一日限りの魔法少女

梅竹松

第1話 ひな祭りの日の奇跡

 わたしの名前は桃原実花ももはらみか。どこにでもある平凡な小学校に通う五年生。

 ごく普通の外見の女の子で、他人に自慢できるような特技はない。

 だけど、夢見がちな性格で昔からファンタジーな世界を空想して楽しむことが大好きだった。

 特に魔法に強い憧れを抱いていて、魔法が使えたらいいのになと一日中考えてしまうこともあるほどだ。


 もちろんそんなものが現実に存在しないことは知っている。

 それでも魔法を使いたいという気持ちは紛れもない本心だった。


「あ〜一日だけでいいから魔法が使えるようになればいいのに……」


 存在しないと知りつつも、毎日のようにそんなことを考えてしまう。


 この願いが天に届いたのだろうか。

 ある日、わたしは本当に一日だけ魔法を使えるようになるのだけど……まさかそんな日が訪れることになろうとは夢にも思っていなかった。

 



 3月3日。ひな祭り。

 その日は学校が休みだったので、お昼ごはんを食べた後、わたしは近所を散歩することにした。


 ここ最近寒い日が続いていたけれど、三月になってからは気温も上がって春らしい気候になってきたような気がする。

 今日も朝から暖かかったから、長袖のTシャツ一枚にデニムのホットパンツという恰好で家を出た。

 このくらいの薄着でちょうどいい気候だったからだ。


 家を出たわたしは特に目的地など決めずに、とりあえず足の向くままに歩き出した。


 土手の木には桜の花が咲いているし、地面に目を向ければたくさんのタンポポやスミレやツクシを見ることができる。

 それにあちこちから鳥の鳴き声が聞こえてくる。

 天気がいいからぽかぽかと暖かいし、時折吹いてくる風は心地いい。

 今日は絶好のお散歩日和だ。

 わたしは春の息吹を全身で感じながら、散歩を楽しんでいた。


 そうして自宅からだいぶ離れた場所まで来た頃。

 突然わたしに不思議な出会いが訪れた。


「やぁ、こんにちは!」


 ニワトリをデフォルメしたような可愛いらしい生物が目の前に現れてあいさつしてきたのだ。

 しかもニワトリなのに、なぜか飛んでいる。

 これにはわたしも驚きを隠せなかった。


「……え? な、何? 何なの!?」


 突然現れた謎の生物に戸惑い、取り乱してしまう。

 

 そんなわたしに構わず謎の生物が自己紹介を始めた。


「ぼくの名前はハピネ。魔法の国からやってきた妖精だよ。きみの名前を教えてもらってもいいかな?」


 自身の名前と出身地を明かす生物。ニワトリのような見た目をしているが、動物ではなく妖精らしい。

 正直得体のしれない生物であることに変わりはないけれど……不思議と敵意は感じなかった。


 だからわたしも素直に自分の名前を教えることにする。


「わ、わたしは桃原実花だよ……」


「そうか……じゃあ“実花”って呼んでもいいかな?」


「別にいいけど……妖精さんはどうしてここに来たの? わたしに何かご用?」


 自己紹介が済んだところで用件について訊ねてみた。


「ああ、それなんだけどね……簡単に言えばきみの願いを叶えにきたんだよ」


「わたしの願い?」


「そう……きみは幼い頃から魔法を使ってみたいと思っていただろう?」


「ど、どうして知ってるの!?」


「そりゃ知ってるよ。ぼくは、きみのような魔法に憧れている女の子のもとに召喚されるんだから」


「そ、そうなんだ……」


 どうやらこのハピネという名前の妖精さんは夢見がちな少女のそばに召喚されるらしい。

 魔法の国がどこにあるのかはわからないけど、きっと遠く離れた場所にあるのだろう。

 とりあえず妖精さんがわたしのことを知っていた理由については理解することができた。


 ハピネが話を続ける。


「実はね……ぼくらは本来人間に魔法を授けることはできないんだけど、今日だけはすべての女の子に魔法を授けられるんだ」


「……え? ど、どうして今日だけ?」


「今日が何の日か知っているかい?」


「3月3日だからひな祭りだよね? それがどうかしたの?」


「そのひな祭りが重要なんだよ。ほら……古来からひな祭りは女の子の成長を確認して幸福を願う特別な日だったでしょ? 長い年月、多くの人間が女児の健康や幸福を願い続けてきたことですべての女の子に特別な力が宿る日となったんだよ。だから、ぼくらも今日だけは女の子に魔法を授けることができるんだ!」


「そんなすごい日だったんだ……ひな祭りって……」


 ひな祭りがどんな行事なのかは知っていたけど、まさか特別な力が宿っていたなんて夢にも思っていなかった。

 今日は女の子にとって本当に特別な日だったらしい。


「それでどうかな? 今日だけは魔法が使えるようになるんだけど……使ってみる気はあるかい?」


「使ってみたいです! わたしに魔法を授けてください!!」


 ようやくハピネの言っていた「願いを叶えにきた」という言葉の意味を理解できたわたしは、気づけば魔法を授けてほしいと頼み込んでいた。

 何しろずっと憧れていた魔法が使えるようになるのだから、このチャンスを逃すわけにはいかない。

 一日限定でもいいから、今まで空想の世界にしか存在しないと思って諦めていた魔法を現実世界で楽しんでみたいと思うのは当然だろう。


「オッケー。それじゃ、さっそく授けるね」


 わたしの返事を聞いたハピネが、何もない空間からピンク色のステッキを召喚する。

 先端の部分が花の形になっているとても可愛いらしいステッキだ。

 そのステッキをわたしに預け、ハピネは説明を続けた。


「実花! それはきみ専用のステッキだ。そのステッキを空に掲げて『トリの降臨』と叫ぶと、魔法が使えるようになるよ」


「トリの降臨……?」


「魔法の呪文って言えばいいのかな? そう叫ぶことによってぼくらの世界にいるトリの王様の魔力が、ぼくを介してきみに注がれるんだ」


「わ、わかった……やってみるね。……トリの降臨」


 言われた通りステッキを空に掲げて魔法の呪文を叫ぶ。


 次の瞬間、わたしの体は不思議な光に包まれた。


 そして、わずか数秒ほどで光は消える。


 さっそく自分の体を見回してみたけど、特に変わった様子はないようだった。


「……何も変わってないけど?」


「外見は変化しないよ。でも、ちゃんと魔法は使えるようになっているから安心して……とりあえず空を飛ぶ姿をイメージしてごらん」


「う、うん……」


 指示に従い、空を自由自在に飛び回る自分の姿を想像してみる。

 すると、まるで無重力空間にいるかのような浮遊感を覚え、気がつけばわたしの両足は地面から浮いていた。


「わわ……すごい……わたし、飛んでる」


 今はまだ“飛んでいる”というより“浮いている”状態だけど、それでも普通は絶対にありえないことだから何だかすごく嬉しい。


 体を浮かせたことで、わたしは自分が魔法使いになったことを実感した。


「さすが! 日ごろから空想していただけのことはあるね! さっそく空から街を見下ろしてみようか」


「うん!」


 力強く頷くと、先ほどよりも強く魔法で空を飛ぶ姿をイメージしてみる。


 魔法は果たして成功し、数秒後にはわたしは地上から十メートルほど高い場所を飛んでいた。


「わ〜〜〜」


 自分の住んでいる街の様子を上空から俯瞰したわたしは、その景色に感動する。

 民家やお店の屋根、行き交う人や車、街中を流れる川や遠くの山々などあらゆるものを見渡すことができたからだ。


「わたしの住んでる街ってこんな感じだったんだ……」


 しばらく街中の様子や遠くの景色を楽しんでいると、ハピネがわたしのそばにやって来て話しかけてきた。


「もう魔法を使いこなすなんて本当にすごいよ! やっぱり才能はあったみたいだね」


「そ、そうかな? でも、だとしたら嬉しいかも……」


「それで、この後はどうするんだい? 魔法でやってみたいこととかある?」


「う〜ん……やりたいことはたくさんあるけど、とりあえず人助けをしてみたいかな……」


 そんなことを言っているうちに、さっそく困っている人を発見した。

 重い荷物を苦労して運ぶおばあさんを見つけたのだ。


「……あ! あのおばあさん大変そう……お手伝いしなきゃ!」


 すぐにその場所へと向かい、通行人の死角となる場所に降り立つ。

 そして、おばあさんのそばに近寄ると元気よく話しかけた。


「こんにちは。重そうな荷物ですね……わたしが代わりに運びましょうか?」


「あら、こんにちは。お嬢さんが持ってくれるのかい? ありがたいけど、この荷物はお嬢さんには持てないと思うよ」


 にこやかにあいさつを返しつつ、手伝いの申し出をやんわりと断るおばあさん。

 小学生の女の子には持てないと思ったのだろう。


 確かに普段ならこんな大きい荷物は運べなかったかもしれない。

 だけど、今日のわたしは魔法が使える。


「大丈夫です! わたしに任せてください!」


 おばあさんから荷物を受け取ると、その荷物を魔法で軽くして運び始めた。


「あれまぁ……最近の子どもは力持ちなんだねぇ……」


 おばあさんは信じられないものを見たと言わんばかりの表情だ。

 

 でも別にわたしが力持ちというわけじゃない。

 荷物の方を軽くしただけだ。

 今なら誰でも簡単に運べるだろう。

 ……もちろん魔法で軽くしたなんて言うわけにはいかないので、それについては内緒にしておく。


 結局わたしはおばあさんの家まで荷物を運び、元の重さに戻して返却すると、家の前で別れたのだった。


「役に立てたみたいでよかったぁ……」


「あのおばあさん、すごく喜んでいたね」


 人に見つからないように今まで姿を隠していたハピネが、再びわたしの前に姿を現す。


「うん。何度もお礼を言われちゃったし、わたしまで嬉しくなってきたよ」


 人の役に立ち、お礼を言われるのは少しくすぐったいけど、すごく嬉しい。

 この調子でどんどん困っている人を助けようとわたしは思った。


「実花は本当にいい子だね。きみに魔法を授けてよかったよ」


「ど……どうしたの、急に? わたし別にそんなにいい子じゃ……あ! 向こうに迷子がいる」


 ハピネの突然の褒め言葉に照れている間にも迷子の女の子を発見したため、急いでそこへ向かう。


 そして魔法でその子の母親を捜し、二人を再会させた。

 再会できた時の二人の安心したような笑顔がとても印象的だった。


 その後も上空を飛んで困っている人を探し、発見しては駆けつけて魔法で手助けをするという活動を続ける。


 今のわたしなら、街中で起きる問題は簡単に解決できた。


 公園の木にボールが引っかかって困っている子どもがいれば魔法で木から落とし、ペットの犬を捜している人がいれば魔法で見つけて保護し、ケンカをしている者たちがいれば魔法で穏やかな気持ちにして仲直りさせる。


 助けた人たちから感謝されるのが嬉しくて、わたしは気づけば街中を飛び回っていた。


「……ねぇ、ハピネさん」


 空中を飛びながら隣にいるハピネに話しかける。


「何かな? 実花」


「本当にありがとうね……おかげで子どもの頃からの夢が叶ったよ」


 魔法を使いたいという、誰かに言ったら笑われそうな子どもみたいな夢。

 それを現実にしてくれたのは隣にいるハピネだ。

 ハピネには感謝してもしきれなかった。


「お礼を言われるようなことはしてないよ。ぼくはきみに魔法の力を授けただけだからね。……それよりさっきも言ったけど、魔法が使えるのは今日だけだよ?」


「わかってる……明日には使えなくなっちゃうのは少し寂しいけど、一日だけでも使えてよかったよ。わたし、今年のひな祭りは一生忘れないと思う」


 一年一度の女の子の幸福を願う日。

 去年までは普通に過ごしていたけれど、今年は心から素敵な時間を過ごせたと思う。

 きっと今日の出来事は大人になっても心に残り続けるのだろう。


 わたしは魔法が使える喜びを噛み締めながら、一番星が輝き始めた夕暮れの空を飛んでいた。

 



 


 

 


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