焼肉と先輩

かたなかひろしげ

レバーと先輩

今日は散々な一日だった。

そして、その散々な一日を象徴するかの如く、俺はひたすら網の上に供給され続ける、少し焼きすぎたレバーを食べ続けている。


日中の仕事で失敗し、もう定時はとっくに回ったデスクの上、ぐったりした頭を抱えていると、先輩に無理矢理、呑みに誘われた。


「お。今日は珍しく残業か? 久々に俺のあがる時間とタイミングが合ったな。よし、今日は飲みに行こうぜ。」


先輩は3年上で、俺が入社した時に仕事のイロハを叩き込んでくれた人だ。

とはいえ、この先輩。俺が今の職場で1年ほど働いて気がついたのだが、職場では、かなり「いい加減」な人として認知されている。


例えば。お客様への連絡を忘れてしまったり、商品の手配を忘れていたり。


───つまりまあ、そこそこ抜けている、


しかしながら、本人がそれを気に病んでいないのは、その後のフォローが完璧で、仕事の結果としては軟着陸できていることにもよるのだと思う。最初から手を抜かなければいいものを、最初は手を抜いているようにすら見える。


要は少し調子が良いのだ。ほら、今だって自分でホルモン盛り合わせを頼んでおきながら、自分が苦手なレバーだけ、そっと俺の方の網に寄せている。


「先輩絶対、またレバーだけ私に食べさせようとしてますよね。」


『いや、さ、それは誤解だよ、誤解。

 硬い部位は俺が食べて、やわらか~いレバーだけ、若い君に食べてもらおうという、俺のあたたかーい心遣いってものを、感じて欲しいなー。』


なんだかものすごく誤魔化そうとしている。口の中の水分を吸収し尽くさんとする勢いで、もそもそとするレバーをビールで流し込むと、すかさず俺は言い返す。


「いや、俺だって先輩のことはちょっとは尊敬しているんですよ、あこがれ、って言うと言い過ぎかもしんないすけど。

先輩って、なんだかんだ仕事はできるじゃないっすか。

でもそういう・・いっちゃ悪いですけどセコいとこは、どうかと思って。」


『ははあ、こないだ俺が部材発注忘れてた件のこと言ってんのか。あれは我ながら焦ったわー、必死に電話かけまくって半日でモノ揃えて生産部に回したんだけど、ほんと、俺って仕事出来るマンだね。』


俺の視界には、網の上で焼きすぎて少し白くなったレバーが、白い煙を立ち上らせて、自己主張を始めている。


「たしかにあの時の先輩は、いや、あの時だけは先輩かっこよかったです。

でも、俺が言いたいのはこの少し焼きすぎて、既にカピカピになりかけている、このレバーについてっす。

俺、今日レバー食べたの12切れっすよ。12! カルビ喰ってる暇ないんですよ。先輩がシマチョウだけ食べたいのはわかるんすけど、レバーを自分に押し付けられるのはもう今日は限界っす。カルビですよ、俺が喰いたいのはカ・ル・ビ!!

せっかく今日はキングコースにしてたんすから、カルビ喰いたいっす。この匠カルビとかいうなんだか、土建屋みたいなネーミングしたやつが旨いんすよ、この店。」


きっと先輩から誘われたから今日はおごりだと思うが、カルビをまだ全然食べれていない。ホルモンじゃなく、肉が食べたいんだ、肉が。


『いや、だからそれが失敗だぞ、後輩くん。いいかい、つまり今、君はカルビに憧れを持っているわけだ。

でも序盤に油たっぷりのカルビなんて食べてしまった日には、もうその後の肉は大量に食べられなくなるのは目に見えているだろ。

だから、最初は油少なめの割には栄養たっぷりなレバーを食べて、胃袋を広げてから、しかる後にカルビを食べる、これが焼肉食べ放題の上級者の振る舞いだ。


だからいいか、あこがれなんてのはあこがれてる側の妄想に過ぎないんだよ。実際には俺だって失敗はするし、失敗したと思えば必死になる。ただそれだけだ。』


先輩は網の自分の前に確保したシマチョウを、念入りに焼きながらまくし立てた。


『例えばシマチョウ食べたくて後輩を焼肉に誘ったはいいけど、その店がシマチョウ単品だけで注文できるメニューがなくて、ホルモンミックスしか頼めないとするだろ?

俺はそこで出来ることを考えるんだ。ミックス頼んでおいて、シマチョウだけ食べると、レバーが残っちまう。それだと勿体無い。

必死になって考えた結論が、「美味しく食べられる他の人に食べて貰えばいい」なわけだよ、わかるか?

俺からすればこれが「仕事が出来る」の正体だ。仕事は一人でやってるわけじゃねえ。チームで働いているんだから、適材適所、俺がシマチョウ食べて、お前がレバーを食べる。これでバッチリってわけだ。仕事と変わらねえよ。』


先輩がしきりに焼き上げまで工数をかけたシマチョウは、しっかり食べ頃の様だ。気持ちよさそうに、網から取り上げて、シマチョウを口に放りこみ、ものすごく満足そうだ。


「パサパサになるまでこんがり焼かれたレバーばかり食べて、口の中の水分とられてパサパサになった俺の気持ちはどこにあるんすか、それ。もうパッサパサですよ、俺の喉。」


『うん。そこでアフターケアだよ。ほい、生ビール、うん。これでいい。折角飲み放題付けたんだから、酒も進むし、すべてが丸く収まってるじゃねえか。』


「うーん、なんか丸め込まれてる気がしてならないんすけど、まあ今夜は先輩のおごりだし、まあいいですかね。」


先輩は俺の目をじっと見てそれを聞き流し、にやにやした口元で懲りずにシマチョウをつついている。



───でも、直接は恥ずかしくて言わないですけど、俺があこがれてるのは、そういうとこじゃなくて。


俺が仕事で失敗したのを聞いて、元気付けようとして焼肉につれてきてくれる、そういうとこなんすけどね。


ああ、でもレバーばっかり喰うのはちょっと飽きてきた。匠カルビ、追加いれとこ。

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焼肉と先輩 かたなかひろしげ @yabuisya

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