【回顧録】長年登録し続けたファンクラブを退会するまでの一部始終

常世田健人

【回顧録】

 ファンクラブに初めて入ったのは、日向坂46というアイドルグループだった。

 ライブに行くことが好きだったのだが、これまでファンクラブに入ったことは無かった。ファンクラブに入らずとも一般抽選でライブを当てることができるし、当たらなければそれで良いかなとも思えるほどだった。

 しかし、日向坂46は違った。何としてでもライブに行きたい! ――そう思えるほど好きになることが出来たアイドルグループだった。

 日向坂46の前に好きだったアイドルグループの時に抱いた大きな後悔が背景だと自分の中では結論づいている。そのアイドルグループを好きになったタイミングが、推しメンとなり得るメンバーの卒業が決まった直後という極めて間が悪いものだったからだ。このせいで、メンバーの卒業後ライブに行っても推しメンがおらず、箱推しという形で推し続けてはいたもの、好きになったタイミングで居たメンバーたちが卒業してしまったら、自分の中で推し切れるほどの熱量は無くなってしまっていた。人生で初めて握手会まで行ったものの、熱量は続かなかった。

 一方で日向坂46を好きになったタイミングは『最高』の二文字だったと言えるだろう。前身である『けやき坂46』の時に気になっており、『ひらがな推し』という番組が始まったら毎週視聴していた。メンバーとオードリーの掛け合いに見応えがあり、毎回楽しく視聴する度に、メンバーのことが好きになっていった。サッカー知識が凄まじく演技力にも長けているカゲ(影山優佳さんのあだ名)と、トンチンカンな発言満載のラーメン大好ききょんこ(齊藤京子さんのあだ名)が特に好きで、卒業してしまった今でも活躍し続けている二人の姿を可能な限り追い続けている。

 日向坂46は、ストーリーがとにかくわかりやすく熱いアイドルグループだった。

欅坂46という飛ぶ鳥を落とす勢いの裏で、選抜落ちでもないよくわからない立ち位置で頑張らなければならない『けやき坂』――

 その立ち位置の中で掴み取った冠番組『ひらがな推し』――

 そこでも結果を出し続け、評価を得たからこそ、『日向坂46』へ改名に至ったという流れ――

 その上で目指した東京ドームライブに、一度立つことが確定したにも関わらず襲いかかってしまったコロナ禍――

 外出自粛期間を経てようやく立った東京ドームという舞台――

 全てのストーリーが挫折と挑戦に満ち溢れており、推し甲斐のある、魅力的なアイドルグループだった。

 ずっと推すことになると思っていた。

 現に、カゲもきょんこも卒業したにも関わらず、箱推しという形でファンクラブを継続し続けていた。東京にも名古屋にも遠征をしたし、遠征ができない時にはライブ配信で視聴することを欠かさなかった。その度に涙を流し、嗚咽を漏らしながら、全力で彼女達を応援していった。

 これからもずっと推し続けると思っていたけれど――

 ――変わってしまったのは、私の方だった。

 とある女性と結婚をした。

 二人ならずっと幸せで居られると思い結婚したものの、独り身ではなく既婚者になるため、当然自分の我を全て通すわけにはいかない。好きな時に好きなことをいくらでも出来た状態とは違い、一緒に生活する人が居て、その人を大切にしたいと思うようになった。

 そして、妻は、日向坂46というよりも、アイドルグループに興味がない人だった。

 となると、推し活をするならば、自分一人で行うことになる。友人と共にライブ遠征に行っていた時間は次第に妻と生活する時間に変わっていった。ターニングポイントとなるようなライブに関しては妻に頭を下げ、オンライン配信で見るようになり、その度に涙を流していった。

 しかし、目の前に差し迫ったのは、家のローンという問題だった。

 流石に、高い。

 高すぎる。

 住む場所を手に入れるのにこんなに高いとは。

 サブスクをいくつか解約しようと、お互いに自動的になった。毎日読んでいた日経新聞をまず解約し、毎週読んでいた週刊少年ジャンプの定期購読を解約し――

 日向坂46のファンクラブに、手をつけるかどうかという瀬戸際に陥った。

 月額四百四十円。

 正直、微々たる額ではある。

 だが、これが積み重なっていった時にどうなるか――

 一年で五千二百八十円――十年で五万二百八十円――

 正直丁寧に計算していっても五万程度かと思う自分も居るは居るものの、毎月かかる金額を少しでも下げることが出来たという自負は、ローンに対しての類稀なる自信につながる気もした。

 そして、決定的なのは――結婚をして一年程度が経つ中で、日向坂46のライブに一度も行けていないという事実だった。

 見れたとしても配信で、しかも回数自体減少してしまっている。

 この先、ファンクラブに入っていたとしても、ライブに行くことはあるのだろうか――

 それこそ今後子どもを欲しいとまで思っているのに、子どもが居ない状態でこれにも関わらず、子どもが生まれたらより一層ライブに行かなくなるのではないか――

 『君はハニーデュー』という楽曲のMVを、無言で再生する。

 その中盤に、これまでの楽曲でセンター曲を務めたことがあるメンバー達が、センター曲の振り付けをするシーンがある。そのシーンを見ると過去の思い出が蘇ってきて胸に熱いものが込み上げてくるため、何度も、何十回も見返した。

この積み上げてきた思い出達を、ここで途切れさせても良いのだろうか。

 ファンクラブを退会するということは、そういうことなのではないか。

 何度も悩んだ。どのように今後日向坂46に接していけば良いのだろうか。現地でライブに参戦することはほぼ不可能な状態で、唯一繋ぎ止めてくれているファンクラブを退会しても良いのだろうか。『君はハニーデュー』のMVを何度も視聴しながら、思考も繰り返していった。

 ふと、私は気づいた。

 『君はハニーデュー』のMVを、私は観ることが出来ている。

 他の楽曲も、全てサブスクで聴くことが出来ている。

「現地ライブ参戦だけじゃ、ないのか」

 妻が寝静まり、暗い部屋の中で一人小さな音をスマホから流していた私は、ハッとした。

 ライブに参戦することだけが、応援では、ない!

 遠くなってしまうけれど、日向坂46に繋がり続けることは、いくらでも出来る!

 ――翌日。

 通勤を共にする妻に、私はボソリと呟いた。

「日向坂46のファンクラブ、退会するね」

 妻は驚く。

「え、良いの?」

 笑って、こう返した。

「良いよ。ライブ行けてないし、多分これからも行けないだろうし」

「行けない……?」

「いや、行かない! 表現間違えました、行かない!」

「……良いの?」

 妻は最後まで心配してくれた。日向坂46の配信ライブをみて涙を流し続ける私という地獄絵図を何度も見てきたからこそ、本当に良いのか問いたいのだろう。

 一大決心ではあった。

 大丈夫、日向坂46を応援することは、どんな形だって出来る。

「ファンクラブのお金で、何か子どもに良いもの買ってあげられたら、嬉しいよね」

「……ありがとう」

 こうして妻と私は微笑み合い、日向坂46のファンクラブを退会した。

 2025年4月6日の『6回目のひな誕祭』は、ライブ配信で観ようと思います。



 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

【回顧録】長年登録し続けたファンクラブを退会するまでの一部始終 常世田健人 @urikado

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ