ひなまつりのH本救出大作戦!

青キング(Aoking)

ひなまつりのH本救出大作戦!

 思春期真っ盛りの中学二年生である佑也は、畳の間で家族が集まる食卓において一人だけ脂汗を垂らしていた。

 年の離れた妹の成長を願うひな祭りの日に、佑也の意識は目の前のちらし寿司ではなく畳の間の隅に飾られた雛人形、詳しく言えば雛人形の裏に隠した秘匿物に注がれている。


 早く本を回収しなくては。


 佑也が雛人形の裏に隠したのは、学校の友人から譲り受けた大人女性が際どい格好で写るエッチな雑誌だった。


 仕方なかったのだ。


 ちらし寿司を作るために両親と妹が買い物に出掛けたのを見計らい、畳の間でゲームをして寛いでいたら、ゲームに出て来る女の子に情欲が昂り、つい畳の間までエッチな雑誌を持ってきて、気持ちいいことを始めてしまったのだ。

 その時運悪く想定よりも早く両親と妹が帰ってきてしまい、母親が玄関を開ける音を聞き、雑誌を隠す場所を探した結果、咄嗟に見つけた雛人形の裏の隙間に押し込んでしまったのだ。


 先日から両親の会話を聞く限りでは、雛人形は場所を取るので今日の夜には片付けてしまうという。

 その情報から佑也に残されたタイムリミットは、今日の夜未明までとなり、両親と妹の目を搔い潜り雑誌を回収する必要があった。


「佑也、ちらし寿司美味しくない?」


 食が進んでいない佑也を見た母親が、体調を慮るように訊いてくる。

 佑也は慌てて首を横に振り、取り繕いの笑みを返す。


「そそそそ、そんなことないよ。あんまり色合いが綺麗だから見てただけ」

「そうかしら。間に合わせで作ったからそこまで綺麗じゃないと思うけど」

「間に合わせでこれなら、十分な出来だよ。はははは」


 口が滑らないよう細心の注意を払いながら問いかけに対応する。


「そうだよ舞子、佑也の言う通り充分だ」


 父親が佑也の意見に同調する。

 ひとまず関心が逸れたことに佑也は内心で一息つく。


 あんまり喋り過ぎるとボロが出るかもしれん。今は食べるのに集中しよう。


 両親と妹がいる場では救出は不可能だと判断し、佑也は目の前のちらし寿司を口に運んだ。


「ひな人形、かあいいね」


 食事に意識を傾けようとしが、妹の無邪気な声に佑也の危険察知センサーは敏感に反応してしまて、ちらし寿司でむせかける。

 ひな人形という単語だけで心臓が跳ね上がり、食事がろくに喉を通りそうもない。


「ほんとうね。可愛いわね」

「飾るのは今日までだからな。今日のうちに思う存分見ておくんだぞ」


 母親は妹に共感し、父親は優しい口調で妹を言い聞かせる。

 佑也一人だけが黙って喉を通らないちらし寿司を眺めた。


「あ、佑也大丈夫?」


 今更ながらむせかけた佑也を母親が心配する。

 佑也は大丈夫だと微苦笑をして、あえて見せるようにちらし寿司を大きい口で頬張る。


 今日の主役は妹なんだ。妹だけを見ておけ。


 事情のせいで両親に僅かでも関心を向けられることに不愉快を抑えらなかった。


 なんならもう一回どっか買い物でも行ってこい。


 理由を探られると厄介なので口には出来ないが心の中で毒づいた。


「食べたら、ひな人形みる」


 妹が楽しげな声で両親に伝える。

 その妹はすでにちらし寿司の大半を食べ終えており、佑也は妹の動向に警戒する。


 下手な真似したら全力で阻止する!


「食べたー」


 兄の警戒など露知らない妹は元気に宣言して手を合わせると、箸を置いて座卓を離れひな人形へ歩み寄る。

 目を光らせていた佑也は、ガンマンが早打ちで拳銃を取り出す速度で箸を置いて妹の背後に追随した。

 妹が自身の背よりも高いひな人形の前に座り、佑也は雑誌を隠した側の裏を遮る位置へ胡坐で腰を下ろす。


「兄ちゃんもひな人形すきー?」

「ああ、好きだぞ」


 佑也は両親の行動にも目を配りながら硬い笑顔で答える。

 佑也が好きでどうするのよ、という母親からの笑いながらの指摘は聞き流す。


「おとーさん、ひな人形の片づけあたしも手伝うー」


 ひな人形に愛着を感じたのか、妹が後片付けの参加を希望した

 父親が笑顔で承諾するよりも早く、機先を制す形で佑也は妹に言葉を返す。


「父さんと俺で片付けるから、お前は手伝わなくてもいいんだよ」


 一人でも敵は減らさなくては。

 掃滅戦に投げ出された戦士のように気張る。


「おっ、佑也手伝ってくれるのか」


 息子の発言に父親が助かるという口調で訊いてくる。

 佑也は硬い顔に無理やり笑顔を張り付けて頷く。


「父さん一人じゃ、た、たいへんだろう?」

「そうだな。片付けの時は頼むよ」

「任せとけ」


 肯じて佑也は心の中で安堵する。

 これで片付けの際に妹と母親が参加する恐れは軽減した。


「じゃあ片づけはお父さんと佑也にお願いしようかしら」


 母親からも賛成の言葉が聞こえ、佑也はひそかにほくそ笑む。

 敵は父さん一人になった。父さんならもしかしたら……

 佑也の中で妥協案が芽生える。


 バレたとしてもシラが切れる!


 母親に冷たい目される父を見るのは忍びなかったが、尊い犠牲だ。

 場合によっては同性として二人だけの内緒事にしてもいい。


 勝ったぜ、この戦。


 佑也は勝利を確信し、座卓に戻って開通した喉でちらし寿司を飲み込んでいった。

 ちらし寿司は勝利の味がした。



 しかし佑也の見込みは浅はかだった。

 この後は予想通り雛人形の裏からエッチな雑誌が見つかったのだが、父親の物だと家族の意見が一致して、佑也の手元に戻らず処分されてしまったのだ。

 学校の友人への申し訳とともに、自分の股間にある突起も立たなくなってしまった佑也だった。

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