たなばたのはなし

青切 吉十

おりひめとひこぼし

 7月7日は七夕の日。

 それにまつわる七夕伝説について、おさらいをしてみましょう。



 天空でいちばんえらい神さまに、織姫という娘がおりました。

 この娘、天の川のほとりで、神さまたちの着物の布を織るのを仕事にしておりました。

 毎日、毎日、休みなく働き、彼氏もいない織姫をかわいそうに思った父神さまは、天の川の対岸で同じく、こつこつまじめに働いていた彦星に嫁がせました。

 似た者同士の良い縁組みだと、父神さまは満足しましたが、思い通りにいきません。

 なんと、二人は仕事をほっぽり出して、毎日、遊んで暮らしはじめたのです。愛欲の世界です。

 織姫が機織りをさぼったので、神さまたちは着る服がなくなり、また、彦星が牛の世話をさぼったので、牛は痩せ細りました。

 これはいかんと思った父神さまは、ふたりを天の川の両岸に引き離してしまいました。

 しかし、これでふたりが仕事をするようになると思った父神さまの思惑は外れます。

 ふたりはお互いを恋しがって泣くばかりで、仕事に手をつけませんでした。

 それではと思った父神さまは、ふたりがまじめに働くのならば、年に一度、七夕の日に会わせてあげることにしました。ふたりは喜んで、また、仕事をするようになりました。ワークライフバランスが改善され、QOLが向上したわけです。ちゃんちゃん。



 よくできた話ではあるが、前々から疑問がないわけではない。

 一年に一日しか会えないのは、なるほど、人間の恋人同士ならば、せわしない話であろう。しかし、織姫も彦星も神さまである。もう長い間、何千年何万年と、一年に一度会っている。寿命がなさそうだから、これからもずっと会いつづけるにちがいない。

 勝手に自分たちの尺度に当てはめて、「織姫、彦星、カワイソス」と思っているが、あんがい、織姫、彦星ともに、一年に一度で満足しているかもしれない。もしかしたら、「オリンピックと同じで、四年に一度でいいや」とすら思っているやも……



 七夕の日。彦星がともだちに手伝ってもらって、天の川の中州に建てた、こじゃれたログハウス。

 朝早くから来ていた彦星は掃除と料理の準備に余念がない。こういうことが好きな男なのだ。

 昼過ぎ、着飾った織姫がキャリーバックを引きながら、家の中へ入ってくる。キャリーバックのブランドはイノベーターだ。シンプル・イズ・ベスト。でも、どこかかわいい。さすが北欧。

 織姫はサングラスを外すと、彦星に近づき、ふたりはハグをした。それから軽くキスを重ねた。

「織姫。きょうは最高級のお肉でつくったビーフシチューだよ」

「まあ、うれしいわ。私も、いい赤ワインを持って来たのよ」

 「さっそく、食べようか」という彦星に「そうしましょう」と言いながら、織姫は伸びをひとつして、二十畳ある室内を見渡した。部屋の中は、織姫が持ち込んだ荷物だらけであった。彦星の荷物は少なく、ほとんどが、ザ・ノース・フェイスのアウトドアリュックひとつの中に納まっており、それは部屋の片隅に置かれている。


 ワイングラスを合わせる音が室内に響いた。

 ふたりは会わないでいた一年の間に起きたことを話し合った。と言っても、大きな変化が起きることなどはありえず、そうおもしろい話はない。しかし、それでいいのだ。だいたい、日常のできごとは、ラインで毎日つたえ合っている。

 織姫がさいきん流行っているデザインの話を夢中でするのを黙って聞きながら、彦星は彼女のグラスにワインをそそいだ。

 食事が終わると、しばらくの間、まったりとした時間がふたりを包んだ。


 場所をソファに移し、並んで坐るふたり。彦星は左手を伸ばして、織姫の肩を抱く。織姫は彦星の厚い胸板に顔を寄せる。ふたりの間に会話はとくになく、黙ってそれぞれのスマホの画面を見る。彦星のこだわりでこの家にはテレビがなかった。一年に一度くらい、テレビを観ない日があってもいいじゃないか。

 「ねえ、ともだちに写真を送りたいの。こっちを見て」と言いながら、織姫は、彦星の頬に自分の頬をくっつけて、スマホを操作した。ラインを送り終えると、「ありがとうね」と彦星の頬にキスをした。

 しばらくして、彦星が「ねえ、キマワリっていう昆虫を知っている? ウィキペディアの記事がおもしろいんだよ」というと、いつの間にか、織姫はすやすやと眠っていた。その姿を見て、彦星は織姫の額に口づけをしてから、彼も目を閉じた。


 遅い夕食を軽めにすませると、織姫はバスルームへ入って行った。「いっしょにどう?」と織姫が微笑を浮かべながら言ったが、彦星は軽く首を振った。


 夜、二人は早めにベッドに入った。そしてセックスをした。ふたりの見た目は若者のままだが、精神的にはかなり成熟していた。セックスも激しいものではなく、お互いをいたわりながら、長年の愛情を確かめる行為に見えた。


 次の日の早朝。服装を整えた織姫が、まだ眠そうな彦星に抱きつきながら、別れの挨拶をした。

 「またね、大好き」と。



 おしまい。

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たなばたのはなし 青切 吉十 @aogiri

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