第51話

 目の前に広がるのは、神が遺した世界のシステム――巨大な水晶と光の網が交錯する不思議な空間だった。


 「……なるほどな」


 オレは息を吐き、静かに目を閉じる。

 ここが世界の法則を固定し、シナリオを縛るためのためのシステムなのか。

 

「神は世界の維持に感情をリソースして捧げていました」

 

「じゃあ、神に匹敵するリソースを捧げれば、世界を維持できるのか?」


「ええ、それには……やはり管理者を世界の維持に使うしかないと思います」


「私達3人、少しづつ力を捧げればどうでしょう?」


「この様子だと、少しづつでは足りなんじゃないかしら?」


 ノワールが渋い顔をする。


 ――その時。

 頭の中に、ある考えが閃いた。


「……神に匹敵するリソースならある!」


 オレは剣を構え、エリシア・オリジナルの前に立つ。


「この剣を使ってくれ。もう神との戦いは終わったしな。それに、この剣はきっとオレを助けてくれる。そんな気がするんだ。ノワール、いいよな?」


「私は元々、その剣嫌いだしね。使っちゃっていいんじゃない?」


 ノワールが肩を竦める。

 

「レオン、これも使ってくれ」


 そう言ってユリウスは自分の聖剣を差し出した。


「ユリウス、いいのか?」

 

「ああ、私には過ぎた剣だ」


 世界を構築するシステムである巨大な水晶に、二本の剣が吸い込まれていく。

 これで世界が安定するなら、惜しくはない。


 だが――。


「少し足りないようです。やはり私が身を捧げるしか……」


「待ってくれ」


 オレの視線はあるものに向いた。

 それはこの空間を覆うもの。

 

「なぁ……この光の網ってなんだ?」


「これは……シナリオを守るための網です。異変を察知したら管理者に知らせる機能が……」


「いきなりオレたちの所に裁定者アービターが来たのは、これのせいか……」


 オレは息を吐き、静かに目を閉じる。


 そして、張り巡らされた光の網を見つめながら呟いた。


「要するに、コイツはもう要らないわけだな」


「まさか……」


 エリシア・オリジナルが息をのむ。

 その瞬間、ノワールが口元に妖艶な笑みを浮かべ、くすりと笑った。


「ふふっ……あんたってば、いつも面白いこと言うのよねぇ……」


 彼女はスッと歩み寄り、指先で光の網を軽く弾いた。すると、網は音もなくほどけ、まるで砂が崩れるように消えていく。


「けど、悪くない考えだわ。こんなシナリオの鎖なんて、むしろこっちから利用させてもらうわよ」


 ノワールが手をかざすと、ほどけた光の網がエネルギーの粒子となり、神の残したシステムの中心――巨大なクリスタルへと流れ込んでいく。


 アーシェとエリシア・オリジナルも、それに続くように力を注いだ。


「……これなら、いける!」


 クリスタルが脈打ち、世界を構築するためのリソースが満ちていく。

 オレは大きく頷き、元管理者である三人へと視線を向けた。


「頼むぜ、世界を……繋ぎ止めてくれ!」


 エリシア・オリジナル、アーシェ、そしてノワールが、それぞれ手を重ね合わせる。


世界構築ワールドコンストラクション――!」


 空間が震え、まばゆい光が辺りを包み込む。


 ――ゴゴゴゴ……!


 まるで世界そのものが息を吹き返すかのように、揺れが収まっていく。それは崩壊の兆候が消えていくようだった。


 やがて光が収まると、エリシア・オリジナルが静かに微笑んだ。


「……うまくいきました」


「これでもう、世界は誰にも縛られません」


 アーシェも満足そうに頷き、ノワールは気まぐれな猫のように笑う。

 エリシアが力強く言い切る。


「私たちで、自由な世界を作っていけるのね!」


「長かった。やっと……誰からも干渉されない世界が始まる」


 ヴェルゼリアも嬉しそうに微笑んだ。


 神の作ったシナリオから解放され、世界は崩壊せずに存続する道を得た。

 そして、これが――運命に抗い続けたオレたちが手にした、真の勝利の瞬間だった。

 


 ◆

 

 静寂が訪れていた。

 崩壊の危機は去った。

 世界は、確かにそこに在り続けていた。


 オレは空を見上げ、深く息を吐いた。


 「よし……なら、これからどうするか、考えるとするか」


 神のいない、新しい世界。そこにはシナリオなんてものはない。

 これから何が起こるのかは、誰にもわからない。


 けれど――。

 自らの選ぶ道が、未来を形作る。

 いくらでも変えることができる。


「レオンはどうするんだ?」


 ユリウスが問いかける。

 

「オレは、一度村に帰るよ。ただの村人だしな」


 その言葉に、ユリウスは小さく笑った。

 

「そうか……」


「ユリウスは、今度こそ旅に出るのか?」


「ああ。もう勇者でもなく、聖剣もないが……助けを必要とする人はいると思うからな」

 

 そう言うと、ユリウスは静かにエリシア・オリジナルを振り返った。


「お前は、これからどうする?」


 エリシア・オリジナルは小さく微笑み、決意のこもった瞳で彼を見つめる。


「私は……あなたについていきます」


 ユリウスの瞳が、大きく見開かれる。


「ついてくる、だって?」


「この世界には、まだ困っている人がたくさんいる。神の作ったシステムが消えた今、新たな混乱が生まれるかもしれない……だから私は、あなたとともに、それを助けていきたい」


 ユリウスは短く息を吐き、それから静かに頷いた。


「……好きにするといい」


「ありがとうございます……」


 その言葉に、エリシア・オリジナルは小さく笑うと、彼の隣に並ぶ。

 

「良かった……なんだか、自分のことみたいに嬉しい」


 涙ぐむエリシアに、ヴェルゼリアが優しく微笑む。


「そうですわね。彼女もシナリオの被害者でしたから。これからやっと自分の道が歩めるのでしょう……」

  

 エリシア・オリジナルは、自分が本当にやりたかったこと――勇者を支えるという道を選ぶことができたのだ。


 それは、誰に強制されたものでもない。

 彼女自身の、自由意志だった。


「なあレオン、今度あったらもう一度勝負してくれないか?」


「ああ、いいぜ。でも、手加減はしてやらないからな」


 ユリウスは短く笑う。


「だが、次は私が勝つぞ?」


「オレだって負けるつもりはないぜ。また合うのが楽しみだ」


「じゃあな。レオン」


 オレたち互いの手を強く握り合う。

 勇者ユリウス。最初は敵だった男。

 だが、今は――かけがえのない仲間。


「じゃあな、レオン」


 ユリウスは背を向け、エリシア・オリジナルとともに歩き出す。

 その後ろ姿を見ていたノワールがポツリと呟いた。


「ユリウス……変わったわね」


 そうかも知れない。でも……。


「多分、あいつは……最初からそういう奴だったんだろ」


 ノワールはくすりと微笑み、肩をすくめる。

 

 こうして、勇者と『もうひとりのエリシア』は、世界を巡る旅に出た。

 誰に決められるでもなく、自らの意思で。

 

 ◆

 

 一方、オレたちは村へ戻るべく、乗ってきた馬車へ向かって歩き出していた。


 エリシア、ノワール、ヴェルゼリア。

 ……と、もう一人。


 オレは歩きながら、チラリと視線を向ける。


「……ところで、こいつは誰?」


 指さされたアーシェは、ちょっとだけムッとして頬を膨らませた。


「ひどい! 世界を安定させるためにあんなに頑張ったのに。いまさらなんてことを言うの!?」


 ノワールがくすっと笑いながら、肩をすくめた。


「まあ無理もないわね。改めて紹介するわ。彼女はアーシェ、私の妹よ」


「えっ、お前に妹なんていたのか?」


「まあ……色々あってね」


 曖昧な言葉にオレは眉をひそめる。

 もしかして……あまり聞かないほうが良いことだったのか?

 すると、ヴェルゼリアが優雅に微笑んだ。


「アーシェは、ノワールを元に作られた存在……言うなれば、双子の妹のようなものですね」


「なるほど」


 オレが納得すると、アーシェは少しだけ視線をそらしながら、こっちをじっと見つめてくる。

 どうしたのだろうか?


「……ねえ、私も一緒について行っていい?」


「え?」


 驚いて彼女を見ると、アーシェはどこか落ち着かない様子で、それでも真剣な表情だった。


「なんだか、よくわかんないんだけど……私は姉さんを元に作られたからなのかな? あなたと一緒にいると、安心するっていうか……その、落ち着くっていうか……」


「…………」


 なんだって……??

 オレは視線を泳がせる。


 それを見たノワールは、楽しそうに口元を歪めた。


「あらあら……あんた。またひとり、増えちゃったわね?」


 ヴェルゼリアも楽しそうに小さく笑う。


「ふふ、これはますます賑やかになりますね」


 エリシアは頬を膨らませながら、オレをじろっと睨んだ。


「ちょっと、レオン! もう女を増やさないって約束したでしょ!?」


「オ、オレのせいか!?」


「3人は、あなたのお嫁さん……よね? なら1人くらい増えても大丈夫じゃない?」


「よくない!!」


 そう言ってエリシアはぷいっと顔を背ける。

 けれど、その表情はどこか嬉しそうだった。

 

 そんなやり取りをしながらも――。

 オレは、なんとなくアーシェを拒めなかった。


 見た目はぜんぜん違うが、どことなくノワールに似た雰囲気がある。

 彼女がノワールの妹のような存在だというのも頷ける。


 それに……。

 アーシェは確かに、世界を救うために協力してくれた。

 オレは軽く息を吐き、ぽつりと答えた。


「……まあ、好きにしてくれ」


「ほんと!?」


 アーシェがぱっと顔を輝かせる。


 こうして、新たな仲間が加わり――。

 オレたちは再び、日常へと戻っていく。


 見上げた空は、雲ひとつなく澄み渡る青が広がっている。

 この世界は、確かに変わった。

 神がいなくなったことで混乱が生まれるかもしれない。

 けれど、オレたちの未来は誰にも強制されない。


「なあ、帰ったらまず何をする?」


 何気なく呟くと、ノワールがにやりと笑う。


「そうね。美味しいものでも食べたいわね。あんた、狩くらいはできるのよね?」


「レオン! また鍛錬につきあってよね!」


「レオン様、私も料理を手伝いますわ」


「じゃあ、私も何か手伝うね!」


 賑やかな声が響く中、オレは笑みを漏らした。


 何も決まっていない世界。

 それはきっと――無限の可能性に満ちた、自由な未来。


 オレたちは歩き続ける。

 それぞれの選んだ道の、その先へ――。

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運命が俺を殺す気らしいが、好きにはさせない~勇者のシナリオを悪役村人がぶっ壊す件~ ちくわ食べます @chichichikuu

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