【KAC2025-1】最低・最悪・最後のひなまつり

上田ミル

ひなまつりがもたらしたものは。

 3月2日朝。朝比奈亜実(12歳)は父が運転する車の中で最低最悪の気分だった。目的地は父方の祖父母の家。前回の5年前、何も知らずに連れて行かれたときに、散々な目に遭ったからだ。


(もう二度と来てやるもんか!)

 そう思っていたのに――


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ 


「亜実ちゃーん!よく来てくれたね」

 祖父母が笑顔で、玄関から出て来て笑顔で出迎えてくれる。

 その笑顔をスルーして、後ろに建つ立派な新築の家を見て亜実は声を上げた。


「え、新しいおうち?」

 5年前は築100年以上の古民家で、エアコンがなく部屋全体が寒い、暗い、かび臭い、隙間風が入るというダメポイントのオンパレードだったのに。目の前にあるのはお洒落な北欧風の白いデザイナーズハウスだった。


 現金なもので、亜実は不機嫌が吹っ飛んだ。


 家に入るとまたびっくり。

『ようこそあみちゃん』と折り紙を繋げて書いた垂れ幕に、部屋中にペーパーチェーンや、折り紙製のぼんぼり飾りがあり、亜実は「うわあ、うわあ」とはしゃいだ。そんな亜実を見て、祖父母は痛む腰のことも忘れ、そっと涙を拭いた。


 飾ってあるひな人形は、御殿飾りという平安貴族風の屋敷がついた豪華なもので、ドールハウスが大好きな亜実は両手を挙げて喜んだ。


「こんなきれいなおひな様、見たことない! 写真撮っていい? お友達に自慢する!」

 亜実はそう言って、スマホでパシャパシャと連写している。


「こんなに喜んでもらえて。女の子の笑顔、っていいわね……」

 祖母がそっとつぶやいた。

「最後に見られてよかった」

 祖父も小声で言った。


「さあさ、疲れたでしょう? まずはお食事にしましょう、亜実ちゃんが好きな唐揚げとフライドポテトよ! たくさん食べてね」

「やったああああ!!」


 前回の失敗から祖母は学んでいた。小さな子供は山菜たっぷりの郷土料理は食べられない。

「食べたら、次は亜実ちゃんの好きなことやろうか」

「な、なんだろう……」


 隣の部屋に用意されていたのはPS5とSwitchにコントローラーが4つ。テレビは大画面。亜実のテンションは爆上がりである。

 ちなみに、5年前は花札だったので亜実は参加せずに不貞腐れていた。


「〇リオカートで勝負しよう!」

「え!? じいじとばあばもできるの? ゲームなんて不良のすることだ、なんて言ってたのに」

「いやあ、やってみたらおもしろくてなあ。じいじもばあばも上手いぞ! じいじのテクニックを見せてやろう」

「じゃあママも参戦するわ!」


 亜実の目がキラキラと輝いた。じいじとばあばは、上手いとは言ったが亜実のドライブテクニックには及ばなかった。苦戦し、悔しがる祖父母と母。それはそれでおもしろく、亜実も祖父母も、両親も疲れるほどゲラゲラ笑った。


 夕食はハンバーグとエビフライにコーンスープ、朝食はクロワッサンとベーコンエッグとココア。すべて亜実の大好物で、トイレはポットン便所から水洗に変わり、お風呂も暖房付きで暖かく、インテリアはまるで都会の家のようにお洒落で、一瞬も嫌だ、とか退屈だと思う時間はなかった。亜実は祖父母と新しい家とひな人形が気に入り、祖父母に抱き着いたり、ひな人形と家族みんなで写真を撮ったり、家中を見て回ったりした。


 楽しい時間はあっという間に過ぎて行った。


「うああああん、もっと泊まりたいよおお、お家に帰りたくなあああい」

 次の日、別れの時間になって亜実は涙があふれ出て止まらなかった。祖父母のもてなしが今年も、5年前も自分を喜ばせるために祖父母ががんばっていたことを理解できたのだ。亜実もこの5年で成長していたのである。


「亜実、そんなに泣いたらおじいちゃんもおばあちゃんも困っちゃうよ」

 父は亜実の頭を撫でながら困っている。


「亜実ちゃん、そんなに喜んでくれてじいじもばあばもうれしいよ、また来てね」

 祖父母も涙を流しながら、それでも笑顔で亜実の両手を握り、ぶんぶんと振った。


「うん……いっぱいいっぱいありがとう、じいじ、ばあば。またきっと来るからね。おひな様、また会おうね!」


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ 


 亜実たちが去ったあと、祖父母はへとへとでソファーに座り込んだ。だが、顔は笑顔だ。大きなイベントだったがやり遂げた。


「孫のかわいい笑顔が見られてよかったですね」

「そうだね、もう何も思い残すことはない……」


 祖父は肺がんステージ4だった。年齢も考えればもう長くはないだろう。

 だから、最後にたった一人の女の子の孫に会いたかった。

 そのために、家を建て、最近の子供の好きな事、好きなものを調べ、ゲームも買って夫婦でいっぱい練習した。やってみるとかなり楽しかった。


 5年前、『ゲームなんか不良のすることだ』『わらびもぜんまいも好き嫌いしちゃだめだ』『子供は明るいうちは外で遊ぶもの』などと言った自分が恥ずかしかった。都会では子供がで遊べる場所がほとんどなく、防犯の観点からも1人で外では遊べない、ということを最近知ったのだ。


 ひな人形は、自分たちができる最高なものを長い時間考えて選び、祈りながら家に設置したものだった。


『どうか、亜実ちゃんに喜んでもらえますように。そして、おひな様が亜実ちゃんを自分たちの代わりに守ってくださるように。最低・最悪なひなまつりは5年前で最後になりますように。そして、これからはずっと楽しいうれしいひなまつりになりますように』


 そんな老夫婦を、ひな人形たちは穏やかな眼差しでじっと見ていた。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ 


 それから数か月後の夜、亜実宅で電話が鳴った。スマホではなく固定電話のほうである。

「えっ、おじいちゃんが?」


 母はあわてて父と亜実を呼んだ。


「大変よ、おじいちゃんが、おじいちゃんが!」

「どうしたの?」

「まさか――」


「癌がほとんど消えたんだって!!!」


◇ ◇ ◇ ◇ ◇ 


 祖父母は、孫と一日遊ぶ体力作りのために〇ングフィット アドベンチャーを毎日数時間続けていたら、体力と免疫力まで付いて癌に勝ってしまったらしい。何よりもゲームを始めてみたら「この世にこんな楽しいことがあったなんて」とハマったことも良い影響を与えたようだ。


「きっとおひな様のおかげね……」

「そうだね、おひな様、ありがとうございます」


 祖父母は手作りの菱餅や白酒を供え、手を合わせ、ひな人形に向かって深く礼をして感謝した。


 実はひな人形には癌を治すような力はない。できるのは女の子に良縁が来るようにささやかな力を送ることくらいだったが、御殿飾りのひな人形たちは快適な空間を気に入ったし、祖父母の感謝も心地よいものだったので、すまし顔を少しだけほころばせた。


 




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【KAC2025-1】最低・最悪・最後のひなまつり 上田ミル @yamabudoh

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