『心喰い』
橘紫綺
《心喰い》
足りねえ。足りねえ。足りねえ。足りねえ!
腹が減って腹が減って耐えられねえ。満たされねえ。
それなのに、目の前を行き交う人間どもはどうだ。
どいつもこいつも満たされてやがる。
嬉し楽しいと弾んだ心。
どうしよう困ったと焦る心。
ああ、気に入らねえ気に入らねえと苛立つ心。
がらんどうの腹の中。
満ちることのねえ、この内に、一体どれを納めてやろうか。
右に左に流れる餌ども眺め。
片っ端から喰らってやろうかと思いが過る。
だが、そんなことには意味はねえ。
何故かって?
そんなこたァ決まってんだろ。
てめえも《心喰い》なら覚えておけ。
上辺だけのうっすい《心》を喰らったところで腹なんざこれっぽっちも満たされねえことを。
人間って奴ァ、ころころ、ころころ心が変わる生き物だ。
だからな、移ろいやすい心をいくら喰らったところで、腹なんざ満たされるこたァねえんだよ。
だったらどうするかって?
決まってんだろ。育てるんだよ。
ああ。育てる。
てめえはどんな味が好きだ?
あるだろ? 好きな味。
喜んでる心を喰らえば酸味がある。
楽しんでる心を喰らえば甘味がある。
怒りに満たされた心は辛味がある。
悲しんでる心はしょっぱいし、恨み辛みにとらわれてる心ァ苦みがある。
だから、自分の好きな味を育てるんだよ。
あ? 方法が解らねえだ?
てめえ、本当に《心喰い》か?
まあ、生まれたてなら仕方がねえ。
気が付きゃァオレらは存在しちまってるからな。
一体何の罰かァ知らねえが、とにもかくにも満たされて無くて腹が減る。
それに比べりゃ人間どもは、どいつもこいつも満たされてやがる。
羨ましい、羨ましい。実に羨ましい。羨ましいじゃねえか!
だから喰らってやるのよ。こちとらずっと空腹なんだ。
喰らったところで、どうせすぐに満たされるのが人間さ。
本当に羨ましいことじゃねえか。
こちとら腹が減りすぎて、腹を満たすことしか考えられねえってのに、あいつらころころ、ころころ心が動く。
羨ましい羨ましい。
まぶしいぐらいに羨ましい。
だからよ。
成り代わってやるんだよ。
ああ、そうさ。成り代わってやるんだよ。
成り代わって居る内は、この状態より幾分空腹感もマシになるからな。
例えばそうだなぁ。
おお、あの小娘なんざ良いだろう。
よく見ろ、あの小娘の弾んだ心を。
キラキラ、キラキラ輝きまくってるだろ?
だから、何がそんなに嬉しくて楽しいのか探るのさ。
ああ。探る。
あ? 今でも十分強い心なのに、何故喰らわないかだって?
まあ、確かに他を圧倒するぐれえの強い心だろうが、こちとら甘辛い味が好きなんだよ。
だから、あのぐれえ強い甘味を宿した心をボッキリ折って怒りに染まらせるのよ。
そうすりゃあお前、最高に美味い心になるんだよ。
それに、空腹は究極の調味料って言葉があるんだ。
我慢に我慢を重ねて喰らった先に、最高の味があると思えば空腹も耐えられるってもんだ。
だからな、あの小娘の心の源を探るんだ。
大抵あのぐれぇの小娘は、好いた男と逢うだの、好きな小物が手に入るだの、その程度のことでもあれだけ心が満たされる。
だからな、こっちは先回りして、相手の人間の心を喰らって入り込むのよ。
ああ、そうさ。心を喰われた人間は、オレたちのようにがらんどうになる。
だからオレたちはその中に入り込む。
するとどうだ。入り込んだ人間の体は自由自在さ。
その上で、小娘をもてあそぶ。持ち上げるだけ持ち上げて、楽しませるだけ楽しませ、熟んで弾け飛びかける寸前まで心を育てたら、真っ逆さまに絶望させる。
すると大抵、人間どもは絶望するか怒り出す。
その落差が心の味を引き締めるんだ。
ああ、想像するだけで涎が出てくる。
そうだ。そうしよう。あの小娘だ。あの小娘の心を喰らう!
――あ? 何だってそこまでこだわるかだって?
そんなもの、《心喰い》だからだろうが。空腹を満たすために喰らうだけだろうが。
――あ? 本当は満たされている人間が羨ましくて憧れてるだけじゃないのかだって?
だったら何だってんだ? 空腹感から解放されてェってことがそんなに悪いことか? 満たされていてえって思うことがそんなに悪いことか?
まあ、悪いことだったとしても、オレには一切関係ねえな。
人間どもだって、釣った魚の都合なんざ一切考えたりしねえだろ。
それと同じさ。
腹の満たされた人間になれるなら是非とも方法を知りてェもんだ。
おっと、小娘が行っちまう。
だから最後の忠告だ。
てめえ、甘っちょろいこと考えてると同族どもに喰われるぞ。
それが嫌ならせいぜいたらふく心を喰らって力を付けろ。
いいか? 満たされてる人間どもだが、あいつら贅沢だからな。満たされてることも知らずにあっさり体を開け放とうとする輩もいる。強すぎる心の持ち主に下手に近づけば逆にやられることもある。
だから、人の体を得たいなら、自ら体を開け放とうとする奴に目を付けろ。
大体そう言う連中は、心に振り回されて周りの声に耳を傾けねえ。そして勝手に自滅するからよ。
精々根気よく粘って美味い心にありつけよ。
上手くいけば人間に成り代わって好きなだけ心を食らえることになるかも知れねえからな。
隙間に入り込めばこっちの物よ。
じゃあな。こっからはオレの狩りの時間だから邪魔するなよ。
「おわり」
『心喰い』 橘紫綺 @tatibana
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
同じコレクションの次の小説
関連小説
ネクスト掲載小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます