救いのない日々

緑羽

第1話

 冬の冷たい夜風に吹かれながら、某有名バンドの歌を聴いていた。何もない殺風景な風景を鮮やかに彩って欲しかったのに、流れてきたのは夕立に追われるカラスのような曲だった。こんな曲も案外現状に合っている気がして自然と口角がわずかに釣り上がる。それは自嘲的な笑みでもあった。

 1月25日、少し遅めの仕事始めである。

「準備はできたかい?今年初の仕事でドジを踏みたくはないよ。」

準備完了、と言う代わりに荷物を背負った。

「今日は桜井みさきという女性だ。年齢は、、21歳。なんだ君と同じじゃないか!」

「おい、そんな事言わないでくれ。必要な情報だけ伝えろよ。」

本当に気分が悪い。そもそもなぜこいつがこんなテンションで話せるのかが分からない。僕たちの仕事は「暗殺」だと言うのに。


 この国には政府直属の非公認機関が存在する。仕事内容は多岐にわたるが組織としての目的は一つ、「平和な国を創る」である。現在21歳になる僕は15歳の頃からここに所属している。この間、所属していた部署は暗殺を主に請け負うこの部署のみである。陽気な僕の相棒は所属した頃から共に仕事をしている。


 「今回のターゲットはなぜ選ばれたんだ?」

凍えているはずの手が熱を帯びてきたように感じる。

「暴力団組長の隠し子らしい。上が散々更生を促したってのに受け入れずに暴れ続けたんだとよ。組長本人を殺すことも考えたそうだが、その結果起きるかもしれない奴の部下の暴徒化を懸念して、奴に1番ダメージを与える方法を考えたってよ。」

「そうか、」

そんなことをしても状況は悪化するだろうと思いつつ、仕事の準備を続ける。手が冬の痛さを思い出してきた。

 片耳にイヤホンを突っ込んで時間が来るのを待った。体も、思考も冷え切ってきた。

「お、やっときたぜ。そろそろ体が凍っちまうところだったよ。」

能天気な声に若干腹を立てつつ、体勢を整える。

「目標までは?」

「えーと、距離462m、北東の風1.3m/s、視界良好。いけるぜ。」

「、、、了解。これより任務を実行する。」

寒さのせいだろうか、引き金を引いた感覚はなかった。


 「よし、命中確認と、。さて、帰るぞ相棒」

「そうだな。」

何年やっても冷え切った自分に慣れない。今日もまた善いことをした、と自分に言い聞かせながら階段を降りる。頭の中ではあのバンドの歌が鳴っていた。


 1月27日、仕事を終えると三日間の休みをもらえる。この三日間は相棒とは別行動だ。何年もこんな組織にいるせいで交友関係は破滅的であると自負している。そのため休みをもらっても特にすることがなく、最近は図書館で時間を潰している。ページを捲る音や、小さい喋り声。ここの居心地がとても良かった。課題をしている学生や子供連れの親を見るだけで自分の仕事を肯定できる気がした。

「すいません。隣いいですか?結構どこもいっぱいで、。」

急に話しかけられたことに驚きすぎて頷くことしかできなかった。見たところ年齢が近そうだった彼女は席についたあとチラチラとこちらを見ていた。こちらと言うより僕の読んでいた本を。

「それ、面白いですか?表紙の言葉にちょっと惹かれます。」

「、、、僕も。だから読んでみてるけど難しい、と思う。心理学系、?」

「なるはどなるほど。」

 それから少し話が盛り上がって図書館にいるのが迷惑そうになってきたので近くのカフェに移動した。

「やっぱりぃ、相互理解ってめちゃくちゃ難しいことなんですよ!」

話の入り口は心理学だったはずなのだが、広がりに広がって今はなぜか相互理解の話になっていた。正直、この手の話題は嫌いじゃない。

「人ってどんなに親密な間柄でも完璧に理解するなんてことは不可能で、だからこそ言葉を通じることによって理解できた相手のほんの一部分がとても愛おしく感じるんですよ!私は!ねぇ分かります!?」

この数十分で分かったことがいくつかある。まず、この女性はとてもめんどくさい。そしてもう一つ、この女性はテンションに見合わずとても頭がよい。自分が感じたこと、つまり感覚的なものを言語化するのがとても上手い。

「相手の全てを理解しようすると、相手の感性も理解することになるでしょ?でも私たちは頭をのぞけるわけじゃないから、相手を理解するために使うツールは言葉なわけ。するといくら言葉をうまく使おうが論理的な言葉で表現できることには限界があるの。そんな制限された中で頑張って理解した相手の一部が愛おしくないはずないじゃない!」

僕はこの女性が言いたいことの70%も理解できていないだろうが、妙に納得してしまっていた。それと同時に、言葉という曖昧なツールが作り出す美しさを感じていた。最後はこの女性と連絡先を交換して僕の休みは終わった。


 2月20日、久しぶりに仕事が入った。

「お?見ない間に雰囲気が柔らかくなったんじゃない?なんか良いことあっただろ。、、、女だな、?」

「ほっといてくれ」

こいつは妙に勘が鋭い上に、今回はとてもうざい。顔を見ていなくてもにやけついた表情が分かる。

「そこそこ長く一緒にやってるが、こんなこと初めてじゃない?お父さん、感動で泣いちゃう!!愛情マシマシ愛想少なめで育てたうちの子が、、大人になったなぁ。シクシク」

、、、本当にうざい。のでスルーを決める。

ため息を一つこぼして息を整える

「今日は?」

「切り替え早いねぇ〜。今日は佐々木健三、男性、55歳。まぁいつも通りミスなく行こうぜ。」

「了解」

冷たい銃の点検を終え、予備を含めた銃弾3発も確認しカバンにつめた。何かに引っ張られているようにカバンは重かった。

 「今日のターゲットはなんでだ?」

「あーこいつ看守なんだよ。でけー刑務所の。その刑務所でたまーに極悪な死刑囚とかが消えてたらしい。そんで先月、また消えたんだけどたまたま証拠残っててそれが決め手だったらしいぞ。そんで過去に遡って見てみるとどんどん辻褄が合っていったらしくてな。余罪ありまくりだからだそうだ。こいつタイプの女見つけては脱獄させて飼ってたらしいぜ。ゲス野郎だよな。下手に報道しても混乱起こすだろうから迅速に処分するそうだ。」

ここでも女か。醜い人間もいたものだ。歩く足に少し力が入った。

 「ジャーン!リニューアルしたんだぜ!見てくれよこのサプレッサー。美しいだろう。そして機能性も抜群!高かったぜぇ。」

人を殺すための装備をなぜこんなにキラキラと自慢できるのか分からなかった。やはりこいつと僕では価値観が違うのだろう。不意にあの女性が頭をよぎった。今から人を殺す状況で彼女を思い出すのが嫌で仕方がなかった。

今回のターゲットの家は人通りの少ない通りにあった。周りに見晴らしのいい高台などもなく、サプレッサーの見せ場となった。いつものように片耳にイヤホンを突っ込み静かに時間を過ごした。頭からなかなか離れないあの女性に対して申し訳なさと感謝が渦巻いていた。

 ターゲットはいつも通りに帰ってきた。

「あの窓から頭が見えた瞬間にバン!だぞ相棒。OK?」

「あぁ大丈夫だ。心配ない。」



聞こえた音はガラスのかけらが落ちる音だけだった。

「よし、帰ろうか。」

「そうだ、、」

最後まで言葉にできなかった。窓の向こうに人が見えた。起きてはいない。ベットに寝かされている。母親だろうか。いくつもの管が体から出ているのがここからでも確認できた。泣きそうになった。ターゲットが介護していたのかもしれない。介護してくれる人が死んだ今、あの人はゆっくりと、確実に死に向かっているのかもしれない。僕は顔を背けて足早にその場所を後にした。

「、、、俺も知らなかった。考えてみたら当たり前だよな。誰にでも家族はいる。初めは。」

自分の頭がまるで底の抜けた壺のようで、彼の言葉が何も入ってこなかった。

「平和な国を創ろうとしてることは分かるし、納得もしてる。命が平等じゃないのも分かってる。でも僕は今日罪のない人を殺したかもしれない。罪のない何千万人のために罪のない1人を巻き込んでしまったかもしれない。こうじゃなきゃだめなのかな、、」

「俺たちには何か変えられる力はない。君が気に病むこともない。俺たちは国全体としての平和を創ってるんだよ。」

何も答えられなかった。何も考えられなかった。前に進んでいる気もしなかった。ただ沈んでいた。

 今回の休みは何もする気になれなくて、何か考えながら、何も考えていなかった。自分が今まで殺してきた人たちにも家族がいて、物語があって、大勢のために少数を切り捨てた。弱者を守りたかった僕は重く、冷たくなり始めていた。

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