この音。止まるな。

くすのきさくら

気が付いていないのは――

 ガッタンゴトン――ガッタンゴトン……。

 規則正しい揺れの中。

 少し前までは雲の中だった太陽が私の背中を突き刺さって来る。

 そして車内をオレンジ色に染めている。

 学校終わりのこの時間。暖かい日差しは睡魔を誘う。

 でも私は寝ていない。

 寝ているのは――私の隣に座っている眠り王子の幼馴染。南風みなみかぜ寧音ねおのみ。

 というか。この眠り王子。電車に乗った瞬間から寝ているけど。


 高校生になりもう2年。

 春には最高学年。

 その先の事なんてまだ何も考えてない。

 それに今って後からじゃ楽しめないから。

 今は今しかない。

 友達と一緒に帰る。

 これも今しかできない事。

 ちなみに、私の前では同じクラスの友人で、クラス公認カップルが先ほどからスマホ片手に楽しそうに何やらコソコソ話しているので、2人の邪魔はせずに私は母親ポジションで2人をあたたかく見守っている。


 微笑ましい光景を見つつ。気持ちいい電車の揺れに浸っていると。キキィィーと、ブレーキがかかる。

 ブレーキで身体が傾くと、隣で寝ていた眠り王子の身体と軽くぶつかる。

「――じゃ、南凪なつ。あと寧音ねお?寝てると思うけど。また明日ー」

「うん。また明日ー」

「――起きてるって」

 それと同時に私の正面に座っていたカップルの女の子の方がまず席を立ち私。納谷なや南凪なつに声をかけてきたので私も返事を返す。

 すると、私と身体がぶつかったからか。またはブレーキで起きたのか。眠り王子こと幼馴染が起きた。

納谷なやさん。南風みなみかぜの事頼みまーす」

「あー、起きなかったら電車の中に置いてくかもー」

「おい。起きてるんだけど」

 女の子が立つとそれにつられるように隣に座っていた男の子も立ち上がりつつ私にいつものように声をかけ。足元に置いていた2人分の通学カバンを手に持つ。

 その際に私の肩が小突かれたが。スルー。

 私が答えると男子の方は笑いつつ。私の隣から発せられているであろう視線から逃げるように足早に電車を降りていき。先に下りていた彼女とホームで合流していた。

 そしてこちらに手を振って来たのでこちらも返す。

 ちなみに私のお隣は何やら不満をぶつぶつ言っていたが――。

 ガッタン……ゴトン――ガッタンゴトン……。

「――zzz」

「もう寝てる」

 先ほど一瞬起きていた眠り王子は電車が動き出すとまた夢の中。

 移動中は睡眠時間とか言っているのだが――まあいいか。

 ――この寝顔を見れるのもずっとではないかもしれないから。

 ブブッ、ブブッ――。

 すると、私の制服のポケットに入っていたスマホが揺れた。

 スマホを手に取り確認すると――。

『お内裏様とお雛様ー』

「うん?」

 何やら謎な言葉――の後にもう一度ブブッっとスマホが揺れ画像が来た。

「……バカか」

 送られてきた画像は。先ほどの車内の画像だった。

 逆光の中。私と眠り王子を隠し撮りしていたらしい。 

 ちょうど眠り王子は眠っていて制服の両肩がずり上がり。いつもはなで肩の眠り王子肩幅がしっかりし。

 一方2人のことを微笑ましく見ていた私。何やら怖いくらいの笑顔。

 そして逆光により車内と言うのが分かりにくくなり。

 おまけにオレンジ色の背景。

 確かにまるでお内裏様とお雛様――って、なわけあるか!

 私とこの眠り王子(余談だがこのあだ名はクラスメイト達が付けた。私は関わってない。まあ確かに顔は良いので王子はあっているから私も使ってるが――)単なる幼馴染ですから!

 ――まだ。

 と、心の中で突っ込んだ後。高速で保存。のち、スマホの画面を消した。

 横の眠り王子にバレると厄介だからだ。


 気持ちいいいつもの帰り道の揺れの中。今日は特に良い思い出が作れた。

 もしかすると来年には離れ離れかもしれない。

 だからもう少しこの揺れ。止まるな。


 なお、先ほどの写真。

 小さく眠り王子が画面の端で小さくピースしていたのを見つけるのは――もう少し後で別の話。 

 



 了

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この音。止まるな。 くすのきさくら @yu24meteora

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