第10話
「おっ、来た来た! シザてめぇ、遅いぞコラ!」
すでに戦闘服に身を固めたアイザックと、ルーキーであるライル・ガードナーが私服姿のまま立っていた。
「……うるさいな……出動発令十五分以内には来たでしょう……」
「ぶぁーか! 十五分以内なんて最低ラインだっていつも言ってんのお前じゃねーか! なにが十五分で来たからいいでしょうだよくねーよ! てめー三分で来いよ! お前のホテル目の前じゃねーか! 三分と十五分じゃえらい違いだわ! その天パのセッティングを遅刻の言い訳にしたら直ちに丸坊主にしてやっからな! ったく……三分じゃカップラーメン完成するだけだけど、十五分ありゃ食い終わってるわ!」
「うるさいですよ……なにを一度くらい僕より早く準備が出来たからって偉そうに……僕はいつも貴方より早くスタンバック……、スタンバッてるんですから、文句言われる筋合いないんですよ」
「あ~~~~ッ! 駄目だ! 噛んだからもー駄目だ! お前の噛んだ毒舌なんてもうそれ以上聞きたくねえ!」
アイザック・ネレスが苛々している。
ライルはバイク用ゴーグルを額の上にあげて、腕を組んだ。
「ん~。こんなにも朝までセックスしてましたって顔隠さねぇもんかね? それ【グレーター・アルテミス】流ってやつなの? すげぇ風紀乱れてんだね。最っ高の街だな~」
「うるせぇ馬鹿野郎新人! 俺たち特別捜査官がプロテクター着てる時はなぁ! 助けを求めてる人を助けに行く時なんだよ! だから緊張感のない発言とか! 態度とか単語とかは絶対にすんじゃねーよ! 戦闘服着てるのにセックスとかいう単語言いやがったら、てめー校舎の裏に呼び出してボコボコにすっからな!!」
「おれ今戦闘服着てねーし。どこの校舎裏にだよ」
言いながら火をつけたライルの煙草を、すぱあああん! と鮮やかな手刀で叩き落としアイザックは地面にぐりぐりした。
「これから出動っつう時になに煙草咥えてんだてめぇッ! 大体なんでお前戦闘服着て来ねーんだよ!」
「いや。今日は単なる銀行強盗で現場しょぼそうだから、このままでいいかなぁって思ってさ。
ほら、俺スーパールーキーだから。もっとヤバい現場で初出動の方が見栄えもいいし。
今日は先輩方の活躍を見物させてもらおうかと思ってさ。
アッハハ! まあ、いいじゃん? いざとなったら俺も加わってやっからさ。俺戦闘服とかプロテクターなんか着てなくてもこの状態ですげぇ強えし」
「てめえ絶対特別捜査官舐めてんだろ……」
「アイザックさん、新人への教育的指導は後でいいですから、とにかく出発しましょうよ……」
「やめて! シザ先生バイク逆さに乗るのだけはお願いだからやめてっ! お前クールな完璧キャラで売ってんのに、そんな姿見たら【グレーター・アルテミス】に生息する見かけでしか人を判別出来ないシザ・ファルネジアファンが一撃で死滅する!」
余程そんな姿を見たくなかったのか、アイザックは顔を両手で覆っている。
ああ……、とシザは緩慢な動きで、座席に座ったまま不精しながら身体を反対に戻す。
「……いいんですよ僕は別に……ファンの為に警官やってるわけじゃないんだから……金の為ですよ」
「それ人前で言っちゃ絶対ダメなやつだから! あと特別捜査官が『金』っていうのもやめろ!」
「今日は毒舌にも全然パンチ利いてねえな……」
ライルが二人のやり取り呆れている。
「一人は恋に浮かれててもう一人はシンプルな不良! ちょっともうさすがの俺でも今更こんな駄目な若い子二人会社から指導とか任されても全然無理なんだけど! 立派な捜査官に育てていく自信全然ねーよ!」
「別にあんたに育ててもらう必要ないですよ……。僕はとっくに立派な特別捜査官なんです。今の僕の【アポクリファ・リーグ】のランキング、何位か分かって言ってるんですか? 一位ですよ」
「シザさん、……シザさん、三本指立ってるから! 一位って言いながら出してる指が三本立っちゃってるから! 今日あの、活躍しても絶対メディアで喋んないでくれる?
じゃないと【グレーター・アルテミス】以外にも生息してくれてる奇特なお前のファンも死滅しちゃうから! 絶滅の運命だから!」
「……いいんですよ僕はファンなんかどうでも……。僕はユラだけが僕のこと世界で一番カッコイイって目で見てくれれば、他の奴らなんかどーだっていいんですよ……あんなやつらアリンコですよ……」
「オーイ! 誰かユラ・エンデここに連れて来ーいッ! じゃないともうこの体たらく直せねーよ!」
ライルがケラケラと笑っている。
「いいねぇ、連れて来てよ。
シザ・ファルネジアを弟の分際でここまで骨抜きにしてるユラってのがどんなもんか、一度見てみたいしさ。朝まで燃えちゃうってのは、やっぱ身体も相性よくて気持ちイイんだろうなぁ~。羨ましーっ 興味あるう」
「だからてめえらふざけてないで……」
――ガン!
いきなりすごい音がして、見遣るとプロテクターに包まれたシザの長い足が、側に停まっていたアイザックの車にめり込んでいた。
「えっ。あのシザさんおみ足が……」
「――今、何て言いました?」
半分眠っていたシザが突然覚醒し、ライルを睨みつけている。
「お?」
「聞き間違いでなかったら貴方今、ユラのことを気やすく『ユラ』と呼びました? 貴方は新人で、僕の後輩になりますよね? 貴方の今まで生きて来た世界では、先輩の恋人を気安く呼び捨てるんですか? それはまぁ、胸糞悪い躾のなってない場所で過ごして来たものですね。
あと今、弟の分際でとも言いましたよね? あなたは新人の分際で【アポクリファ・リーグ】MVPの最愛の人間を分際呼ばわりするんですか? 命、いらないんですか?」
「お? どうしたいきなりいっぱい喋り出して」
「おまえ……初日からシザをキレさせるとは……」
アイザックが両手で顔を覆っている。
シザがバイクのエンジンを蹴り上げるような仕草で起動させる。
「命の要らない新人は早くバイク乗って下さい。強盗事件なんかとっとと解決して、躾のなってない新人に激しく鞭を振るう仕事が出来ましたから、急がないと」
「おう。なんかいきなりスイッチ入った理由はよく分からんが俺はいつでも出れるぜ」
シザはサングラスをすると、合図も出さずに突然アクセルを踏み込み飛び出していく。
アイザックは大きくタイヤを滑らせるようにして敷地を出ていくシザのその走行を見るだけで憂鬱になったが、ライルは恐れ知らずなもので、大笑いしながらもすぐに自分のバイクで追って行った。こっちも相当なスピード狂だ。
「あいつシザの運転にちっとも引いてなかったな……」
それも嬉々としていた気がする。
普通の人なら新しい仕事先にあんな幾つかの交通法確実に破っているような先輩がいたら勘弁してくれと嫌な顔をするところだ。
ライル・ガードナーは【グレーター・アルテミス】に来る前はオルトロスという場所で警官をしていたらしい。
そこもこの【グレーター・アルテミス】の首都ギルガメシュのように、世界でも有数のカジノ街を保有する歓楽街で、治安の悪い犯罪都市としても知られる。
シザも感情が運転に出る男だが、ライルの運転の荒さも相当なことが分かる曲がり方だった。
「とうとう【
アイザックは深くため息をつくと車に乗り込み、サイレンをきちんと鳴らしながら発進していく。
◇ ◇ ◇
ラヴァトンホテルの駐車場を出て緊急車両専用の、特別外周道路に入る。
シザは自分に追いついてきたライルを振り返りもせず、冷たい声を響かせる。
「PDAを起動してください。僕の情報を今日は特別にそっちに連動させますから。
【アポクリファ・リーグ】が開始された時の他の特別捜査官の居場所、事件現場、犯人の場所、逃走経路、その他現在の各交通道路情報など、基本的な情報は情報部から流してくれますが、その他の好みは自分でセッティングしてください」
シザの爆走を全く苦にもしてないライルが、口笛を吹いている。
「オーケイ オーケイ♪ おれ、自分の好みでセッティングすんの得意だし大好きだしィ」
「出動したら私語は慎んでくださいうるさいな」
「なんだよ、俺がユラを呼び捨てにしたのそんなに怒ってんの?」
「怒っていますし、今も呼び捨てましたね。僕の怒りを上塗りするなんて本当に新人のクセにいい度胸ですね貴方」
「じゃー何て呼べばいいんだよ。それをまず言えよ。ユラちゃん? 名前短いから愛称って感じでもないわな。ユラちゃんか」
「――貴方なんかがユラを呼ばなくていい!」
元も子もないことを言ったシザを、ライルが大笑いしている。
専用外周の下方の道路を、高速バイクが走行中だ。電子音が鳴る。
「おっ」
「【
「これからよろしくね~!」
追い抜いていくルシアに対して、確実に届いていない挨拶を送る。
「ルシアの戦闘の実力などは、僕や優勝候補のアレクシス・サルナートにとっては取るに足らないものですけど、彼女は漁夫の利も辞さない所がありますから女だと甘く見ていると痛い目を見ますよ。それに見目の良さからメディアがよくピックアップしたがるので、彼女はメディア露出ポイントでは侮れません」
「【処女宮】って伝統で女性警官一番多いんだって? どーせなら俺もそこに所属して彼女たちと仲良くなりたかったな~~~~」
「貴方元々警官だったんですよね? 余程実戦には慣れてるはずなのになんで緊張感そんななんですか? 警官時代も現場に行く時はそんな感じだったんですか?」
「うん。そお」
「…………そんなことをしてるから、表の世界でアポクリファが舐められるんですよ」
シザは苛立つように言いながらも外周を高速で巻いていく。
特別外周道路は法定速度が無い。
緊急車両が緊急時、鮮やかな手際で現場に駆け抜けていく様子も【グレーター・アルテミス】の名物の一つだ。
別の電子音が聞こえてくる。こうして【アポクリファ・リーグ】所属の特別捜査官が一定範囲に入ってくると報せているようだ。
「右側に走行中が【
「……ねぇ、あんたってさぁ」
「私語は慎んでくださいって言いませんでした?」
「なんでノグラントの国際裁判所に出頭しないわけ?」
シザはライルを見た。
それは睨みつけたと言っていい、強い見据え方だった。
しかしライルは全くそれに臆することもなく、続けて来る。
「あんたの指名手配内容、俺も警察時代見たけどさ。どー考えてもあれ、裁判になったって陪審は無罪つけるだろうよ。最近の事例見てもアポクリファ養子にしといて虐待するとかは印象悪いし。けど今の容疑は殺人罪だから時効はねえだろ。【アポクリファ特別措置法】使って、今の親の養子になっても、あんたがホントに自由に【グレーター・アルテミス】以外に行けるようになんの十年後だぜ? 絶対出頭しちまった方が楽だろ」
「……。」
「おっさんから聞いたけど、養父のダリオ・ゴールドには児童虐待以外にもなんか黒い容疑があるとかってホント?」
シザは舌打ちをする。
「あのおっさんは……余計なことをベラベラと……。
――そうですよ。児童虐待なんか、あの男からすれば些細な容疑なんですよ。
今出頭したって、虐待されてた子供が養父を殺して、まぁひどい話だったわねえと頭撫でられて終わりですよ。僕はそんな茶番には興味ないんです」
「お涙頂戴はいらねぇって?」
「全てのあいつの罪を暴き出してから、あいつの地位も名誉もこの世に残っているもの全て、泥に塗れさせて破壊し尽くしてやるつもりです。
僕が出頭しないのは、まだあいつとの勝負が終わってないからですよ!」
専用道路から下り、通常の公道に合流する。
遠くで発砲音がして、閃光が見えた。雷の光だ。
【アポクリファ・リーグ】が世界に誇る、アポクリファによる能力戦が始まっている。
「初めて人殺した時、どう思った?」
「――……」
「あ~悪い悪い。これ警察時代、いっつも殺人犯に聞いてた質問なのよ」
「……それを聞いて何か実りがあるんですか?」
「いんや何にもない。単なる興味」
「僕は興味本位でプライベートな問題に首を突っ込まれるのは好きません」
「あっそお。ならいいよ。聞いてみただけだし」
「清々しましたよ」
ライルは遅れて聞こえたシザの声に、そちらを向く。
サイドミラーにシザ・ファルネジアの冴えた表情が映り込む。
「ずっと僕を苦しめ続けていた男を、この手で殺せた。
僕は躊躇いも無く、容赦もなく、一撃であいつを殴り殺してやりました。
でもあいつがちゃんと人の心を持っていれば、それは決してしなかったことです。
だから僕は少しも後悔していない。
何度あの場面に時が戻ったって、僕は何回でも同じことをします!
――迷いもなく‼」
犯人の逃走車が、方向を転換してこちらに向かって来る。
シザはバイクを滑らせながら止めると、軽やかに飛び降りた。
「貴方はそこにいて下さい。プロテクター無しで戦闘に積極的に関わるのは、基本的には規約違反ですから。そういうことをすると【獅子宮】全体でポイント減点されかねませんので」
ライルは肩を竦めた。
「りょーかい。ここで見てるわ」
遠くで爆風が巻き起こっているのが見える。
犯人が二手に分かれたらしい。
まるでダンスフロアのように、様々な光が点滅している。
聞こえて来る音も、発砲音や車両音ではない。
壁や地上を破壊しているような、ドオン! というミサイル着弾みたいな音がして、ライルは声を出して笑ってしまった。
これは【アポクリファ・リーグ】が世界世界最高峰のエンターテイメントなどと揶揄されるわけだ。
――キィン!
シザ・ファルネジアの身体が、光を纏い駆け出していく。
光の能力者であるシザは瞬間的に自分の身体能力を跳ね上げることが出来る。
その彼のプロテクターは、通常では判別出来ない高速の視覚運動を補佐するユーティリティ・イメージインテンシファイアと、瞬間的に跳ね上がる身体能力から肉体を守る為の強化プロテクターである。
これをしなければインパクトの瞬間に自分の体も傷つけてしまうのだ。
つまり【アポクリファ・リーグ】所属の特別捜査官達は、全員自分たちの能力に応じた特別なプロテクターや補助器具を装備しているわけである。それを総じて戦闘服と彼らは呼んでいる。
シザは一瞬でスピードに乗ると、暴走しながらこちらに走って来る車をドン! と正面から受け止めた。衝撃で後輪が跳ね上がり、ボンネットもひしゃげる。
そのまま捻るようにして車を逆さまに、地面に叩きつける。
バババババ……
上空から風を吹き降ろして、二台のヘリが近づいて来る。
【アポクリファ・リーグ】の管理室が飛ばしてる中継ヘリだ。
逆さまになった車の中にいた三人の犯人が狼狽した様子で、窓から発砲して来た。
シザは素早くこれを躱した。
しかしこれで、犯人に投降の意志がないとみなしたシザは、車をまるでボールのように上空に蹴り上げて、同時に地を蹴って飛び上がる。一瞬で高位に移動すると、ゆっくり飛び上がって来た車に向けて、渾身の踵落としを叩き込んだ。
車は隕石のようにコンクリートの地面に叩きつけられてめり込んだ。
土煙と瓦礫が舞い落ちる。
【処女宮】のルシア・ブラガンザが遅れて到着し、彼女は無駄足を踏まされたとばかりに大きく首を振った。
すぐに、向こうの方でも【
近くのビルの窓から人々が顔を出し、拳を突き上げて喜んでいる。
一番近い感覚がスポーツ観戦なのだろう。気に入っている州の州旗や警察署のエンブレムをフラッグにして振っている姿もたくさんある。
逮捕劇がもはや街の一大イベントだ。
確かにアポクリファの能力がこれほど迷いなく行使され、行使を推奨され、賞賛を浴びる場所は地球上どこにもない。
エデン・オブ・アポクリファ。
「面白れぇ街だよな」
バイクに頬杖をつきながらライルは愉快そうにその光景を眺めた。
歩いているだけでこんな場面に遭遇するのだから、それは娯楽に飢えた人間にとっては、堪らない街だろう。
シザ・ファルネジアが戻って来る。
いつものように戦闘用ゴーグルを外し、まとめていた肩ほどまでの髪を解きながら。
『だから僕は少しも後悔していない!』
【憤怒】という妄執の光を纏い、アポクリファ達はこの地に集う。
それまでの過去や、惨めな境遇から抜け出したくて。
ライル・ガードナーはそのどちらでもない。
彼も力の強いアポクリファで早々に孤児になった。
それでもその時々で人の群れの中で友人知人を作り、それなりに楽しくも生きて来たし、
理不尽な扱いを受ければこの手で殴りつけて弾き返したから、別に鬱憤だらけだったというわけでもない。
力は頼りにされたから、いつの間にか人間の世界でも有数の犯罪都市の警官になって、人の為に働いていたことさえある。
この地に来たのは、そうかそんな待遇でそんなにも給料がいい場所があるなら面白そうだから一度行ってみるかと思ったからだ。
ライルはこの地が楽園でも楽園じゃなくてもどっちでもいい。
居心地が良ければ留まり、そうでもなければまたどこか別の場所を探すまでだ。
この地は楽園ではないかもしれない。
だが、この世のどこかに必ずそれぞれにとっての理想郷はある。
彼はそう信じ抜いていた。
(――愛の為に殺した奴って、みんなそう言うんだよな)
【終】
アポクリファ、その種の傾向と対策【エデン・オブ・アポクリファ】 七海ポルカ @reeeeeen13
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