異世界落語「粗忽の転移結晶」
三坂鳴
うっかり者の大騒動
さてさて、皆さまご機嫌いかがでございましょうか。
本日は一つ、異世界を舞台にした落語めいたお噺をばご披露いたします。
題して「粗忽の転移結晶」でございましてね。
いやまあ、タイトル聞いただけで「ああ、粗忽(そこつ)かい」と思われる方もいらっしゃるかもしれませんが、そもそもこの“粗忽”ってのは、うっかりミスやら勘違いをしでかすことでして。
ちょっと考えりゃすぐわかることを取り違えて、周りを振り回す人のことを言うんでございますな。
ま、要するにそそっかしいやつと。
実に愉快なんだか、はた迷惑なんだかよくわからないのが、この粗忽者の特徴でございます。
さて、その粗忽者が主人公。
アランという若い男なんですが、これがまあそそっかしいにも程がある、なんて評判が広まっておりまして。
場所はと申しますと、剣と魔法の異世界、城下町の一角でございます。
昼下がりの通りを人間やらエルフやらリザードマンやらがわさわさ行き交う中、やけにきょろきょろと落ち着かない恰好の男が一人。
「んー、ここにあったはずの王立魔導具屋さんが見当たりませんね。いやいや、ついさっきまで大きい看板見えてたのに、どうもこうも……あれっ、また消えた? あ、いや、あそこにあるけど扉が見えないのはなぜなんだろう」
こんな調子で、ほんの数歩歩いただけで店の場所を見失う。
そこへ声をかけたのが、ターバン巻いたご老人でございます。
「兄さん、魔導具屋をお探しかい? この辺は路地裏が複雑だからね。転移結晶やらなんやら、不思議な品が多いって噂だが、見つけにくいったらないもんだ」
「そうなんですよ。友人に頼まれた転移結晶を受け取りに来たんですけど、肝心の店がどこいったやら……あ、あそこに看板が! ああ、ありました!」
アランはようやく王立魔導具屋の看板を見つけて扉を叩く。
すると中から店主が顔を出し、「お待ちしておりました、アランさんですね」と妙に上品に出迎えてくれる。
「はい、アランです。実は王立魔術学院からの紹介状を預かってまして。ここの転移結晶がとびきり優秀だと聞いてね。友人のヴィクターがぜひって」
「なるほど、用意してありますよ。これ、どうぞ。あんまり乱雑に扱うと変なとこ飛んじゃうんで要注意ですよ。宛先をはっきりイメージしないと、思わぬ場所へ行くかもしれませんからね」
店主から渡されたのは小さな箱。
中にはキラキラと輝く結晶が収まっております。
「へえ、これが転移結晶。見た目は綺麗で軽いもんですね。でもまぁ、そのぶん怖いわけだ。なんて言いましても、間違ったイメージで飛んだら、いやもう海の底か溶岩の真上か。まいっちゃうなあ」
そもそも転移結晶とは何か、と申しますと、術式が込められた特殊な宝石でございましてね。
魔力を込めて行きたい場所を頭にしっかり思い浮かべると、その姿を頼りに本人ごとひとっ飛びするという代物で。
実に便利な反面、誤作動を起こせば危険きわまりない。
何しろ狙いを外しちまえば、“壁の中”なんて洒落にならない場所に出ることだってあるぐらいなんです。
なんて呑気に言いながら、アランは店を出ていく。
ここまでは何事もなく済んでおりますが、そこからが粗忽者の腕の見せどころでございまして。
彼は本来なら大通りをまっすぐ進んで友人のヴィクターのもとへ向かえばいいものを、「こっちが近道っぽいぞ」と言って裏道に入る。
裏道なんざ、普段通り慣れてなきゃ迷うに決まってます。
「おや、やっぱり行き止まりか。でもたしか左に曲がればヴィクターん家の裏手に出るはず……ん? よくわからないぞ。こんなとき転移結晶でひとっ飛びすれば早いけど、やり方が微妙に……ま、ざっくりやってみればなんとかなるだろう」
そそっかしい人間の怖いところは、「ざっくり」でやろうとしてしまう。
詳しい説明を聞いたはずなのにうろ覚えで、しかも思い浮かべる場所がいい加減。
アランはなぜかさっき訪れた魔導具屋のほうを先にイメージしちまいましてね。
「まあヴィクターの家も似たような玄関だっけな……あれ、結晶が光って――わあっ!」
次の瞬間、ぴかーっと輝いてアランの姿が裏通りから消えちまった。
よくある話でございます。
で、どこに着いたかというと、まったく知らん場所。
しかも今度はどこか地下らしい広い空洞。
「なんだここ。真っ暗だし、天井がやたら高いし……って、天井じゃないのか? 変な水音も聞こえるし……おおっ、なんだあれは!」
足元に目をやれば、這い回る白い虫の群れ。
ぬるりとした泥のような床を踏みしめると、奥の方から低い唸り声が聞こえてくる。
恐る恐る目を凝らすと、巨大な獣がゆっくりと立ち上がったではありませんか。
全身を甲殻のような鱗で覆い、爪は人の頭ほどもある長さ。
目は血走っていて、こちらを狙い定めたかのように唸りを上げる。
「ひゃ、ひゃあっ……で、でかい、何なんだこいつ!」
獣は一気に地を蹴り、アランめがけて突進してくる。
足音だけで地面が揺れるほどの勢いだ。
あまりの迫力にアランは尻餅をついてしまい、心臓が張り裂けるかと思うほどの恐怖を覚える。
「うわああ! た、助けて……やばいぞ、本当に食われるかもしれん!」
慌てふためきながら転移結晶を取り出すと、手が震えてうまく魔力を集中できない。
それでも何とか「ヴィクターの家、ヴィクターの家……!」と念じたつもりが、頭の中には獣の唸り声や巨大な爪ばかり浮かんでしまう。
次の瞬間、結晶が眩い光を放ち――
「うわっ、飛ぶぞ、わあああ!」
ばしゅーっと光の中に吸い込まれると、今度は荒れ果てた集落にドーンと着地する。
いやはや、二度目の粗忽転移でございますが、今度はさらに不気味な場所。
「なんだここ……城下町と雰囲気がまるで違う。こりゃ廃墟? いや待てよ、あの湖は毒々しい色だし、あっちの木は真っ赤に変色してる。しかも何かごそごそ動いてるような。うわあ、普通の魔物どころじゃなさそうだ」
遠くではひしゃげた建物が今にも崩れ落ちそうな音を立て、焦げたような匂いが鼻をつく。
湖のほとりには何匹もの黒い鳥が集まり、まるで死肉をついばむかのように獰猛な声で鳴き交わしている。
時折、風に乗って届くかすかな悲鳴のような響きは、人のものなのか、獣のものなのか判別がつかない。
「ここは……まさか、もう死んだ世界とかじゃないだろうな。おれ、このままじゃ本当にやばいぞ」
地面を見れば赤黒い液体が染み出し、そこを小さな生き物が滑るように移動している。
その生き物が何かを捕まえたのか、きしむような鳴き声とともに液体がさらに広がる。
アランは青ざめ、思わず一歩後ずさる。
「うわあ……本気で怖い。もう勘弁してくれ。誰かいませんかー!」
そう呟いていると、小屋から腰の曲がった老婆が出てくる。
死人のように青白い顔で、ゆらゆらと杖を突きながら近づいてくる様は、どうにもおどろおどろしい。
「おやまあ、珍しいねえ。よその国から来たのかい。ここは死の国と呼ばれててね、まあ死人が暮らしてるわけじゃないけど、誰も観光に来やしない寂しいとこだよ。なんせ普通に来る道もないからね」
「し、死の国? こんなとこに飛んじまったんですか。すみません、おばあさん。ぼく、転移結晶の使い方を失敗しまして、ここから出るにはどうしたら……」
「ほう……転移結晶とな。ふふ、いいものを持ってるねえ。ちょいとこっちへおいで。家の裏にガラクタ置き場があるんだよ。そこで落ち着いて使えば、ちゃんと飛べるんじゃないかい」
老婆に導かれて薄暗い小屋に入ると、箒だの壊れた槍だの謎の薬壺の欠片だのが散乱している。
アランはとにかく外の異様な風景よりはマシかと胸を撫で下ろしかけるが、老婆の瞳に怪しげな光が宿っているのを見て、嫌な予感がする。
「うふふ。若いの、命が惜しかろう?
あたしゃこの死の国で、迷い込んだ者から寿命をいただくのさ。
まさかこんなにいい獲物が来るとはねえ」
「え、な、何言ってるんですか……まさかおれの命を……うわっ!」
老婆は杖を高く振り上げ、見る間にその先から黒い霧のようなものがアランに向かって襲いかかる。
アランは必死で転移結晶を握りしめるが、頭の中では「やめろ!」という悲鳴しか浮かばない。
「ひいいい、こんなとこで死にたくない!
ヴィクターん家!
ヴィクターん家ってば!」
老婆が薄笑いを浮かべる間際、結晶がまたもや眩い光を放つ。
アランは何とか老婆の魔の手から逃れる形で、光に包まれて消えていく。
結果どうなったかというと、今度は王立魔術学院の実験棟にドカンと到着しちゃった。
そこには髪を逆立てた研究員が大慌てで迎えてくれる。
「ぎょえっ、なんだ君は! いきなり転移してくるとは何事だ」
「す、すみません!
道に迷って結晶で飛んだら、ここに着いちゃいました。
あれ、これヴィクターの家でもないし、死の国でもないし、今度は何処?」
「ここは王立魔術学院の研究棟だ。
まったく、勝手に転がり込んでくるなんざ初めてだぞ。
名前は」
「アランといいます。
あ、ヴィクターが友人なんです。
彼に頼まれて転移結晶を取りに行ったはいいんだけど、あっちこっちへ飛んで、今じゃ命まで狙われそうになって……」
周りを見渡すと薬瓶やら怪しげな魔法陣やらがずらり。
そんな中で一際目立つ男性が「おいおい、アラン?」と声をかける。
ああ、こいつがまさにヴィクターでございまして。
「お前、何してんだよ。転移結晶は無事に受け取ってきたんじゃないのか?」
「そうなんだけどね、あまりにあちこち飛ばされて、気付いたらここに……
いやもう、粗忽ってのは怖いね。
で、ほら、転移結晶は……あれ? ない」
ここでアラン、己の胸元やら腰回りやら、ごそごそ探すが何も出てこない。
ヴィクターが「まさか失くしたのか!」と青くなる。
すると研究員の一人が割れた結晶の欠片を見つけて持ってくる。
「これですかね?
実験台の下に落ちてまして、踏まれたのか粉々ですよ」
「うわ……おれ、着地した拍子にやっちまったんだな。
ごめんよ、ヴィクター。
あんな高価な魔導具……」
ヴィクターは頭を抱えるわ。
ほかの研究員たちは口を押さえて笑うわ。
そりゃあもう大騒ぎ。
まるで“粗忽の釘”の話で、釘を壁に打とうとしてとんでもないところに打っちゃうようなもんです。
いい道具を手に入れたはずが、どこ飛ぶやら、結果は粉々ときた。
「いや、ほんとに『粗忽の転移結晶』ってわけだな。まったく」
ヴィクターはそう呆れつつ、アランに言うんです。
「仕方ない。
また学院が別の結晶を手配するしかないけど、次はあんたに預けないぞ。
あんまりヒヤヒヤするのは勘弁だからな」
「ごめんごめん。
いやでも、生きて帰ってきたからよかったじゃないか。
あれが海底だったらさすがにこうしてお喋りできてませんよ」
「まあ、そこは確かに。お前の変な運の強さは認めるけどな」
そこへ研究員が口を挟む。
「死の国に飛んだ話なんて、下手したら貴重な研究材料になりそうだ」なんて言って、ひとしきり盛り上がっているから、アランは調子に乗ってペラペラ喋る。
「ですよね?
いやあ、おれの粗忽が原因で新たな世界の扉が開けるかもしれない。
魔術の新発見に繋がる可能性がありますよ?
ほら、ひょんなミスから偉大な発明が生まれるって言うじゃないですか」
「何を威張ってんだか。まったくもう」
ヴィクターは笑って首を振る。
アランは「いやあ、助かった助かった」とほっと胸を撫で下ろし、粉々になった結晶の欠片を眺めながら苦笑い。
「結局、飛んじゃった挙句に壊しちゃうんだから、そそっかしいにもほどがある。それこそ落語の粗忽の釘そのままじゃないか」
なんて言葉が飛び交う中、ようやっとひと段落ついたアランは、「じゃあおれ、帰る道がわからないんだけど、どう行ったらいい?」なんてまたもや妙なことを言い出す。
「おいおい、学院の出口ぐらいまっすぐ行けばわかるだろ。
ここを出て左に行けば正門だ」
「ありがとう!今度は間違えないように歩いていくよ」
こうしてアランは廊下を駆け出していく。
研究員たちは笑みを浮かべながら見送るほかない。
ヴィクターはため息まじりに肩をすくめて、「あいつだからしょうがないな」と、どこかあきらめ顔で苦笑する。
なにしろ粗忽というのは、頭ではわかっていても次の瞬間にまたやらかすもの。
これにて騒動は一応の幕引きですが、この先もアランはきっと、またうっかりをやらかすんでしょう。
転移結晶は砕け散ったけど、当人はのほほんと「生きて帰れりゃ万々歳」なんて言っておりましてね。
まあそれも一つの生き方かもしれません。
さて、本日のお噺はこれまで。
何が起こるかわからない異世界で、粗忽者があちこち飛び回った末に、肝心の道具を壊して落着というオチ。
まさしく「粗忽の転移結晶」でございました。
あ、くれぐれも皆さまは転移魔法を使うときには細心の注意を。
間違えて海底やら火山の真上なんてところに飛んだら、洒落になりませんから。
それではこのへんでおしまい。
おあとがよろしいようで。
異世界落語「粗忽の転移結晶」 三坂鳴 @strapyoung
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