで仲良くなり、それ以来ライブの時は必ず行動を共にしてきた。

 そんな推し活の同志からの宣言に混乱した頭で聞き返す。


「な、なにがあったの。ついこの間も一緒にライブに行ったのに」

「本当に急でごめん。でももう一緒にライブには行けそうにない。ミイちゃんのファンをやめるんだ」


 申し訳なさそうに詫びる桐島だが、決意は固いのか言い切る口調だ。

 まずはファンをやめる理由を聞かなくては。

 そう思って、心を落ち着けようと深呼吸してから尋ねる。


「話はとりあえず理解した。けどなんで急にファンをやめることにしたの?」

「実は、同じ会社で働いてる憧れの上司が居て……」


 神妙な顔の桐島の話を聞いて、大方の事情を把握した。

 憧れの女性上司と晴れて交際できることになり、ミイちゃんを全力で推せないぐらいならケジメをつける、ということらしいのだ。

 世の中には推し活をしながら身辺も充実させる人間もいるが、桐島は半端な気持ちで交際も推し活もしたくないとのことだった。


「いざ交際を始めたらお金も時間も前みたいに余裕なくなるからさ。きっぱりミイちゃんのファンはやめることにするんだよ」


 桐島は覚悟を見せつけるように再び意思を口にした。

 僕は頷き返して理解を示す。


「もう二人でライブにいけないね」

「本当にごめん。長い間……三年ぐらいかな、一緒にライブ行ったり、手分けしてグッズを買う列に並んだり、ライブの帰りにお互いの推しを語り合ったのも、全部楽しかった」


 謝りながらも、桐島は全てを振り切ったように晴れやかな顔をした。

 桐島だって推し活をやめることに抵抗がなかったわけじゃないはず、それでもやめる覚悟を決めたんだ。

 ミイちゃんという手が届かない崇拝よりも、接近できる憧れの女性上司に全力を注ぐと決めたんだ。

 桐島ともう二度ライブに行けない、ライブ帰りに語り合えないことは寂しいが、理解ある友人として、彼のケジメを後味の悪いものにするわけにいかない。


「推し活をやめるんだ。絶対にその憧れの上司と幸せになってよ」

「うん、応援してくれてありがとう」


 桐島はこちらの励ましに笑顔を応えると、ちらと右手首に巻いた-腕時計を覗いた。

 その女性上司はきっと桐島が左利きだということも知っているのだろう。


「この後ちょっと予定あるから、そろそろ行くわ。そっちはまだサクちゃんの推し活続けるんだろ?」


 桐島の期待するような目に笑い返す。


「当然、サクちゃんの推し活は続けるよ。それと桐島は好きだったミイちゃんも二番目に推すことにする」

「俺の分まで推し活してくれ。あとは頼んだ」


 そう言うと、俺の方が誘ったからかと理由を付けて二人分のドリンク代を払って喫茶店を出ていった。

 笑顔で去っていく桐島を見送り、彼の姿が見えなくなってから取っ手を左側に向けて置いたカップに残ったカフェオレの茶色い水面を眺めた。

 桐島の視線がなくなり気が緩んだ瞬間、カフェオレの茶色に滴が落ちて小さい水紋を作ったかと思うと、後を追うように落ちた滴が隣に新しい水紋を作る。

 目頭の熱さを自覚した時には、水紋は絶え間なく茶色の水面に広がっていた。


 私、フラれたんだ。 


 三年間、ずっと桐島くんのことが好きだった。

 サクちゃんのことは応援していたけど、それと同時に桐島くんが好きだった。

 同じ左利きで、同じアイドルグループを推していて、同じ時間をライブで共有して、大好きな桐島くんとの日々は幸せだった。

 何かと理由を付けて当たり前のようにコーヒー代を奢ってくれるような優しい所も、呼び出してわざわざファンをやめることを告白してくれる誠実なところも、大好き、ううん大好きだった。


「ごめんね桐島君。前みたいにファン続けられないかも」


 最後に今まで心の中だけだった呼び方で桐島君に謝ってから、カフェオレに口をつけた。

 桐島君が好きなブラックじゃないはずなのに、苦い味がした。

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