さんがつみっか
森羅秋
第1話 幼女は退屈だった
四畳半の畳部屋で赤い着物をきたおかっぱ頭の幼女が走り回っていた。
古民家の隅々まで足音が響くがそれを咎める者はいない。
現在は全員外出している。そのため幼女は暇を持て余していた。
走って気を紛らわせているが、お出かけについて行きたいと何度も玄関と部屋を行ったり来たりしている。
時間が過ぎても戻ってこないので、幼女が愛らしい顔をくしゃりとゆがめた。宝石のような眼から透明な涙がぽろぽろあふれる。
すぐに怒りの顔になると、どぉん、と窓に突撃した。
何度も何度も窓に突撃して、家から出ようとし始めた。
『くっ。このままではマズイ!』
四畳半に置かれていたひな壇の上にいたおひな様が立ち上がって、とう、と掛け声とともに畳にダイブする。受け身をうまくとって着地を決めた。
『これこれ無茶をするでない』
すぐにおだいり様も立ち上がると、段を使って一つ一つ降りていく。
『しかし、このままではあの子が怪我をしてしまうでしょう』
『策としては何かあるのかい?』
おだいり様に聞かれ、おひな様がきらりと目を輝かせる。
『策ならある。あの子は暇をしておる。だから我らが遊び相手になれば一件落着であろう』
『そんな安易でよいのかえ?』
不安色がこいおだいり様を尻目に、おひな様は幼女に突撃した。
『一緒に遊ぼうではないか』
『いや』
にべもなく断られてしまった。
『これこれ、我らと一緒におはじきはどうか? それかカルタ、それかだるまさんがころんだとか楽しいぞ?』
おだいり様がこう提案しても
『いや』
幼女は断る。
『何がしたいのか申してみよ』
おひな様が問いかけると、幼女はぷうっと頬を膨らませた。まるで焼き餅のようだと人形はつい微笑んだ。
『家族があっちにいるから、ちかも一緒にいくの』
『すぐ帰ってくるぞ。待っておれ』
おだいり様がそういうと、ちかは首を左右に振った。
『ちかもいくの! あっち楽しいことあるって知ってるの! いくの!』
どぉん、と窓に激突し始める。
おひな様もおだいり様も必死に止めようと声をかける。小さき人形の身体は幼女には敵わない。このままでは怪我をするばかりか家が駄目になってしまう。
『我らだけでは止められぬ! 応援を頼まねばなるまい』
おひな様はギッと目つきを鋭くさせた。
『そ、それは……わ、わかった』
おだいり様も渋々納得する。
人形は溜めに溜めた厄を、ここぞとばかりに解き放った。
『この家にいる人形よ! わらわたちを手助けしてくれるものはおるか!? おるなら名乗り出ろ!』
ひな人形は仲間を呼んだ。
やってきたのは――
『はぁい! ワタシ、リカちゃん! 全ての女子の夢を背負う女の子よ!』
時代に合わせてヘアスタイルやファッションスタイルを常に進化させ続ける不動の人形、人気ナンバーワンのリカちゃん。
『あたしメルちゃん! お風呂に入れると髪が変わるのよ』
子供が抱っこしやすい大きさ、ぷっくりと丸い顔が可愛らしい。ミルクやおむつ替えなどリアルなお世話ごっこを楽しめるメルちゃん。
『ぽぽちゃんだよ。子供のねかしつけはまかせてぇ』
親しみのある幼い可愛い顔立ちをした、人間の赤ちゃんにちかい抱き心地。横に寝かせると目をつぶるためリアル寝かしつけができるぽぽちゃん。
『ゆめいろみさきちゃん参上! ヘアアレンジはおまかせあれ!』
ピンクの髪の毛が特徴で、手で温めると髪色を変化するので、おしゃれを楽しむことができるヘアアレンジに人気のゆめいろみさきちゃん。
『ジュエルアップかれんちゃんも忘れないで! デコレーションはお手の物よ』
ジュエルペンを使って髪やドレスにキラキラパーツをデコレーションできておしゃれを楽しむことができるジェルアップかれんちゃん。
総勢五体の人形がピースサインをしながらポーズを決めて現れた。
『みんな! ありがとう!』
おひな様は両手を組んで喜びのポーズを行うが、
『まぁ、おなごしかいない家であるから、おなごばかりよのぉ』
おだいり様は肩身の狭さを感じてしまった。
おひな様は五体の人形に駆け寄って、ひとつひとつの手を取り『ありがとう』と礼を述べてから、くるりと振り返り、ちかを見据える。
『ちかは退屈しておる。家のモノが帰ってくるまで場を持たせようぞ!』
『わかったわ!』
『おひなさまだもの! ひとりは嫌よね!』
『女の子の気持ちなら任せて!』
『ほらこっちこっち』
ちかはたくさんの人形に囲まれて驚いたものの、構ってもらえると気づいて笑顔を取り戻した。
人形たちの手であれよあれよという間にお洒落をされられて、気が済むまで一緒に遊ぶ。
『ありがとう』
『女の子の節句は女の子が主役これ当然!』
人形たちは一致団結して、ちかの遊び相手を行った。
すると、ちかは遊び疲れてしまい、ひな壇の横にある座布団の上で横になって寝てしまった。
すやすやと寝息を立てる幼女をみて、人形たちは一仕事終えたと輝く汗をぬぐう。
『やったね!』
互いにねぎらいの言葉をかけていると、がちゃり、と玄関の鍵が動く音がした。
玄関が開く音と、四人分の足音が聞こえてきたので、人形たちは蜘蛛の子散らすようにワッと走って元の位置に戻る。
「たっだいまー!」
「おひなさまただいまー!」
小学生ほどの少女が二人、ひな壇へ駆け寄ってキラキラした目で人形を見つめた。
『おかえりぃ』
その横に置かれている座布団で寝ていた幼女は欠伸をしながら起き上がると、にこにこした笑顔で少女達の周りをまわった。
『どこ行ってたの? 遊ぼうよ!』
「そうそう。お土産があったんだ」
「さーちゃんとわたしで選んだんだよ」
『わぁ! 紙風船!』
今は珍しい紙風船を取り出すと、一生懸命膨らませて、ぽん、と上に飛ばした。
少女は二人で交互にぽんぽんと紙風船を飛ばすと、時折、ぽん、と何もない空間から跳ね返ってくる。少女たちは驚くこともなく互いに顔を見合わせて笑った。
「ざしきわらしさまもいっしょにあそんでる!」
「三月三日はいつもあそんでくれるね!」
少女たちと幼女は日暮れまで紙風船で遊んでいると、母親が呼びに来た。
『さーちゃん、しーちゃん、ちらしずし出来たからご飯食べましょう』
「はぁい!」
「はぁい!」
少女たちの返事の後に、
『はぁい!』
ちかも返事をしてから二人の後について行った。
その姿をおひな様とおだいり様がにこにこしながら見つめていた。
さんがつみっか 森羅秋 @akitokei
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