電話先のあなたへ

夜澄 司

鳴り響く黒電話

 私の地元には黒電話がポツンと置かれている無人駅がある。


 利用者は黒電話が置いてあることはもちろん知っているけど、昔ながらの古風なインテリアとしか認識しておらず、特に気にしたりはしない。


 私だけがその黒電話の秘密を知っている。


 それを知ったのは本当にたまたまだった。


 無人駅になるぐらい辺鄙な田舎だから、夜遅くに駅に訪れる人なんていない。

そもそも終電だって夜の8時と早すぎるぐらいだ。


 私はその日、たまたま散歩をしようと思って駅まで歩いてきた。


 周りに街灯なんてないから、駅の中は暗くてよく見えない。

 昼に見る駅とは全然違うその雰囲気に、少し身震いをしてしまったのを覚えている。

 ちょっと怖かったから、早く帰ろうと踵を返したタイミングだった。


ーージリリリリンッ!


 大きいベルの音が鳴り響いた。


 思わず、ひゃあっ!と声を出してしまった私を責める人はいないだろう。

 誰だってこうなる。


 駅の方を見るとその音は鳴り続けていた。


 怖さよりも好奇心が勝ってしまったのか、普段なら絶対近寄らずに帰るのに。

 非日常への扉が開いたかのような高揚感に包まれて、私はその音の発信源に近づいていった。


 その発信源に近づくと音の正体はすぐにわかった。


 みんながただのインテリアだと、そう思っているあの黒電話が鳴っていた。


 え、これ壊れてるんじゃないの?


 かくいう私も壊れた黒電話をインテリアとして置いているだけだと思っていた。


 そんなことを考えている間も黒電話は鳴り続けている。


「出て…いいのかな…?」


 もう一度言うけど、普段の私なら絶対にこんなことはしない。


 でもその日だけは特別で。


 私は黒電話の受話器を手に取り、耳に当てた。


「も、もしもし…?」


「あっ、良かった〜!出てくれて。全然出てくれないから何事かと思ったよ」


 電話口から明るい女性の声が聞こえた。


 何事かは私の台詞だ。

 一体全体あなたは誰なんだ。


「えっと、その、あの、これ駅にある電話なんです」


「え?うん、知ってるよ?」


 知ってるんかいと心の中で思わず突っ込んでしまった。

 この女の目的は一体なんなんだ。


「ね、君さ。その町を出るかどうかで悩んでるでしょ。」


「ーーッ」


 図星だった。


 今の時代、SNSで因習村だなんだとネタにされてるのをみるけど、私の住んでるところはまさにそんなところだった。

 閉鎖的で、発展もなく、緩やかに死に向かっていっている。

 誰もが成長しようとしていない。

 そんな場所が私の住んでいるところだった。


「今あなたが悩んでいることはね。そのまま突き進んでいいことだからね。お母さんも背中を押してくれる。それだけ伝えたかったんだ。あっもう時間ない!ごめんね!じゃ、頑張ってね!ーー!」


「えっ、なんで私の名前…」


 最後に私の名前を言ったその謎の電話主はそのまま電話を切ってしまった。


 なぜ私が母を置いて町を出ることを悩んでいることを知っているのか。

 気分転換に散歩に出たこのタイミングを狙って電話をかけてきた?

 そんなことが可能なのか?

 様々な疑問が頭の中を回る。


 その後私は頭の中でぐるぐると同じことを考えながら家路についた。


 結論から言ってしまえば、私はその後、生まれ故郷を出て東京へと向かった。

 送り出す時に母は涙ながらに喜んで背中を押してくれた。


 そこで夢だったデザイナーの仕事を見つけて、恋人ができて、結婚して、子供を産んで、一般的に幸せとされる生活を送っていると思う。


 孫の顔を見た母はこれ以上ないくらい喜んでくれた。


 この選択に後悔は一切ない。


 でも結局きっかけになったあの電話が、誰からのだったかは知らないままだった。


 そんなことを考えていると、なんとなく散歩をしたくなってしまった。

 最低限のものを手に取ってぶらぶらと外を歩く。


 娘が帰ってくるまでまだ時間もあるしな、なんて考えながら歩いているとポツンと電話ボックスがあるのが見えた。


 こんなところに公衆電話なんてあったっけ。

 確か昨日まではなかったと思うんだけど。


 近づいてみると、中には見覚えのある黒電話が、ポツンと置いてあった。


 今、私は確信めいた何かを感じている。


 電話ボックスに入り、受話器を取る。


 何もしなくてもコールが鳴っている。

 中々出ない、でも確実に出る人がいる。

 私は知っている。


「も、もしもし…?」


 聞こえてきたその声に、思わず笑みが溢れてしまう。


 私はあの時のことを思い出したながら受話器に向かって話しかけた。


「あっ、良かった〜!ーー」

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