KAC20252 あこがれ

霧野

五人囃子はアイドルになりたい



「……皆のもの。笑ってはおらぬか?」


 和室に設えられた伝統的な七段飾りには、なんともいえない空気が張り詰めている。


「立傘。其方、笑っておるな」


 誰かが、堪えきれず「ぐふっ」と声を漏らした。おそらく五人囃子の一人だ。


「姫さま、私は元々この顔なのです。生まれつきです」


 笑顔を浮かべて立傘を持った仕丁の声が震える。完全に笑いを堪えている。


「ふん、好きなだけ笑うがよい。その代わり、動けるようになったら覚えておけ」

「そんな、殺生な……」



 チャッ、チャッ、チャッ、チャッ……と足音が近づき、その主が姿を現した。


「こんばんわーん」


 この家の飼い犬、トイプードルのジルベールである。


「なおちゃん寝ちゃったから遊びにきたよ」

「おお、ジルベエル殿。ようこそ」

「昨日はどうも」

「こちらこそ…って何それー! あははははは!!」


 ジルベールはひっくり返って笑った。足をばたつかせ、尻尾をちぎれるほど振りながら。


 ついに張り詰めていた空気が決壊。堪えきれずに皆が笑い出す。と言っても流石に大笑いはできず、くぐもった声でくつくつと。

 笑っていないのは、花嫁のベールを被り、サイズの小さなウエディングドレスを無理やり着させられているお姫さまだけである。


「……西洋の花嫁衣装じゃ。なおちゃんが、杖を見つけたお礼にと着せてくれた」


 表情は変わらないが、声と放つ雰囲気だけで憮然としているのがわかる。


 この期間、なおちゃんは一人ではこの部屋に入れてもらえない。百年受け継がれた雛飾りは貴重品で、勝手に触ることを禁じられているからだ。

 だが今日は、職場で胃腸風邪をもらってきた母親が別室に隔離状態で寝込んでいる。幼稚園から帰ったなおちゃんは父に人形をねだり、娘に甘い父親が人形を与えた結果がこの有様。

 ちなみにジルベールもこの部屋には入れないので、柵の向こうの廊下で笑い転げている。


「子供心に、素直な感謝の表れでございましょう。なおちゃんは幼稚園で、雛人形は結婚式の様子を模したものだと教わったそうですから」

「いつの時代も、花嫁衣装は女の子の憧れでございますものねえ……ふふっ」

「そうですとも。私も白無垢に憧れておりました。なのに既婚者なのは設定だけで、肝心の白無垢は着られずお歯黒だけなんて……」

「まあまあ、おサンどの。そのお衣装も似合っておいでですぞ」


「うん。姫さまの変な服よりはずっといいよ」

 せっかく官女や左大臣が執り成した空気を、ジルベールがぶち壊す。


「ふむ。あこがれ、か……では、夜中になったらこれを貸してしんぜよう」

「あ、それは大丈夫です」

「おサンどの!」


「ほっほっほ、それはならぬぞ」

 お殿さまの雅やかな笑い声が空気を救った。


「花嫁衣装を纏ってよいのは、姫だけだからな」


「…!」

「「「キャー♡」」」

(…キュン♡)



(ちょっと待て、今のは何だ? この甘やかな胸の痛みと高鳴り……これは一体)


 右大臣の困惑をよそに、闇を色を増し、夜がだんだんと更けていく。


 家のものたちが寝静まった真夜中からが、彼らの本当の宴の時間。

 母親が寝込んでしまったため、ひな祭りが終わっても片付けられなかった雛人形たち。今宵、宴の延長戦である。




 🎎




「さて。今日は何をいたそうかのう」

「昨日で終わりと思っておりましたからねえ」


 一ヶ月近く飾られていた彼らは、思いつく大抵のことは愉しみ尽くしていた。

 台座の脇に置かれた白いブーケにそろそろと手を伸ばしていた女官の手を、姫の桧扇がピシャリと叩く。


「だめです」


「そうよ。ダメよ、ヒサちゃん」

「それは姫さま専用よ」

「すみません、ちょっと着けてみたくなっちゃって…」


 姫はいそいそとベールを取り上げ、ドレスと共に屏風の裏へ隠してしまった。そんな姫を眺めながら、殿はニコニコしている。



「との!」


 可愛らしい声を上げたのは、五人囃子の謡。緊張と期待を漲らせキラキラと輝く瞳

が微笑ましい。


「おそれながら。我ら五人衆、やってみたいことがござります」

「ふむ。申してみよ」

にございます」

「あいどる、とな」


 顔を見合わせている大人たちに、「やれやれ、なんにも知らないんだからなぁ」とでも言いたげな生意気顔である。


「アイドルとは、歌って踊るのでございます」

「激しく動き回って、時々止まりマス」

「飛んだり跳ねたりも致しますね」

「お揃いの素敵な服を着ています」

「最後には、かっこいいポーズを決めるのです」


 少年らしい性急さで前のめりになりながら、彼らなりのアイドル像を口々に申し述べる。


「何やらようわからぬが、どれ、やってみなさい」





🕺🏻🕺🏻🕺🏻🕺🏻🕺🏻




「う〜ん。悪くない。悪くはないんだけど」


 畳んだ桧扇でトントンと膝を叩きながら、姫は思案している。


「全体的に発声が弱いわ。謡は声は出てるんだけど、歌唱法が現代の歌に合っていない。それから振り付け。まだまだ改善の余地があるわね」


 歌い終わった五人はしょんぼりと下を向いてしまう。普段この家の母親が洗濯物を畳む間にタブレットで視聴しているアイドル動画を覗き見ては、夜間密かに練習を重ねてきたのだ。最年少の小鼓などは既に涙目である。


「大丈夫。少し練習すればぐっと良くなるわ。あなた達はいつも素晴らしい音楽を奏でるんだもの」


 ダンスで乱れたおかっぱ頭を整えてやりながら、姫は五人を励ました。


「そうだわ、舞がお得意な殿なら教えられるのでは?」

「ふむ、よかろう」


 お殿さまが笏を置き、するりと立ち上がる。


「まずは拍子の取り方であるな。曲をよく聞いて、こう…それでは少し早いのじゃ。ギリギリの後ノリで…いや、もっと溜めて……そう、なかなか良いぞ。重心移動に気をつけて、関節を大きくなめらかに動かす。そこで首をこう、クイッと…」




「ふう、やれやれ。疲れたわい」


 すかさず三人官女がかしづいて、盃を手渡す。


「との、僕たちの踊り、良くなりましたか?」

「ああ、かなり良かった」

「では、キューブをください」

「きゅーぶ、とな?」


 また五人が一斉に喋り出す。リビングから漏れ聞こえるテレビの音声や覗き見た動画の情報から推察するに、どうやら一定の成果を上げたものに与えられる物らしい。


「要するに、褒美ということか。なれば」


 脇に刺した刀に手をやるが、「殿、さすがにそれは」と皆に止められた。

 結局、米のポン菓子より大粒で特別感があるということで、ひなあられの中の豆菓子が褒美と決まった。五人の少年たちは「なんか違う気がする」と思ったが、砂糖をまとった豆菓子は嬉しいので承服したものである。


「さて、踊りの次は歌であるが……余は歌は不得手なのじゃ。右大臣、その方良き聲をしておる故、子供らに教えてやってはくれぬか」


 直々に指名された右大臣、わずかに頬を赤らめ「仰せの通りに」と言葉少なに答えたが、内心では非常にときめいていた。


(殿に声を褒められた。嬉しい……やばい、なんかめっちゃ嬉しい……俺、頑張る)


 それを見逃す官女ではない。三人とも物は言わぬが目配せしあって口元をムズムズさせている。

 三人官女の邪な視線に気付かぬまま、普段通りのクールさを装った右大臣はボイストレーニングを開始した。




🕺🏻🕺🏻🕺🏻🕺🏻🕺🏻




 十人の観客の前で披露されたパフォーマンスは、短いレッスンで格段に向上していた。皆手を叩いて称賛し、少年たちの表情にも達成感が見える。


「見違えたぞ。見事であった」


 色とりどりの豆菓子を手ずから与えながら、お殿さまは一人一人を褒めてやる。


「ではとの、デビューライブはどこですか?」


 ん? と大人達の頭に再びはてなマークが浮かぶ。


「なんと。これで終いではないのか。よくやったと思うが」


「僕たち、もっと大勢の人に見てもらいたいのです」

「グループ名も決めなきゃ」

「アイドルとしての名前も欲しいです」

「アイドルはたくさんの人を笑顔にしマス」

「いっそツアーに出ては?」


 若さ弾ける少年たちの意気込みは、とどまるところを知らない。胸いっぱいの夢と希望、高みを目指さずにいられぬ衝動は、大人達の目に眩しく、また微笑ましく映る。


「殿、子らもこう申しております。今度こそ最後の夜かもしれませんし、望みを叶えてやりませぬか?」

「ふむ、よかろう。ではマメコどのと汁婆庭の家へ行ってみるか」




🕺🏻🕺🏻🕺🏻🕺🏻🕺🏻



 昨夜と違い、今日は急ぐ旅ではないからお駕籠や御所車は置いてきた。一行は夜桜など楽しみながら、ゆるゆると進む。月明かりの下、15体の人形達が一列になって住宅街を歩いていく様は、なかなかにホラーじみている。人に見られれば新たな都市伝説の誕生は間違いない。が、当人達は呑気なものだった。特に宴の延長に喜んだ左大臣は大量にきこしめし、すっかり出来上がっている。


「グループ名は何としよう」


「そんなもの、『おかっぱーず』でよろしかろう。ほれ、みな元服前のおかっぱあたまじゃ」

 ご機嫌な左大臣、千鳥足で五人の少年たちに絡み始める。


「いやです。もっと美しい名前がいい」

「左大臣お酒くさい」

「うざい」


 酒臭いジジイの軽口が嫌われるのは古今東西変わらぬもの。普段は礼儀正しい少年たちも、この時ばかりはけんもほろろである。


「では、ひょっとこファイブじゃ。こう、ひょっとこ踊りでな」


「そんな変な踊り、しません」

「も゛うっ! ふ ざ け な い で!!」


 怒った最年少の小鼓が「うわーん」と泣き出したところで、右大臣が左大臣を羽交締めにして最後尾へ引っ張っていった。

 左大臣を仕丁たちに任せ、五人衆のところへ戻ってきた右大臣。泣いている小鼓を抱き上げ、慰めてやる。


「左大臣は後でこってり叱っておくから、もう泣き止みなさい。歌う声が出なくなるぞ。皆も緊張せず、楽しむことが肝要じゃ。楽しい歌は楽しい気持ちで歌うのだ」


 リーダーの太鼓がハッと息を呑み、右大臣を見上げた。頬を桜色に染め、瞳がキラキラと輝いている。


「右大臣どの、私は上手くやることばかりを考え、大事なことを忘れておりました。楽しむことこそ、肝要。その通りにございますね」

「そうだ。最年長のそなたが下の者を引っ張ってやりなさい。そなたなら立派にやれる」

「はい、頑張ります!」


 憧れのこもった熱い視線を右大臣に向ける太鼓を、官女たちが振り返りチラチラ見ていた。


「ちょっと、こっちのルートもあるの?」

「駄目よ。倫理的にアウトよ。未成年よ?」

「でも心の中は自由であるべきじゃなくて?」

「YES! ショタ NO! タッチってやつね?」


姦しい官女たちの囁きが桜の夜に溶けていく。最年少の小鼓も泣き止み、泣いたことを誤魔化すようにピンと背筋を伸ばして歩き始める。やがて汁婆庭の家が見えてきた。


 昨夜と同様、ペットドアを開けて入室。

「マメコどの、今日も邪魔するでおじゃるよ」


 闇の中から金色の相貌が現れ、黒豆のように艶やかな黒猫がにゃあと鳴いた。




 🕺🏻🕺🏻🕺🏻🕺🏻🕺🏻




 桜宵さくらよいBOYZのデビューライブは、この家の娘の寝室で行われた。部屋の主はぐっすり眠っていたが、観客は彼女のコレクションである汁婆庭家族しるばあにわファミリーと、十人の雛人形たち。

 メインヴォーカルは謡、ラップ担当は大皮で他三名がコーラス。だが各々のソロパートもちゃんとあり、見せ場は盛りだくさん。ハーモニーもダンスもバッチリ。最後のポーズを決めれば、大歓声と拍手喝采。初ライブは大いに盛り上がったのだった。



「あんたたち、なかなか良かったわ。やるじゃない」


 彼らと違って動くことのできない汁婆庭たちに代わり、黒猫のマメコが見送りに来てくれた。褒めている割に、ツンとそっぽを向いている。


「でも、猫界のアイドルの座は譲らないわよ。あたしフォロワー3万人いるんだから。ま、せいぜい頑張りなさいよ」


 そう言い捨てると、さっさと猫ベッドへ引き上げていく。


「ほっほっほ、ライバル登場、じゃな」


 殿は鷹揚に笑うと、いまだ高揚感の続く子供達にウインクしてみせる。


「新曲の練習を始めねばならんな。帰ったら早々に取り掛かろう。右大臣、頼んだぞ」

「はっ、仰せの通りに(♡)」




 帰り道、右大臣は先程から感じている謎の胸の痛みについて考えていた。時折、甘やかな痛みを伴う何かに締め付けられるようになる。この感覚は、この気持ちは、一体……


 悩みながら歩いていると、左大臣がつつっと身を寄せてきた。


「それはな、『あこがれ』じゃよ」

「えっ?」

「官女どもが話しておった。BLがどうとか攻め受けがどうとか言っておったが、其方の胸に宿っているのは、殿への『あこがれ』。とりあえず、そういうことにしておきなされ」


 霧が晴れたような気持ちで、右大臣は頷く。


「なるほど、さすがは知恵もの左大臣。おかげさまで随分とすっきり致しました」


 ふふっ、と意味深に笑い、左大臣は空を見上げて呟いた。

「そうでないと色々ややこしくなるからの……」


 すっきりして意気揚々と歩いていく右大臣には、左大臣の呟きが聞こえていない。


「あこがれ、かぁ」


 何やら鼻歌でも歌いたいような心地で、右大臣は先頭を歩くお殿さまのところへと駆け出した。


「殿、今宵も月が美しゅうございます。新曲のテーマはこれがよろしいかと」

「うむ。良きにはからえ」

「右大臣、お下がりなさい。わらわは殿とお花見でえと中じゃ」

「はっ、失礼いたしました」

「ほっほっほ」

「右大臣どのー! こっちへ来て我ら桜宵BOYZと共に歌いましょうぞー!」

「お家まで歌いながら帰りマスー!」



 彼らの家はもうすぐそこ。夜明けが近づいていた。



 🎎




 翌朝、胃腸風邪から回復し起き出した母親が和室へ行き、絶叫した。


「何なの、これはーーーっ!!」


 花嫁のベールとウエディングドレスを無理やり着せられたお姫さまを持った手が、怒りに震えている。


(一応元通りにしてみたんだけど、やっぱり着ない方が良かったかしら。)

(すまぬ、なおちゃん殿……)

(パパ殿めっちゃ怒られそうですわね……)


 おひなさまたちは知らんぷりの澄まし顔。

 昨夜ぐっすり眠って元気っぱいのジルベールが、庭でワンワン吠えた。




おわり

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