あなたが推しです【KAC20251】

神美

第1話

 深夜。皆が寝静まった部屋で三人の仕丁しちょうの話し声が下段から聞こえる。


「雛祭りと言ったら、やはり我らの女神はあの御方しかいないな、わはは」


「うぅぅ、そうですね。どんな時でもズンとかまえている、あの御方こそ女神です」


「ふん、普段は身勝手極まりないがな!」


 その話に。私は扇で顔を隠し、笑みを浮かべる。雛祭りと言ったら主役はこの“私”以外に他ならない。赤色の十二単、艷やかな正絹糸スガの黒髪、座位のままでも溢れ出るこの気品。世話係達の話の中心にいるのは、まず私で間違いない。

 けれど身勝手極まりないは余計だ。


「あのしなやかな身体といったら。歩いた時の腰の振り方がたまらないよな、わはは」


 ……ちょい待て。それは現今で言うセクハラに値しないか。というか庶民のくせにいつ私の肌を見た。この着物、脱げるようになっていたか。


「うぅぅ、あの眼差しもいいです。細くてきつい目。暗闇の中で見ると光るのです」


 ……待て待て。確かに目が細いのは認める。これは書き目という高度な技なのだ。光る? うーん、ガラスでできているから光を浴びれば光るだろうが、なんだか化け物じみた言い方だ。


「ふん、時折気性は荒いがな! あと、あの草を使うとすぐに酔っ払ってグダグダになるじゃないか! プライドの塊のくせに、あのグダグダで腹を出す様と言ったら!」


 待て待て待てっ! なんだそれ、私がいつそんなだらしないことをしたと! しかも腹を出したと! そんな姿を見せたら殿に三下り半を突きつけられるわっ! しかもなんだ“草”とは! アヤシイ薬など私はやっていないぞ!


 今すぐ下段に駆け降りたい所だが生憎それはできない。大声を張り上げて説教でもしたいが、そんな事をしたら隣にいる殿や官女や五人囃子を起こしてしまう。さらにヒゲの口うるさい左大臣に私が説教されるし、若いイケメン右大臣に白い目で見られたら今後がつらい!


「あとあの女神はどんな高い場所からでも華麗な着地を決めるよな!」


 ……はい? 私、この雛壇から飛び降りた事はないが。

 その時だ。暗闇からヌッと何かが室内に現れた。しなやかな身体、光る目……長い尾。


「おー、我らが女神だ!」


 仕丁達が騒ぐ中、女神とやらは「ニャーン」と甘い声で鳴いた。

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