厄受け人形
猫月九日
第1話
子どもの頃の話。
何歳の頃だったかな? 日付は……忘れもしない3月3日。ひな祭りの日だったのは覚えてる。
朝早くにアパートを出て、ばあちゃんの家についたのは昼前だった。
ばあちゃんの家は山奥にはあるけれど、めちゃくちゃでかくてさ、はしゃいでたら、
「母さんちょっと用事があって夕方には迎えに来るからね」
母さんはやけに真剣そうな顔をしてたけど、でかい家に興奮していた俺はなんとも思わず家の中へ入った。
家の中もめっちゃ広くてさ、特に立派だったのがひな壇。雛人形が飾ってあるやつな。
今思えば5段くらいのやつだったんだけど、子どもの頃の俺からしたら立派に見えた。
そんな時にばあちゃんに話しかけられたんだ。
「ありゃあ、よく来たねぇ。お名前なんだったっけかぁ?」
俺は自分の名前を名乗った。
「どんな字を書くんだい? これに書いてごらん」
そう言って真っ白な御札みたいな紙を差し出してきたんだ。
この時の俺は母さんから自分の名前の漢字を習っていてな、自信満々にその紙に書いたんだ。
「そんな字かい。ありがとうねぇ」
ばあちゃんはその紙を受け取ってちらっと見た後、ひな壇の方に寄っていった。
何をするのかと思ってみていたら、ひな壇の一番上からお内裏さまを手にとって、その着物の中に俺が名前を書いた紙を折りたたんで入れたんだ。
俺が何をしているのかと聞くと、
「これで厄を持っていってくれるんだよぉ、ありがとうねぇ、これで長生きできるわぁ」
ばあちゃんの顔は満面の笑みだった。
それから一ヶ月くらいだったかな? 朝早くに母さんに起こされた。
「ばあちゃんが死んだ」
家が火事になって逃げ遅れてしまったらしい。
俺が遊んでいたひな壇の近くから出火したってことがわかっているけど、正確な原因は不明なんだそうな。
葬式に向かう車の中で考えた。ひょっとして本当は俺が死ぬはずであのお内裏様が厄を引き受けてくれたのかな?
葬式の斎場に着いて、参加者の名前を書く時、俺も自分で名前を書いたんだ。
そしたら母さんがこう言ってきた。
「この漢字違うわよ。あなたの漢字はこう書くのよ」
そう言って俺の漢字を直して書いた。
「これからは正しく覚えていきましょうね」
母さんは満面の笑みだった。
厄受け人形 猫月九日 @CatFall68
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