歩き続けよう、希望ある限り

新巻へもん

いざゆかん

 あの夢を見たのは、これで9回目だった。


 くそ賑やかなエンジン音を子守歌に昼寝を決め込んでいたシュナイダー曹長は砲撃音で目を覚ますと額に手を当てて考える。

 うーん。どこで読んだんだっけな。

 小説か何かの書き出しだったが、なんというタイトルか思い出せない。

「ま、いっか」

 現実に向き合うことにして複葉の戦闘機ヴォルフ16の後部座席から身を乗り出すと、左右どちらから見ても雲霞のごとく敵兵が群れていた。

 おー、おー。こんなに大勢で。

 味方の劣勢にシュナイダーは他人事のような感想を抱く。

 こりゃ、下手に拠点防衛を命じられるよりも良かったかもなあ。

 引き受けさせられた任務の面倒くささがちょっとだけ薄れた。


 ヴォルフ16を発見し空に向かって無駄弾を撃つ敵兵を見下ろしながら、シュナイダー曹長は前の席のパイロットに怒鳴る。

「こりゃ、わが軍は相当厳しいな。これ無事に戻ってこれるかな?」

「曹長が頼りなんですからよろしくお願いしますよ」

「任せろと言いたいところだが諦めた方がいいかもな。仮にターゲットと無事に会えたとしても、帰りつく頃には軍団基地にはアイツらの旗が翻っているだろうぜ」

「じゃあ、どうするんです? もう引き返せる地点は越えてますよ」

 シュナイダーが王妃の弟君ヴィレム殿下を救出するために向かっている場所は飛び立った基地から500キロの彼方にあった。

 エンジン音を響かせているヴォルフ16の航続距離は800キロもない。

 つまりはこの飛行は片道切符、帰りはテクテク歩くことになる。

 しかもその間には反乱を起こしたシファ教徒の軍が30万人もいた。

「ま、本国まで連れて帰るしかないだろな。引き返したところで敵前逃亡で銃殺刑だ。進むも地獄、退くも地獄。泣けるぜ」

 シュナイダーはそう言いながら再び目をつぶる。

 その途端にカンカンという音というか振動を感じた。

「おい、撃たれたんじゃねえか」

「そうかもしれません」

 そのことは事実であったことが40分後に燃料不足という形で証明される。

 機体下部の燃料タンクに開いた穴から少しずつ燃料が漏れており、プスンという音と共にエンジンが止まってヴォルフ16は滑空態勢に入った。

 シュナイダーはサファリジャケットのポケットから写真を取り出す。

 2枚のうちの1枚は石造りの神殿を撮ったものだった。

 生い茂る樹木の中、遠くに見える遺跡の姿が幸いなことに目的地であるものであることを確認する。

 だましだましパイロットはヴォルフ16を飛ばしていたが、少しずつ高度が下がっていった。

「この辺に降りられる平地ってあるのか?」

 シュナイダー曹長は大声を張り上げる。

「ありません!」

「だよな。聞かなきゃ良かった」

 それから約1分後、ヴォルフ16は密林に突っ込みその役目を終えた。


 シュナイダーは乗っていた機体の主翼が木にぶつかり盛大に前転した際に後部座席から華麗に飛び出したものの別の木に上下逆さまで叩きつけられている。

 ぐええ。

 カエルが踏みつぶされたような声を発して、そのままずるずると滑り落ちた。

 木の根元で首を曲げ上半身は幹に寄りかかり、脚を広げた状態で身動きをしない。

 ガサガサと音をさせてパイロットがやってくる。

 顔や手に擦過傷があるが大きな怪我はなさそうであった。

「曹長。曹長!」

 声をかけるとシュナイダーは目を開ける。

「うーん。いてて。死ぬかと思った。なんでえ、変わったやつだな。逆立ちしてやがる」

「違いますよ。曹長が逆さまなんです」

「ん?」

 シュナイダーは体を横転させ、あぐらをかいて座った。

 首をこきこきさせながらパイロットを見上げる。

「やだなあ。俺のプリティなおケツ見て興奮したりしてないよな?」

 パイロットは大きくため息をつく。

「安心してください。私にそういう趣味はありません」

「あっそう。本当はワルツ踊りたいとか思ってない?」

「これっぽっちも」

 それから2人で散らばった装備品を集め終えると遺跡を目指した。

 3時間ほど歩くと遺跡の前に到着する。

「で、ヴィレム殿下はどこにいるんでしょう?」

「さあな。この中のどっかには居るんだろうな」

 高さ50センチほどの5段の石段の上で黒々と口を開いた遺跡の入口にシュナイダーは親指を向けた。

「極東の島国では、こんな形のところに人形を飾って女の子の幸せを願う風習があるそうですよ」

「ふーん。随分変わった風習だな」

「ですね。それから、ベッドじゃなくてフトンというものを床の上に直接敷いて寝るんです」

「ま、なんだって地面に直に寝るよりはいいだろよ。しかし、そんなこと良く知ってんな」

「私、その国に行ったことがあるんです。これ、その時の記念の品で」

 パイロットは細長い白いリボンのようなものを取り出す。

 真ん中に黒色で複雑な文字が書いてあった。

「そりゃ文字か? なんて書いてあるんだ?」

「テンカムソウ。世界で1番って意味らしいです。かっこいいでしょ?」

「ああ。そうだな。さ、面倒くさいが中に入ろうぜ。」

 そんなどうでもいい会話をしつつ、松明を作ると中へと入っていく。

 直径3メートルぐらいある石の球に追いかけられたり、蛇でいっぱいの小部屋に落ちたりはしたが、なんとか無事にヴィレムと出会うことができた。


「というわけで、国に帰ります。お支度を」

「その必要はない。私は調査を続ける。もう少しでインタラン族の祭祀者の玄室に到達できそうなんだ。その発見が私の憧れなんだ。調査を始めてもう10年だぞ。私の身が危険というが、見てのとおり、この格好なら私の正体に気づかれることはないだろう」

 確かに薄汚れ現地人ふうの格好をしているヴィレムは碧眼ということを除けばシュナイダーの持っている写真と似ても似つかない。

「お気持ちは分かりますが、これは命令なんですよ」

「それは貴殿のだろう?」

 シュナイダーは背嚢を引っ掻き回し、1枚の封筒を探し出した。

「これ、殿下宛てです」

 封を切って中を呼んだヴィレムはため息をつく。

「姉上に迷惑はかけられないな。仕方ない」

 通路の先の暗がりに名残惜し気な視線を向けるとヴィレムは踵を返した。

 地上に戻るとヴィレムは遺跡の側のキャンプに案内をする。

 もうすぐ日が暮れるので、今夜はここで過ごすことにした。


 簡単な夕食をすまし粗末な小屋の中から外を見ると、ジャングルの闇の中を無数の小さな光が飛ぶのが見える。

「あれは? 妖精じゃないですよね?」

「ああ、発光する小さな虫だ」

「へー」

 ヴィレムは話題を変えシュナイダーに質問した。

「それで、どうやって国に帰るのかね?」

 シュナイダーは地図を広げる。

「俺たちが出発した総督府と軍団基地まで500キロ。しかし、間にはシファ教徒がうじゃうじゃいます。なので残りの3方向しかないのですが、どっちに向かっても厳しいのは変わりません」

「まあ、そうだな。南は100キロほどで海に出るが何もない不毛の地、東側は我が国とは伝統的に仲の悪いフールーズ共和国の支配地域。西に向かえばシファ教徒の聖地シファンバードだな。で、どちらに向かう?」

 ヴィレムはシュナイダーに視線を向けた。

 シュナイダーは首の後ろを左手でポリポリと掻く。

「殿下を含めて、俺らは良く見ればこのあたりの人間でないことはバレちまいます。となると外国人と分かれば問答無用でぶっ殺しかねないシファ教徒は避けたいですな。まあ、殿下は正体を明かせば貴重な人質なんで命までは取られないかもしれませんがね。そんな感じなんで結局のところ東側しかない。で、ここです」

 右手で地図の中のフールーズ共和国の支配地域の端にある1点を指示した。

「ブリジュナ。ホラント王国の勢力下にある都市です。一応、ホラントは我が国ともフールーズともつかず離れずの中立国。ここで船を拾います」

「直線距離で300キロか。途中大河も渡らなければならないし、ほとんど道なき道が過半を占める。そこまで歩くのか?」

 シュナイダーは背後を振り返る。

「タクシーがありゃ乗りますがね」

 ヴィレムは苦笑をした。

「フールーズの連中に我々の正体が発覚しても面倒なことになるだろう。とても無事にたどり着けるとは思えないが」

「ま、そこはそれ。そのときに考えましょう。ここでうだうだ言っていても始まらない」

 

 1晩寝ると3人で身支度を終える。

 シュナイダーは背嚢からコルト・シングルデリンジャーを取り出してヴィレムに渡した。

「これ、持っておいてください」

「私は射撃は得意ではない。持っていても宝の持ち腐れだろう」

「大丈夫です。外しゃしません」

 シュナイダーは右手の親指と人差し指で拳銃の形を作ると人差し指を口の中に入れる。

「なるほど」

 パイロットは顔色を変えるが、ヴィレムは動揺することなく頷いた。

「使う機会がないことを期待してもいいかね、曹長?」

「まあ、なるべく期待に添えるようには努力しますよ。首都に帰ったらビールおごってください」

「分かった。好きなだけ飲ませよう」

 途端にシュナイダーは相好を崩す。

「そんじゃ、サイコーに上手いビールの為に」

 そういうと口笛を吹きながら長い旅の第1歩を踏み出した。


-完-

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