いつもの二人の何気ない日常

ともはっと

居酒屋で、ありそうでなさそうなお話


 わいわいと騒がしい行きつけの居酒屋で、今日も端っこに備えつけられた小さいテレビでお笑い番組がやっている。


『――トリっちゅうもんは、降臨してなんぼでんがな。だからトリの名前はトリって名前でんがな。それ以外の名前はないんやでー?』

『ほなトリはトリでも普通のトリとは違うっちゅうことやな』


 最近人気のお笑い芸人らしい。よく『トリの降臨』という、一回見ただけではよくわからない漫才ネタを披露しているようだ。


 ……初見だが、うむ。確かにわからん。トリっていうのが、本当の鳥類のことを言っているのか、それとも何かしらのマスコットの事を言っているのか。そもそもマスコットであればトリって名前は安直すぎやしないか。いやまあ……覚えやすいんだけども。


『っちゅうことで、トリについて、聞いてみたいわけや』

『え』


 と、そんなことを考えていると、テレビの中では、お笑い芸人が番組にゲスト出演していたアイドルにトリについての質問をしている光景が映し出されている。


『え、ちゃうでー? いきなり声かけられて「え」はさすがにないで』

『いやいや、いきなり本番ネタ中に声かけられたから「え」なんですってば』

『それもそかっ! で、トリについて、どう思う?』

『その前、そのトリがなんなのかってところから、まずは私に説明してからに振ってくださいっ!』


 テレビからどっと笑い声があがる。何が面白かったのかはわからんけど。

 恐らく最近人気のアイドルがあたふたしている様が面白いのだろう。そう考えると、芸人よりもアイドルのほうが笑いをとっているってことになるのだが、それはそれでいいのだろうか。


『えっと? つまりトリってのは、どこぞのサイトのマスコットで、名前募集したら普通にトリって名前が候補にあがって、そのままその名前が採用された、と』


 うん。そのアイドルが言っているそれは、正しい。

 いくら人気だろうが、知らない人もいるんだから、それ一辺倒で吹っかけてきてたらそのうち廃れていきそうだ。


 とはいえ、その振られている、アイドルについて、だが……


「……なんか、可哀想だな」

「でしょーっ! これどう考えても無茶ぶりだよねー!」


 と。私の隣で一緒に飲んでいる眼鏡の女性がビールジョッキをぐいっと大き目一口飲んだ後にどんっと音を立てて机に置く音でびくっと体を揺らしてしまう。


「これ見てて思うのよ。トリってなんなのかって。すっごい考えちゃうと思わない!?」

「まあまあ。落ち着け。そのぼさぼさの髪を整えとけ、みっともないことなってるぞ」

「落ち着いていられるかー! てか髪をぼさぼさしたのは誰よっ!」

「俺だな」


 先ほど頭を撫でまくったからぼさぼさになったのだが、慰めろといって頭を差し出してきたお前が悪いと思う。


「しっかしまぁ、よく堪えたな」

「いやほんとそうよ。ほんっっっっっとうにっ! どうしてくれようかと思ったわ」

「で、トリってなんだったか結局わかったわけ?」

「それはこの番組を見ていくお楽しみ」

「いやもう見ないけど」

「えー」


 店員を呼んで、もう一杯ビールを注文する。ついでに相方の彼女のビールも忘れない。

 店員が去って行くと、彼女はにまにまと変な笑みを浮かべて俺を見てくる。


「テレビの向こう側にいるアイドルな彼女を可愛いと思ってみないのかね?」

「目の前に現物がいるからな。テレビの向こうなんぞみても仕方がない」

「ほほー。いいこというねぇ」

「まあ……。その現物は、今はテレビとは違って、気の抜けた格好してるけどな」

「オフな時くらい、ラフにさせてくださいな。あの服装、結構重いのよ」

「さいですか」


 店員がビールを持ってきて、互いにこんっとジョッキを軽くぶつけ合っての何度目かの乾杯。


「まあ、アイドルだろうがなんだろうが。休むのも必要だ」

「とか言いながら、休みの日にお酒飲んでるから、私たちの肝臓は休みはないけどね」

「休み以外で飲まずに頑張ってるんだから、普段が休肝日だ」

「ほー、普段は飲んでない、と」

「そういうことにしておこう」


 久しぶりの二人の日常。

 どうでもいい会話をしながら軽くお酒を嗜む。

 そんな日常こそ、休みの醍醐味だ。



「なんか変なこと考えてた?」

「別に。アイドル頑張ってるんだなって思っただけ」

「へへー。これからも頑張るさー。だからこれからも応援よろしくー」

「それはめんどいな」

「えーっ!?」

「ほどほどに応援はする」

「ならよしっ」


 隣に、みんなのアイドルとして頑張ってる彼女が、今は自分だけのアイドルとしている独占欲のあるこの何気ない日常が、俺のやさぐれた心のオアシスなんだけども。


 きっと、こいつは、そんなこと思ってもいないんだろうな。






 そんな、よくありそうでなさそうな、彼女と彼の日常のお話。

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