電柱の上の少女

*****

「終わりだ終わりだ」



 俺は酔っ払っていた。酔っ払って叫びながら歩いていた。


 それなりの大声だったが、ここは田舎の小都市の大通りなので深夜にそれを気にする人はあまりいない。


 俺は今絶望していた。会社の状態が非常に良くないからである。


 会社とは社会人にとっては日常であり、そこの状態が良くないということは日常の状態が良くないということである。


 なので俺は今非常に苦しみ、このままなにもかも終わるように気がしていたのだ。



「全部終わりだ。俺の人生終わりだぁ」



 次の叫びはなかば泣きかけていた。


 残念ながら泣きたくもなるという状況なのだ。



「うるさい!!!」



 と、突然叫び返された。



「ひっ....」



 俺は誰もいないものだと思って叫んでいたのでビビった。


 あたりを見回すが人はいない。



「何時だと思ってんのよ」



 また声がする。しかし、今度はどこから声がするか分かった。


 見れば電柱の上に人が立っていた。


 電柱のてっぺんにだ。つまりはるか高所から街を見下ろす形になっているわけだが。



「たまげたなぁ」



 俺は思わずそう漏らした。


 当たり前だが、電柱のてっぺんに人が立っているのを見るのは初めてだった。


 しかも、少女で、服装は街でよく見るような当たり前のものと来ている。道を普通に歩いているような一般人が訳のわからないところに立っている形だ。



「なによ、あんまりジロジロ見ないでくれない? うざいんだけど」


「そう言われてもな」



 こんな珍奇な光景に目を奪われるなという方が無理のある話だ。


 しかもよく見ればかなりの美少女だった。



「そこでなにをしてるんですか?」



 俺は思わず聞いた。酔っ払いには常識も節操もないのである。



「酔っ払いうざ....」


「そこまでどうやって登ったんですか?」


「うざいって言ってるでしょ。とっとと静かにどこかに消えて」


「でもさすがにこんな珍しいものを見逃すことはできないよ」


「はぁ....」



 少女はものすごく不機嫌になったような気がした。表情は読めないが、明らかにそんな感じがする。


 しかし、酔っ払いは空気を読むという能力が消滅しているのだ。



「なんか、そこに人が立っているのはワクワクします。伝奇ものみたい」


「奈須◯のこみたいな?」


「そう! まさしくそんな感じ」


「そう」



 なぜだか少し少女の機嫌が良くなったような気がした。


 もしかして伝奇とかそういうの好きなのかな。



「もしかして、伝奇ものに憧れてそこに立っているんですか?」


「それだけなわけないでしょ!」



 怒られた。しかし、憧れもあるらしかった。



「見晴らしが良いからよ。見晴らしが。ここからだと良く索敵できるの」


「なんか、◯姫Rのワンシーンみたいですね」


「そ、そう? あんまり意識してなかったけど」



 なんだか少女は上機嫌になっているような気がした。TYPE-◯OONファンなのかもしれない。月◯Rをやっているとなるとそこそこのファンな気がする。まだアニメ化してないからね。



「良いですね。若いって」


「今の会話からどうやってその発言に辿り着くのかよく分からないけど」



 残念ながら酔っ払いの思考回路は支離滅裂なのだ。



「僕はもうダメです。ダメなんです。人生が終わりかけてます」


「な、なによ急に」


「会社がもうダメなんです。そしてそこに巻き込まれるんです。もう人生終わりです」



 俺の魂の叫びだった。



「な、なんで会社が終わったら人生終わりなのよ。辞めれば?」


「簡単に言ってくれるなぁ」



 俺は歯茎を剥き出しで怒るドラ◯もんのような顔で言った。



「今の成◯良悟に無茶言われた◯須きのこのマネです」


「あー、なるほど」


「やっぱり好きなんですね。それもそこそこ。だからそこに立ってるんだ」


「そ、そんなわけないでしょ。必要だから立ってるのよ」



 少女は毅然とした態度で言った。しかし、俺の思考はこの少女がかなりの◯YPE-MOON好きであることを読み取っていた。



「でもどうしようもない。どうしようもないんです。こんなところで電柱の上に立つ摩訶不思議な少女と会話する程度じゃ僕の人生何も変わらない...」



 俺はとうとう泣き出していた。



「や、辞めれば会社?」


「世の中はそんな簡単じゃないんです。無能な大人には社会の前になす術はないんですよぉ...」



 独りよがりで泣き出す酔っ払いほどタチの悪いものはない。だが、どうしようもない。俺の人生は現在そういった状況だ。こんなところで不思議な少女相手に愚痴を垂れながら泣くしかない状況なのである。



「でも、話を聞いてくれただけで助かりました。ありがとう不思議な方」


「なんで感謝されるのか分からないけど...」



 ただ、どうしようもなくても話を聞いてくれるだけで救われることがあるのである。弱音の絶叫を聞いてくれるだけで助かることがあるのである。俺の精神はこれでまた来週は保つだろう。


 その時だった、



──オォオォォォォォオオオン



 遠くから、遥か遠くから身の毛のよだつような音が聞こえた。恐らく、何かの生物の叫びだった。


 俺は今までの思考がぷっつり切れて、本能的な恐怖から身をかがめた。



「出たわね。じゃあ、私行くわ。なんか分からないけど元気でね。あんまり無理するんじゃないわよ」



 そう言って少女は電柱から跳ね飛んだ。文字通りだ。


 そのまま電柱から電柱、さらに建物の屋根の上を飛び遥か向こうに行ってしまう。


 その先には、



「なんだあれ」



 その先にはなにか巨大な黒い影があった。深夜で真っ暗だから分からない。だが、どう見ても鉄塔より大きな巨大ななにかがそこに居た。



──オォオォォオォオォォォォォオオオン



 また、魂を削るような恐ろしい声が聞こえる。



「どうやら飲みすぎたな」



 酔っ払いは酔っ払いなので、現実であり得るはずのないものが見えた気がしてしまうのだ。


 俺はそのまま黙って帰路についた。

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電柱の上の少女 @kamome008

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