第29話

しばらくすると、たまにチラチラと私のほうを見ていた彼は色鉛筆をしまい、スケッチブックを"バタン"と閉じた。


「あっ、ごめん。あたし邪魔かな?」


 人が絵を描いているのに、何も考えずに近くをウロウロとしていた私はふと我に返って彼に尋ねた。


 しかし、彼は俯き加減で黙ったまま、スケッチブックと色鉛筆の入ったケースを脇に抱え、黙って歩き出した。




その様子をぼんやりと見つめて立ち尽くす私。彼はそのまま、この先にあった道の奥のほうへと歩いていく。


彼は私の前から、

振り返る事もなく、

手を振る事もなく、

黙って去っていった。







---- 第1章 完 ----

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イタリア坂と夏の恋 高塚 由宇 @y_takatuka

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