とりかへひな物語

@aiba_todome

第1話

 お内裏だいりさまとおひなさま。なんて言うけれど女の子の日くらいお雛さま優先でいいんじゃないの?なんて思う。

 そりゃこっちだって伝統墨守でんとうぼくしゅの雛人形なんだから普段は男女でいいですよ。もうそうなっちゃってるんだからしょうがないし。今さら女男じょだんなんてね。響きがもうおかしいし。マイケル・ジョーダンかっての。マイケル・ジョーダンが何なのか知らないけど。


「別にいいだろどっちでも。おさまりってもんがあるのさ。男雛は左側、みたいにな」


 となりのお内裏さまが言う。


「関西じゃ逆だっていうよ?」

「だからどっちでもいいんだろ。細かいこと気にすんなよ。が」

「それこそ、に言われたくないよ」


 世の中には数奇な運命っていうものがあって、僕のはそれほどのものかと聞かれると困るけど、まあお人形にしては数奇と言っていいだろう。

 人形というのは、いや絵でもそうなんだけど、目を入れた時に魂が宿る。これは常識。

 そして雛人形っていうのはまず木彫りの顔に目から塗るのだ。なので生まれたての僕は、ちょっとホラーな白目むき出し荒削りだった。

 そこからいろいろお化粧とか塗りたくって今に至るんだけど、僕ははじめ男雛として目を入れられた。つまり男の魂を入れられたわけ。


 でも塗ってるうちにね。塗り師の人がね。こう思っちゃったわけ。


「この顔女じゃね?」


 塗りっていうのは本当に精妙で、1ミリどころか産毛1本分線がズレても印象が変わる。大変なことなのだ。

 それで塗ってるうちに女の子に見えてきたらしい。それも十年に一度の会心作ってレベルで。

 じゃあどうなるかといえば、人間様には逆らえませんよねってことで。僕は見事きれいなおべべを着せられたお雛さまにはとして爆誕させられちゃったわけです。

 そしてその隣では百年に一度か!のレジェンド美少年の顔を持つお雛さまの頭が塗られていたわけでして。


 んで今に至る。


「第一不満なのかよ。お前の言うとおりお雛さまはひな祭りの主役だろ?むしろ出世じゃんか」

「だからだよ。その……なんか悪いなあって」

「はっ」


 僕の罪悪感をお内裏さまは笑い飛ばした。ひどい。


「何いってんだ俺がお雛さまになってみろ。魔性の魅力で全人類をたぶらかしアメリカが核撃つぜ、核」


 すんごいことを言っている。でも大げさすぎるとも思わない。

 お内裏さまの顔は、悔しいけれど、僕より一段上だ。

 僕だって出来が悪いわけじゃない。むしろ老舗の人形屋の、威信を賭けた傑作として売りに出されすらせずに有力者に譲られたレベルだ。それこそ魔力が宿るくらいの。


 でもお内裏さまはそれ以上。世が世なら伝説作ってひな壇から神社にお家をランクアップできる逸材なのである。だからこそ、彼(彼女?)から主役を譲ってもらうことになった運命に、こそばゆいものを感じるのだ。


 とはいえ不満があるわけではない。日本で有数の名家の一人娘のお守りとして飾られ、みんなに愛されながらこのまま




「婚約破棄ですわ〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!」


 なにっ




 泣きながら飛び込んできたのは、僕たちの持ち主円光寺晴磨えんこうじはるまちゃん。ちょっと男の子っぽい名前が不満なかわいい女の子。

 僕たちに泣きつくと、よりにもよって卒業前、ひな祭りの時期に婚約破棄されたという。相手は人外鬼畜外道下種卑劣見下げ果てた野郎だ。


 なんということか。確かにワガママなところがある子で、僕の美麗フェイスにマッキー塗ろうとした日にはひな壇の角で足の小指にセカンドインパクトぶちかましてやったけど、ここまでされるいわれはない。許せん。


「よし呪殺だな。頭に矢ぁぶち込んで菊の花みたいにしてやろう」

「9月の節句にはまだ早いよ」


 わぁ物騒。ちなみに9月9日は重陽ちょうようの節句。大人の女の人のお祭りで、菊を使ってお祝いをし、後雛を飾る。

 お内裏さまは百年に一度の美少年の顔をもつけれど、そのため百年に一度の平安残虐ソウルも秘めているのだった。

 このままでは人形の復讐どころかJホラーの枠組みを飛び出して太平洋越えてアメリカンスプラッターの絵面になってしまう。


「落ち着いて落ち着いて。まずは様子見からでいいんじゃないかな」

「ド頭ん中覗くのは女々か?」

「晴磨ちゃん気絶しちゃうよ……。僕たちのせいで不幸になったら元も子もないんだからね」

「うーんまあ確かに」

「お雛さまぁ……」


 晴磨ちゃんが泣いている。


「助けてくださいまし……。せっかく一緒にお雛さまたちを見ようって、約束してましたのにい……」


 彼女には見えないけど、僕たちは小さく、人形のスケールで頷いた。もちろん助ける。僕たちは君の守り神。そう願われたんだから。


 それに誘われておいて見に来ないというのは、人形に対して最大の不敬。許さない理由が増えた。


 晴磨ちゃんの後ろに立つ。霊体だからまだ見えていない。


「とりあえず晴磨ちゃんの学校の生徒でいいかな。ちゃんとできてる?」

「あったりまえだろ。俺の相棒を誰だと思ってる。俺の相棒なんだぜ?」


 百年に一度の美少年が横に立っている。惚れ惚れするほど制服が彼に似合っている。有名デザイナーに頼んだのは正解だ。

 そんな作品でもおまけにしてしまう美しさが、僕の相棒にはあった。自慢のお隣さんだ。


「そんじゃあ情報収集は頼んだ。俺は2、3発殴ってくるわ」

「殺しちゃダメだよ」

「頭蓋骨の強度による」


 ダメかも。


 そんなこともあって、僕とお内裏さまの潜入作戦が始まったのだった。

 変化すると僕の体は男の子のものに、お内裏さまは女の子になるんだけど、まあ問題ないよね。お人形が裸になったりするわけないし。

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