第3話 増殖するN

わたし、五家稲荷ごけいなり新宮にいみや学園に通う女子高生だ。

 昼光が差し込む教室は暖かく、思わず船を漕いでしまいそうになったのを何度も耐えて、休み時間までたどり着いた。


 わたしはこの時を今か今かと待っていたのです。今こそ実行に移す時、勇気でファイオーなのです。


さとるくん、一緒にご飯食べよ」


「五家さん!?いや、でも俺今日弁当ないよ。財布も置いてきたら、飯抜きなんだよ」


 隣の席の廻赦渦かいしゃか悟くんは何を隠そうわたしがラブを向ける男の子なのです。生命力に溢れた顔色に、少し淀んだ瞳、穏やかそうに見えて内心周りを小馬鹿にしているのが反映された小市民的小物の雰囲気、驚いた時に見せるちょっと表情筋が働すぎな顔。ああ、どれも可愛い。


 中学生からの付き合いだから、それなりに話したことがあるのに、わたしが話かけるといつも最初のほう緊張しているとことか、ほんとにいい。


「それはさっき他の子と喋ってる時に聞こえたから知ってる。わたし、ダイエット中なの。だから、ちょっと手伝ってくれない?」


「五家稲荷神……!!」


「もう、大げさだなぁ。ちなみに手作りだから、後で感想聞かせてくれると嬉しいな」


 今の発言でクラス中の男子の殺意が悟くんに向かった気がしたけど、問題ないよね。全員に袋叩きにされても多分死なないと思うし。そこが素敵なのだもの。


 そうして二人でお弁当を食べつつ至福の談笑に入る。


「どうかな、美味しい?」


「うん、すごいな五家さん。俺の好みドンピシャだよ」


 よかった~。こういうチャンスを逃さないように毎日お弁当の味付けを悟くん好みにしておいたかいがあった。ありがとう、情報元の未来の義妹ちゃん。


「ところで、悟くん。今日珍しく私服だよね?」


「ああ、これには一応訳があって……。でも、食事時にする話じゃあないな」


「え~、そのもったいぶり方気になるなぁ。遠慮しないで教えてよ。わたし、意外とそういう話も耐性あるんだよ」


「どういう話を想定しているかが気になるが……そうだな」


 悟くんは少し気障に間を開けて話始めた。周りの男子が、親指をサムズダウンした。


「家に〝N〟が出たんだ」







 俺、廻赦渦悟が昨日自室で漫画を読んでいた時だ、急に家中を揺らす振動が何度も襲ってきた。地震かと思ったがアラームはなっていないし、震源を探る内にどうやらそれは妹の部屋からだというのがわかった。俺は直ぐに文句を言いにいった。よしんば文句を盾にマウントを取ってやろうと思った。


「おいめぐ!さっきからうるっせえぞ。ちったぁ近所付き合いってものを考えてだな!」


「あ、ごめんおにい。ちょっと天井裏から気配感じてさあ。退治してたらバタバタしちゃった」


 妹の部屋に入った俺は、その原因を一目で察した。


「……出たのか。〝N〟が」


 そいつは、全身が黒かった。そういう衣装を纏っていたから。手足には忍と掘られた甲を嵌めて、背中には背負い刀。顔面は布と面で覆われ伺えない。妹に背負われた人間大のソイツは─


【忍者だよ!!!】





 思わず大声を出してしまった後、わたしはすぐにハッとなった。


「ご、ごめん話の途中で……わたし、つい我慢できなくなって」


「いいっていいって。それじゃあ、続きを話してもいいかな?」


「う、うん……わたし、がんばって黙ってるね」





 妹が〝N〟の死骸を床に置いた後、俺達は今後について話あった。


「今年も〝N〟が出たか……ホウ酸兵糧丸とか置いといたんだけどな。耐性でも身に着けやがったかぁ?恵ちゃん、見たのはこいつだけ?」


「だけ。でも殴り殺した時の感触がちょっと違和感あったから、多分分身していると思う」


「一匹見たら百匹はいるっていうもんなぁ……」


 〝N〟には生物界トップクラスの俊敏性や生命力、極限環境への適応、雑食性とそれによる有毒性など多くの特徴があるが、俺が一番恐れているのはその増殖性だろう。一匹でも侵入を許せば、そこは奴らの里になるのだ。必ず根絶やしにしなければならない……。


【ねえ!ゴキブリGのこと忍者Nっていってる!?】




 二度も話を中断してしまった。


「ほんとごめん。だけどちょっと確認させて欲しい、〝N〟って忍者だよね!?」


「五家さん……その名は呼んではいけない」


「いや、そんなノットフォーミーみたいな顔されても……!呼んだらどうなるのさ」


「〝N〟が来る」


 さっきの話を聞いた直後だと、〝G〟を想起してなんか嫌だな。というか、わたしはこれから先、忍者という単語を見る度に〝G〟を想起するのではないだろうか。そう考えると、なんとなく嫌な呪いをかけられた気分だ。


 ところで、〝N〟が忍者であるならば、それを殺した恵ちゃんは殺人を犯したということにならないだろうか……?どうしよう、今からだと司法の勉強をしても恵ちゃんの裁判には間に合わない。隠蔽技術の方を磨いた方がいいだろうか。わたしは気になって尋ねたのだけど。


「〝N〟には戸籍も人権もないから、殺しても罪には問われないよ」


「裏社会人の発言?」


「あいつらは……闇の世界の住人だから……。とにかく気にしなくていいよ」


「わかった。わたしももう言わないよ、話を続けて。でもごめん。我慢できそうにないからこれからも【】でちょくちょく口を挟むね」


「ああ、構わないよ。それじゃあ続きを聞いてくれ」



■ 



 話し合いの結果、当然だが俺達は〝N〟を殲滅することになった。〝N〟は放置しておくと家主を暗殺したり、機密情報を抜いてばら撒いたりしてきて危険だからだ。


【シンプルに専門の駆除屋スレイヤー呼ばないといけない危険度じゃない?】


【大丈夫だよ。家にはデストロイヤーがいるから】


【悟くん、こっちで喋られると誰が喋っているのか分かりづらくなるから地の文と当時の回想以外では口を噤んでくれないかな?】


 はい……。


 ともあれ、方針を決めた俺たちの視界の端で、こぶし大の人影が動いた。


「恵ちゃん、小型の〝N〟だ!」


 俺の的確な指示を受け取った妹は猫科の生物のような俊敏さで〝N〟を仕留めた。

 ほっとしたのも束の間、気づかぬうちに俺達は敵意を持った〝N〟たちに取り囲まれていた。だが、臆することはない。


「やっちまえ。恵ちゃん!」


「あーい」


 妹の正拳突きの衝撃波で半数の〝N〟が壊滅し、残存兵が飛び道具で反撃をしかければ。


「避けろ!恵ちゃん!」


「ピッピカァ!」


 見事な回避を見せる。


【ざっくりとした指示!これほとんど恵ちゃんの自己判断と代わりないでしょ】


 あ、あるないとでは大違いなんですよ。

 それを見抜いた〝N〟たちは優秀な指揮官である俺から倒そうと判断したんだろうな。


「囲まれた!助けてくれ恵ちゃん!」


「おにい邪魔!」


 妹がちぎって投げた。

 圧勝だった。妹の圧倒的な戦闘力とそれをサポートする俺の戦略の前に、〝N〟はその後も狩られるだけの獲物に過ぎなかった。


【知略の方は大分おそまつじゃない?】


 ……数時間の殲滅戦の結果。奴らは十数へと数を減らし、残った者たちも罠にかかり俺達の手中に収まった。勝ちは決まったんだから。


「なあ恵ちゃん」


「なぁに、おにい?」


「こいつらを幾つかの陣営に分けてさぁ。殺し合わせて生き残った奴らだけ助けてやるって遊びしようぜえ」


【それはもう気が触れた大殿の発想なんだよ】


「いいね。んで勝ち残った奴は生への希望を抱かせた瞬間殺そう」


「お、わかってるねえ」


「へへ、おにいこそ」


【悪趣味で兄妹の絆を感じ合わないで】


 何もかも上手くいくはずだったんだ……奴が現れるまでは。


【奴?】


 奴、そう。〝N〟共の窮地に駆けつけたのは。


 〝G〟だ……!


【今さらぁ!?今さら来るの?もうやること残ってないでしょ……周回遅れだよう】


 〝G〟。あいつは〝N〟を超える速度で駆け回り、侵入した家の食料がなくなるまで食いつくす生粋のプレデター。その長い肢体から足高アシダカのコードネームを授かる。


【GはGでもG軍曹でしょこれ!アシダカグモの方を〝G〟って呼ぶことある?紛らわしすぎるでしょ】


 恵ちゃんが気を抜いた隙を見計らって飛び込んできた〝G〟は、瞬く間に捕らわれていた〝N〟たちを救出すると銃器を乱雑に投げつけてこう鼓舞した。


「貴様らは情けない蛆虫だ!みすみす敵兵の捕虜に成り下がる脳みその腐った最低のゴミ虫だ!」


 緑の軍服を全身に纏った、鬼のような厳しい顔つきをした壮年の男性はこう続けた。


「だが、最低であるということはこれからは強くなる一方ということだ。カス共、本当の戦場というものを教えてやる。銃を手に取れ!Get themやっちまえ!」


「うおぉー!!」


【……軍曹じゃねえか!!】


 〝G〟の教育的指導により現代兵器の取り扱いを覚えた〝N〟たちは一転攻勢に出た。それからの戦いはとても熾烈なものになり、お昼休みでは到底語り切れるものではなかった……。





「で、今私服ってことは、負けて家追い出されたんだね?」


「昨日は野宿でした……」


「そっか……。大変だったね」


 そうして、わたしは気になっていたことを確認する。


「それじゃあ、さっきから校門の前で守衛さんと揉めている軍人さんって」


 軍曹は私の視線に気づくと、こちらに視線を合わせ、にっと笑った。


Get themやっちまえ!!」


 その直後。


 抜き足、差し足、忍び足。聞こえないはずの足音が、私たちの元に近づいているような気がした。

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廻赦渦兄妹の日常怪奇 見門正 @3kado

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