おすそ分けの関係

碧月 葉

ーBoy's Sideー

「今日は絶対ヤリたいんだよね」


「あの娘はどう? 慣れてなさそうだから……しっかり飲ませて持って帰れば?」


 隣席の男2人から、ゲスな会話が聞こえた。

 奴らの視線の先では……ひとりの女性が慣れない様子でメニューを見上げている。

 とろみのあるネイビーのブラウスに、白いパンツというシンプルな装い、化粧も地味だが、黒目がちで少し垂れた瞳とぽってりした唇……確かにかなり良い。

 目敏い奴らだ。


 ……気づいてしまった責任か。

 俺は残りのビールを飲み干すと、席を立って彼女に声をかけた。


 誘いに応じてくれた彼女と軽く飲む。

 案の定、初来店だという彼女。

 無難な話題として店内の装飾について話すと、予想以上に食いついてきた。

 実はこの店の設計から内装、インテリアのデザインは俺が担当したのだが、そこは秘密だ。

 彼女の感想はとても興味深く、学生時代に戻ったような高揚感が湧き上がった。

 悪い狼から遠ざけようとしただけなのだから、そろそろ解放しないと……と思うのだが名残惜しくて言い出せない。

 

「あの、もう少しお話したいです。今後は私が奢ります」


 思いがけない誘い。

 一瞬迷ったが、俺は割り勘を提案してのった。

 さっきの奴らが、まだ狙っているかも知れないからな……と言い訳を思い浮かべながら。

 

 2軒目のバーでも、彼女との会話は楽しかった。

 恋はもうしないと思っていたけれど、この女性ひととなら……なんて考えてしまうほどに。

 いつの間にか俺は5杯目のスコッチを、彼女は6杯目のカクテルを飲み干していた。

 時計は11時を回っていた。

 奢ろうと思っていたが、彼女は割り勘を忘れていなかった。

 駅へ送る途中で連絡先を交換しよう……なんて考えていたら、彼女が急に酔っ払いだした。


「あれ、終電いっちゃった? ……なんだかもう眠い……」


 俺は慌てて、いやらしく見えないホテルを探し、彼女を部屋に連れて入った。


 平常心と唱える俺に対して彼女の様子が少し変だ、熱い瞳で俺を見つめている。

 それなりに酒が入っている俺は混乱した。


「私、今夜誕生日なの、お願い……このまま抱いてよ」


 順番が逆になってしまうのは避けたかったのに、そんな風に可愛くお願いされてしまったら……ああ、もう知らない。


 彼女に触れた瞬間、体が熱くなった。

 俺は、雄の本能のまま夢中になって彼女を貪り、幸福感に満たされて眠りについた。



 翌朝。

 2万円だけ置いて彼女は去った。

 名前も、連絡先も知らない。

 また会えるかもと、あのバーに通ったが、彼女は二度と現れなかった。

 



 会いたい……やっぱり恋なんてするもんじゃない、と言い聞かせていたある日。

 自宅マンションのエレベーターで彼女と再会した。

 向こうから挨拶してくれて、嫌がっている様子はない。

 俺はこのチャンスを逃すまいと、脳みそをフル回転させた。


 彼女は少し疲れた様子で、カップ麺と野菜ジュースが入ったビニール袋を手にしている。


「残業だったの?」


「うん」


「あのさ、俺、ポトフ作り過ぎたんだよね、良かったらもらってくれない?」


 我ながら思い切った提案だったが、彼女は喜んでくれた。

 俺はポトフを小さな鍋に入れて渡した。

 鍋を返しに彼女にまた会えるのでは、という期待を込めて。

 

 作戦は成功した。

 翌週、鍋は絶品ドライカレー入りで返ってきた。

 俺たちは無事、改めて自己紹介をして、友人という距離から始め直す事ができたのだ。


 俺は店舗デザイナーで、彼女は家電メーカーのパッケージデザイナー。

 趣味も仕事も似ていた。

 次第に互いの部屋を行き来するようになり、映画を観たり、ゲームをしたり、忙しい時期はご飯をご馳走し合ったり……でも、キスもセックスもしない、そんな仲。


 俺はシタいという気持ちを押し殺している。

 でも彼女が、友達としての俺に満足している様だから何も出来ない。

 何より、男としての俺に期待していないんじゃないかという不安がある。

 初対面にあんなにがっついて抱いてしまったのだ。戻れるならば、もっとじっくり時間をかけて愛するのに。



 出会ってからちょうど1年たった頃、俺は勇気を出して訊いた。


碧衣あおいちゃん、初めて会ったあの夜、俺そんなに酷かった?」


「え、今更?」


「朝、逃げる様に帰っていったし、その……朝見たらシーツに血が付いてたりして、俺、乱暴にし過ぎて、嫌だったのかと気になってて」


「そんな事気にしてたの⁈」


 彼女は笑った。


「だってヘタなままだったら嫌だろ。ここは恥を忍んで改善点があれば言ってもらった方が……」


りょうくん凄く上手だったよ。たぶん」


「たぶん?」


「恥ずかしいんだけどね、私あの時が初めてだったんだ。血はそのせい。そして、他に経験がないから『たぶん』で。大丈夫、自信持っていいと思うよ」

 

 ……俺が今、とてつもなく喜んでいる事を、君は知らないだろう。

 今は、料理を、アイディアを、ぬくもりを少し分け合う間柄に過ぎないけれど、俺はずっと一緒にいたいと思っている。


 俺が最初で最後の男になる事を、君はいつか許してくれるだろうか。


               【了】



              

                

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

おすそ分けの関係 碧月 葉 @momobeko

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ