時の悪魔と星の囁き

茶野鈴子

「時の悪魔と星の囁き」


 チクタクと時計の音が聞こえて目が覚めた。

 いつの間にかうつ伏せで寝そべっていたようで、青臭い緑の匂いが漂い、顔周りのチクチクとした刺激がこそばゆい。

 体を起こしてみたが、暗闇にいるためよく見えなかった。時計が複数あるようで、さまざまな方角から聞こえてくる。闇の中の声のように感じ、少し不気味に思えた。

 ぶわりと、涙があふれる。怖いのだ。なぜここにいるのかわからない。

 暗闇の中、果てのない場所なのか、実はとても狭い場所なのかもわからない。闇の中に響いているのは時計の音だけ。

 恐怖で震える体をぎゅっと抱き寄せた。そのとき、目の端にきらりと青い光が映った。反射的にそちらを見る。涙で滲んで見えにくいので拭い、一歩、また一歩とゆっくり近づいてみた。


 ころん、とかわいい青い星屑が光っている。

 すやすやと寝息を立てているように、静かにきらめくきれいな星屑。何故だかわからないがそれを見ていると、懐かしい気分になり胸が温かくなった。

 勇気を出してそっと手に取り、愛おしく感じるその星屑を優しく包み込む。とくん、と小さく生命の鼓動を感じ、ますます愛おしく離れがたくなった。


『キミの時間を僕にちょうだい。もうずっと、さみしいの』


 星屑は、まるで泣いているようにチカチカと明滅を繰り返した。

 対照的に規則正しく鳴っていた時計の音は、狂ったように不規則に音を出し始めた。びっくりして、恐怖で体がすくむ。

 星屑の明滅が、時計の狂ったリズムに同調していく。まるで星屑が感じている不安を表している気がした。


『また、あの頃みたく一緒にいようよ。キミもまた僕をひとりぼっちにするの?』


 星屑は、『そんなことしないよね?』と聞こえそうなほど期待に満ちた声で話す。

 なんだか試されているような気がした。


『昔はキミたち人間の時間を少しだけもらって一緒に過ごしていたんだ。それがなくなって、僕はまた閉じ込められてしまったんだ。もう、一人は嫌だよ……。お願い、一緒にいて?』


 寂しそうな声が今にも泣き出しそうに弱々しくなっていく。

 泣く子を抱く母のような気持ちで、衝動的にそっと自分の胸に抱き寄せた。

 胸の奥に、じんわりと温かさが広がる。

 ああ、なんて温かく、愛おしく感じるのだろう。

 守らなければーー強く、そう思った。

 頭がぼうっとしてふわふわとした感覚に包まれる。


『ありがとう。これで……キミはもう僕のものになる』


 嬉しそうに話す星屑は、私の胸にじわじわと溶け込んでいき、まるで初めから私の一部だったかのように完全に体に同化した。

 その瞬間、時計がすべて塵のように消え去り、静寂が訪れた。

 数瞬遅れて、闇の中を切り裂くような咆哮が響き渡る。


『やっと、動けるようになった。大儀であった!』


 目の前に、頭に羊のツノが生えた長い黒髪の男がにやけたような表情で現れた。男の声は、粘りつくようで不愉快だった。拘束されていた獣が解き放たれたかのように、瞳が怪しく爛々と輝いている。

 先ほどまで感じていた、狂おしいほどの愛おしさは嘘みたいに消えていた。

 嘲笑うその姿は、まるで悪魔のように見えた。


 逃げなければと思うのに、体が動かない。


『まずは何をする? 昼と夜を逆にしてみるか? 世界の針を戻してみるか? 思いつく限りすべてやってみたいなぁ……。とりあえずご挨拶に半分くらいの人間の時でも止めてみるか!』


 真っ暗な空間に、無邪気な声が響いていた。それがとても恐ろしい。薄れゆく意識の中、やめて……と、かすかに呟いた。


 意識を取り戻すと、真っ暗な空間に閉じ込められていた。

 気を失っていた時間は長かったような、一瞬だけだったような不思議な感覚が残っている。

 目の前には映画のような大きなスクリーンが存在している。その周りには歪んだ時計がいくつもある。どれひとつとして、正確な時を刻んではいなかった。

 そこには、高笑いをしながら遊んでいる映像が映し出されている。誰かの時間を巻き戻して若返らせたかと思えば、今度は老人にまで進める。様々な人の時間を弄び、やりたい放題だった。

 自分は無力で何もできず、人々を混乱させ弄ぶその姿をただ眺めることしかできなかった。

 心の奥底に閉じ込められてしまったようだった。

 誰か……! 助けて!

 ああ、また時間が狂っていく……!

 必死に声を上げても誰の耳にも届かない。

 悪魔の高笑いだけが、狂った時計とともに響き続けていた。

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