ひな人形と五月人形

白夏緑自

第1話

 俺は五月人形のジョー。そう呼ばれている。この家に来てから10数年経っているが、ここの家族は暇になると俺たちのいるリビングへと集まる。

 今も、今年職に就いた姉と大学とやらに入った弟とがソファに並んで座っていた。


「あんたさあ、彼女とかいないの?」

「は? そう言う姉ちゃんこそあの彼氏とはどうなったんだよ。就職したら結婚するって言ってなかったっけ?」

「あ? あいつ? 浮気してたから殺した」

「あー、そう。元気でやってるといいね」

「お前、私の話聞いてたか?」

 

 たぶん聞いていると思うぞ。姉の恋人遍歴が大変なことは俺でも知っている。短くて3カ月。長くても1年半で別れているからな。愚痴を聞かされる弟も慣れたものだろう。いつもの破局と分かって、興味を失くしたに違いない。


「あー、私の結婚が遠のいたのもさ、ひな人形をいつまでも片づけないのが悪いんだよね」

「そりゃあ1年中出しっぱなしにしてるガサツさがダメなんでしょ」

「待って、私が悪いって言うの?」

 悪いだろうな。年中どころじゃない。俺がこの家に来てからずっと、ダイニング側に置かれている俺と向かい合って、窓際の壁には立派な五段構えのひな人形が飾られている。こいつらが片付けらたところを見たことがない。ずっといる。


「でも、子どものころからお母さんたちが片づけてないじゃん。だからいいかなって」

「子どものころ“は”だろ? そうやって母さんたちのせいにするのやめたほうが良いよ。いい大人なんだから」

「ふぎぃい! 弟に諭されているぅうう! お姉ちゃんなのにぃいい!」

 年から年中こんな感じである。ひな人形の奴らも呆れている。仕丁の奴らなんて全員眉根が下がっていやがる。こいつら三人、それぞれ怒り顔、泣き顔、笑い顔を担当していたのに。もはや全員が諦め顔だ。


 落ち込んだふりをしても相手にされないと諦めた姉が拗ねたようにテレビを点ける。

「私もさぁ、こんな風に打算的な恋愛に割り切りたいよ」

「恋愛リアリティショーを打算的なんて言うなよ」

 姉はここ最近、恋愛リアリティショーなる番組をよく視聴する。一か所に集められた男女が恋情を育むといった趣旨だが、俺も弟と同様に面白さがよくわからない。

 だが、女連中にはどこか響くものがあるようで、今も三人官女たちが特に男からのアプローチの仕方に文句を垂れながら夢中になっている。


「こんなので恋愛が分かった気になるのみっともないよ」

「残念でした~、私は経験豊富だから実績と経験を基に話ができます~」

「はいはい。失敗を活かせるようになるといいね」

「どういう意味?」

「反面教師の姉を持って、僕はたいへん勉強になっています」

 実は俺たちも姉の失敗談から学んでいるものは多い。


 もしかすると、男雛と女雛以外は相手の作りようのない憐れな存在だと誰かは言うかもしれないが、実はそんなことはない。

 この兄弟はフィギュアや、最近は“ぬい”や“アクスタ”とやらをよくこのリビングへ飾るので、出会いに困らないのだ。特に男雛と女雛は1年に1人は新しい情人を作っては別れてを繰り返している。

 これからもわかる通り、あの2人の間から愛情は枯れ果てている。長いこと隣にいられては仕方もない。加えて、俺たちはずっと同じ景色を眺めているのだ。飽きもくるし、日常に新鮮さと刺激を求めたくもなる。


「うわ、“セカハジ”のボーカル、また不倫してたって」

「またぁ? 懲りないねえ。浮気する男とかマジで死んだほうがいいのに。ファンもよくついていくよね」

「そういう破天荒さが好きなんじゃないの? ほら、ラブソングだってアップデートしていかないと今の感情で書けないだろうし」


 五人囃子が尋常でないほど頷いている。

 恋愛事情で言えば、連中も尋常ではない。如何せん女遊びが激しすぎる。

 あいつら、合意の上でお互いの彼女と浮気していたりする。もはや誰が誰を本命にしているのかわからないし、本人たちも気にしていない。爛れすぎだ。この前なんて五人組ガールズバンドを飾られたその日のうちに全員へ手を出していた。

 バレて修羅場になりかけたが、五人囃子が開き直るものだから、結果として五人囃子VSガールズバンドの構図が出来上がった。勝敗はドロー。決着がつく前にガールズバンド(のアクスタ)が片づけられたからだ。その日からしばらく彼女たちの曲を彼らは演奏していたが、曲調が激しいこともあって女官からは睨まれていた。

 女官の五人囃子への当たりは強い。理由は察してくれ。


「話を戻すけどさ」

「うん?」

「ひな人形を片づけなかったら結婚が遠のくって話」

「片づけないほどガサツな人は結婚できないってことだろ」

「でもさ、こいつらも狭い箱に押し込められて、1年間も埃っぽい押入れに閉じ込められるよりも明るいリビングにいる方が幸せなんじゃない?」

「そうかな?」

「そうだよ。ここならテレビも見れるし音楽も聴ける。とっかえひっかえ新しい男や女も宛がわれる。こんな幸せなことある?」

「幸せかどうかは本人たち次第でしょ」

 

 それがけっこう幸せを感じているぞ、弟よ。姉の言う通り、暗闇で次の日の目を待つよりも、例え人形の役目を果たせていなくても、光の下で寒暖に肌を遊ばせられるというのはなかなかに幸福なものだ。


「ともかく、掃除ぐらいしてやんないと可哀想じゃない?」

「だね。久しぶりに埃を落としてやりますか。そこに毛ばたきがあるから。ひな壇お願い」

「俺がやるのかよ。いいけど……。姉ちゃんはジョーをお願い」

「ういうい~」

 時々こんな風に俺たちのメンテナンスをしてくれるのも、こいつらが憎めないところだ。


 姉の方が俺の方にやって来る。女子の顔が近くに来るとドギマギしてしまう。悟られぬように平静を努める。身じろいでしまえば、呪いの人形として怖がられ押入れどころかゴミ箱へ捨てられてしまうかもしれない。

 ウェットシートで足元の埃を拭いているが、細長い指が股の間を行き来しているのはなんだその、不健全過ぎないか……。ぞわぞわが股下から胸まで昇ってくる。


「あ、すごいよ。ちょっと来て」

 俺の気苦労を知る由もなく、何かに気が付いたらしい姉が弟を呼んだ。なんだ? なにかパーツでも落ちてしまっていたか?


「見てこれ。すね毛生えてる」

「うお、マジだ」

 え、マジで? 一応、俺の年齢設定は5歳とかなんだが。5歳にすね毛なんて生えるか?


「ちょっとキモいね。どうする? ピンセットで抜く?」

 やめろ。お前の角栓じゃないんだから。絶対痛いだろ。

「ガムテープでいいでしょ。一気に抜けるし、面倒くさくない」

「それもそっか。じゃあお願い」

 じゃあ、お願い。じゃない。人形だって痛みを感じるんだぞ。お前ら、子どものころに見てたトイストーリーを忘れたのか。夜、眠っている間に気を付けろよ。


 弟がガムテープを俺の足に張り付ける。この段階でわかる。強力なやつだ。塗装剥がれとか気にしないタイプだったか? こんなんでもしっかり重塗装なんだからな。後悔しても遅いぞ。

 ひな壇のやつらも笑ってるの見えてるからな。お前らも髪が伸びたら自分たちでカットしてるのこいつらにバラすぞ。


「10、9……」

 無駄に長いカウントダウンもやめろ。緊張するから。

「8、7」

 すね毛だけじゃなくて冷や汗まで出てしまいそうだ。結露だって誤魔化せるだろうか。

 ああ、やるなら早くやってくれ。その時は歯を食いしばって、耐えるから……。

「ろー、えい!」


「あひぃい⁉」

 思わず声が出た。

 カウント無視でいきなりビリっと一気にテープを剥がされたせいだ。思いの外デカい声が出て、緊張が走る。ひな壇のやつらもさっきまでのニヤニヤ顔が引っ込んでいるし、女中なんて青ざめている。

 

 マズい。俺たちに実は魂があるのがバレたかもしれない……。どうか、何かの効き間違いだと勘違いしてくれ……。姉弟の反応は祈る俺たちをあっけにとるものだった。

 

「お、良い反応。反対側もやっときましょ」

「ブラジリアンワックスも試す?」

 こいつらマジか。肝が据わり過ぎて、化け物なんじゃないか。

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ひな人形と五月人形 白夏緑自 @kinpatu-osi

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