【KAC20252】わたしのなりたかった彼女

赤夜燈

3月×日 聴取記録


 わたしが彼女に出会ったのは、中学を転校したときのことでした。

 廊下を曲がったときに彼女とぶつかりそうになって、わたしは転んでしまったのです。


「えへへ、大丈夫?」


 そう笑って、彼女はわたしに手を差し伸べてくれました。

 わたしに向けられた微笑みの、綺麗なことといったら!

 それまでぶつかって謝られたことも、微笑みかけられたことも、ましてや手を差し伸べてもらえることなんて、一度もなかったのに。

 廊下でぶつかれば汚いと叫ばれ、目が合うとみんな顔をしかめて、伸びるとしたら拳か足しかなかったのに。

 そんなわたしに、彼女は微笑んでくれたのです。

 信仰する理由なんて、それだけで十分でしょう?


 彼女と、ときどき話をするようになりました。

 わたしのような人間が話しかけても、彼女は応じてくれました。

 ――彼女がアイドルになると知ったのは、しばらくしてからです。


「友達と一緒に受けたんだけど、オーディションに受かったの。頑張るね、えへへ」


 微笑む彼女にわたしはすっかり興奮してしまって、おめでとうと言いました。絶対応援するねと。

 彼女は華々しくデビューを飾りました。

 わたしときたら、彼女の出る番組は欠かさずチェックして、ライブに行き、うちわを造り、と彼女の虜になっていました。

 だって、彼女は美しかったのです。

 とてもとても、美しかったのです。

 彼女が学校に来ることはほとんどなくなりました。

 けれど、テレビをつければ彼女に会えました。

 液晶画面にかじりつき、彼女のアンチがいればインターネットでレスバをし、毎日は過ぎていきました。

 学校? 仕事? そんなことをする暇なんてありません。

 彼女は、わたしの人生そのものでした。

 彼女が売れていく度に、わたしも遠くへ行ける気がしました。

 それが間違いだと知ったのは、彼女が結婚して引退を決めたときでした。

 頭が殴られたような衝撃でした。

 わたしは、彼女の新居に乗り込みました。

 彼女は悲鳴をあげて、こう言いました。


「誰!?」


 わたしだよ、と言いました。きっと思い出せないだけだろうと。

 しかし、彼女は叫びました。


「あなたなんか知らない! 誰!? 出ていって! 警察を呼ぶから!」


 そのとき、彼女の家にあったぴかぴかの姿見にわたしの姿が映りました。

 ぶくぶくと醜く肥った、引きこもりの女がいました。

 わたしは遠くになんて行けていなかったのです。

 遠くへ足を伸ばしていたのも彼女。

 美しかったのも彼女。

 わたしの、憧れだった彼女。人生だった彼女。

 じゃあ、わたしには?

 ――なにもない。


 ――ああ、わたしは。

 彼女に、なりたかったのです。


 ……あとは、事件のとおりです。

 彼女のお肉はとても美味しかった。

 お腹の赤ちゃんも、残さず食べました。

 後悔? 反省? いいえ、ひとつもしていませんよ。

 わたしは、彼女を手に入れた。ひとつになった。

 きっとわたし、来世は彼女のように美しくなれます。だから、死ぬのがとても楽しみ。


 ――え? 彼女の名前?

 ……そういえば、なんだったかしら。忘れてしまいました。

 えへへ。

 

 了

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