第50話

「足掻いた先に待つのは、滅びなのだぞ?」

 

 神が声が怒気を帯びる。


「無限の時を見てきた我にはわかる……人はいつか争い、絶滅する。歴史がそれを証明している!」


 オレは鼻で笑った。


「だから、お前の『完全なる世界』が正しいってのか?」


「当然だ……」


 神は両腕を広げ、空を見上げる。


「計算されたストーリー。必要な争いと悲しみ。その後に訪れる平和……。完璧な秩序だ。すべてが調和する世界こそ至高なのだ!」


「調和、ねぇ……」

 

 オレは小さく笑い、蒼光の剣エクス・ルクスを構える。


「確かに……平和になるかもしれない。でも、それで人は生きてると言えるのか?」


 ユリウスも静かに頷く。


「私は……たとえ傷つき、絶望し、苦しんでも、それを乗り越えることで人は強くなれる。そう信じている」


 神の顔が歪む。


「愚かだ……なぜ我の理想を理解できぬ……」


「押しつけなんて、まっぴらなんだよ」


 蒼光の剣エクス・ルクスを握る手に力がこもる。


「それはお前の理想であって、オレたちの意思じゃない!」


 ユリウスも聖剣を低く構える。


「お前の作る世界に、私たちの意思は必要ないのだろう?」


 臨戦態勢を取ったオレたちを前に、神の目が鋭く光る。


「痴れ者どもが……お前たちはここで消してやろう」


 一瞬で虚空に魔法陣が展開され、光の刃が無数に降り注ぐ。

 オレはそれを弾きながら突っ込むが、神はさらに剣を生み出していた。

 

 神の手には二振りの剣が収まっている。

 その剣は複数のトゲが絡み合うような意匠、神の持つ狂気や禍々しさを体現しているかのよう。

 

「ならばみせてやろう。我が本気の剣を」


 神の身体が発光し、剣が軌道を描く!

 空間が爆発するかのような衝撃。


「ッ!!」


 オレはギリギリで蒼光の剣エクス・ルクスを振るい衝撃を相殺する。視界の端ではユリウスも同じように耐えていた。


「クソっ、神め」


 歯を食いしばる。周囲には神の範囲攻撃が広がっている。単純な剣技だけでなく、奴の一振り一振りが世界の理を切り裂くほどの鋭さを持っていた。


「人の身で割れに抗う愚かさを知るがいい」


 神が二刀を高速で回転させながら接近してくる。

 その軌道は光の渦を作り、近づくだけで焼き尽くされそうな威圧感を放っていた。


 あれは通常の攻撃では相殺できない。


「ユリウス……合わせるぞ!」


「いつでもいい!」


 オレとユリウスは同じ構えをとり頷き合う。

 

 刹那――。

 オレとユリウスの姿が消えた。

 始まるのは最強の剣技による、超速の神剣舞。


「「神速天滅斬――!!」」


 蒼光と黄金の軌跡が交差する。

 左右から挟み込むようにして放たれる神速の12連撃。


 ユリウスの一閃が神の右腕を弾き飛ばし、オレの斬撃が神の左腕を裂く。

 

「ぐっ……ぁぁぁぁぁッ!!!」


 神の叫びが響き渡る。


 その身体が無数の閃光に切り裂かれ、崩壊するかのように輝きを増していく。

 時をも断つかのような剣速。

 もはや神ですら、その斬撃を視認することは叶わない。


「バカな!?」


 最後の瞬間、神の目が見開かれ、身体が、光の粒となって崩れ落ちていく。

 オレとユリウスは最後の一撃を振り抜いたまま、深く息を吐き出す。


「終わった、か……?」


 だが――。

 神は最後の力を振り絞り、薄く笑った。


「……愚かな者たちよ……」


 神の異変に、オレとユリウスは剣を構えて警戒する。


「お前たちは勝ったつもりかもしれぬが……」


 神の身体が砕け散る中、無数の光の欠片が空へと昇っていく。


「我がいなくなれば……この世界も……消える……のだ……」


「なに……ッ!?」


 オレの背筋が凍る。

 この世界が――消える?

 じゃあ、オレたちのやったことは……無意味だったのか?


 せっかく、これから自由な世界が始まるというのに……。その世界はオレたちのせいで壊れてしまうのか?


 ユリウスが歯を食いしばる。


「くそっ……! そんな……!」


 神は勝ち誇ったように微笑む。


 「我なくして、この世界は存続しえぬ……すべては我の創造したもの……我がいなければこの世界は30分と持つまい。ささやかな勝利の余韻と共に……世界ごと消え去るがよい……」


 最後の言葉を残し、神は眩い光と共に消滅した。


 その瞬間――。

 世界がブレ始めた。


「このままじゃ……マジでヤバい……!」


 地面が揺れ、空間が軋む。崩壊がゆっくりと始まっていく中、エリシア・オリジナルが静かに前へ出た。


「私が……やります……。やらせて下さい」


 彼女の周囲の空間がねじれ始める。


「おい、待て……! 何をする気だ!?」


 思わず手を伸ばしたが、エリシア・オリジナルは微笑むだけだった。


「私は元々、この世界の管理者でした……神の代わりに、世界を繋ぎ止めることが出来ます」


 彼女は静かに両手を広げる。


「……でも、それには……私自身のリソースを全て世界に捧げる必要があるでしょう」


「ッ!?」


 リソースを全て捧げるだって?

 それはつまり――。


「それじゃ、お前が――!」


「ええ……私は、世界そのものに生まれ変わります」


 エリシア・オリジナルの身体が、徐々に光へと変わり始める。


 オレは拳を握りしめ、声を荒げる。


「ふざけるな……そんなの、許すわけないだろ……!」


「だめよ! あなたはユリウスと一緒になるって……好きな人を支えるって決意したじゃない!」


 エリシアは涙をにじませながら叫ぶが、エリシア・オリジナルは優しく微笑んだ。


「でも、これしかないんです……」


「ねえ? ここには元管理者が三人いるのよ? 少しは頼ってくれてもいいと思うけど」


 ノワールが腕を組んで言う。

 

「そうですよ。他の方法を探しましょう」


 アーシェも眉をひそめ、エリシア・オリジナルを諭す。

 一瞬の沈黙の後、エリシア・オリジナルは口を開いた。

 

「わかりました。神の間に案内します」

 

 エリシア・オリジナルが手をかざすと、次元が裂け、光の渦が生まれた。


「行きましょう。世界を管理する場所へ」

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