ホワイトデーのお返しと、お菓子の妖精たち
無月弟(無月蒼)
第1話
3月のイベントといったら、何を思い浮かべる?
ひな祭り? それとも、卒業式?
確かにそれらもあるけど、もう1つ大きなイベントがあるじゃないか。
それはバレンタインのお返しにチョコをくれた子にお菓子を贈る、ホワイトデー。
だけどこれ、なかなか厄介なイベントだよ。
3月のはじめ。ボク、
「うーん、ホワイトデーのお返しって、何をあげればいいんだろう?」
ボクは先月のバレンタインで、中学のクラスのみんなからチョコをもらっていた。
といっても、深い意味はなかったよ。友達みんなに、配ってるみたいだったし。
とはいえもらった以上は、やっぱりお返しはしなくちゃ。
特に親友の
そしてボクはお菓子作りが趣味だから、これは負けてられない。
ホワイトデーには照ちゃんのチョコに負けないお菓子を作ろうと思ってるんだけど、さて何を作ろうか。
とりあえず、今は市販の色んなお菓子を買ってきて吟味中。
キャンディーにマカロンにクッキーにマシュマロ。たくさんのお菓子を片っ端から買ってきたけど……。
「よく考えたら、マシュマロは無いよね」
たしかホワイトデーのお返しには、お菓子ごとに意味があって。マシュマロは、『アナタのことが嫌い』という意味だった。
他にも、キャンディーだと『アナタが好き』。チョコレートだと、『アナタと同じ気持ち』という意味があるけど。
マシュマロの『嫌い』は、きわめてマイナスの意味だ。
「マシュマロなんて贈ったら、照ちゃん傷ついちゃうよね」
だから用意しておいてなんだけど、マシュマロは除外して……。
「ちょっと待ったでゴザルー!」
「えっ……うわああああっ! マシュマロからなんか出てきたー!?」
信じられないことだけど、突然目の前にあるマシュマロから、マシュマロそっくりの姿の生き物が飛び出してきたんだ。
なに? これどうなってるの?
驚いたけど、それだけでは終わらなかった。
「あーあ。ついにマシュマロが我慢できなくなっちゃった」
「うふふ、ホワイトデーではいつも、肩身のせまい思いをしてるものね」
クッキーやキャンディーからも、お菓子そっくりの生き物がでてきた??
「き、君たち、なんでお菓子から出てきたの?」
「それは拙者達が、お菓子の妖精だからでゴザル!」
「お菓子の妖精? ということは君は、マシュマロの妖精? けど、どうしてゴザル口調なの?」
「細かいことは気にするなでゴザル。それよりお主、名前は?」
「えっと、岡江志 悩夢だけど」
「では悩夢どの。お主先ほど、マシュマロは『嫌い』という意味だからやめとおこうとおっしゃっていたでゴザルな。しかし考えてみるでゴザル。マシュマロは『嫌い』という意味だって、誰が決めたでゴザルか!?」
「誰がって……昔から言われているんじゃないの?」
誰が言い出したかなんて、わからないよ。
するとマシュマロの妖精は、嘆かわしそうに言う。
「よく考えてみるでゴザル。そもそもバレンタインやホワイトデーにお菓子を贈るという文化は、日本独自のものでゴザル」
「うん、そういえば聞いたことある」
「そもそもコトノはじまりは1936年。モロゾフが新聞に『バレンタインデーにチョコレートを贈ろう』という広告出して、それがきっかけにバレンタインにチョコを贈る風習が生まれ、それに付随する形でホワイトデーが生まれたのでゴザルよ」
へー、最初にチョコを贈るって言い出したのはモロゾフだったんだ。
それは知らなかったなー。
「つまりチョコを贈るバレンタイン文化は、生まれてから100年にも満たない歴史の浅いもの。ホワイトデーは更に浅い。そのホワイトデーにマシュマロを贈るのが『嫌い』という意味? そんなの、お菓子メーカーの社員が勝手に言い出して、言いふらしただけではゴザらんか!」
──っ! そ、そうかも!
バレンタインやホワイトデーのことを、お菓子メーカーの陰謀って言ってる人もいるくらいだ。
そうなるとマシュマロの妖精の言う通り、お返しのお菓子の持つ意味も、お菓子メーカーの人が作ったってことになるのかなあ?
すると、今度はクッキーの妖精が口を開く。
「勝手に意味なんてつけられて、ボクもマシュマロも困ってるんだよね」
「クッキーも? たしかクッキーの意味は、『友達でいましょう』。告白をやんわりと断るような意味だっけ」
「告白を断る? そう思ってる人も多いけど、考えようによっては『友達でいましょう』って、ポジティブな意味じゃん。なのにマイナスな解釈をされちゃっているんだよ。本来は、『ずっと仲良しの友達でいようね』っていう、すごく素敵な意味なのに」
「え、本当はそういう意図が込められていたの!?」
「そうかもしれないって話。知らんけど」
テキトーに言っただけかい!
けどたしかに案外その可能性もあるか。
お菓子メーカーの人がわざわざ、そんな悪い意味をつけるとも思えないし。
って、それ言い出したらマシュマロなんて、どうして『嫌い』なんて意味にしたんだってなるんだけどね。
わざわざ売り上げを下げるような意味なんて、つけることないのに。謎だ。
そしたら、次はマカロンの妖精が。
「アタシなんてそもそも、マカロンが流行りだしたのが2005年。21世紀に入ってからよ。なのに『アナタは特別な人』って意味になってる。マカロンが流行りだしたのを見てお菓子メーカー、速効でつけたのね」
え、マカロンってそんなに歴史浅いんだ。
ボクの生まれる前ではあるけど、流行りだしてからまだ20年しか経ってないのか。
そんなに歴史が浅いなら、たしかにお菓子メーカーが勝手に意味つけたっていうのもうなずけるかも。
「これでお返しの意味が、いかに曖昧なものかわかったでゴザルな。意味に振り回されるのではなく、悩夢どのが良いと思うお菓子をあげるのが一番いいのでゴザルよ。というわけで悩夢どの、ホワイトデーにはぜひ照ちゃんどのに、拙者マシュマロを贈って……」
「ちょっと待ったー!」
自分を推してくるマシュマロの妖精をさえぎったのは、キャンディーの妖精だった。
「たしかにお返しの意味なんて、お菓子メーカーが勝手に作ったものかもしれないわ。けどその意味を信じて、重く受け止める人だっているの。いくら理由を並べても、『嫌い』って意味のマシュマロを贈られた照ちゃんは、どう思うかしら?」
そ、そうだ! 一瞬納得しかけたけど、大事なのは贈られる側の気持ち。
マシュマロを贈って、照ちゃんを傷つけるのは絶対ダメだー!
「よし、やっぱりマシュマロは無しにしよう」
「そ、そんな! お願いでくださる悩夢どの! 拙者を贈ってくだされでゴザル。拙者、ホワイトデーではいつも肩身のせまい思いをしているのでゴザルよー!」
「そう言われても……よく考えたらそもそも、照ちゃんマシュマロって、あまり好きじゃないって言ってたし」
「ガーン! そ、それじゃあはじめから用意するなでゴザルぅ」
まるで電子レンジで温められたみたいに、崩れ落ちるマシュマロの妖精。
うん、それはボクも反省してる。
「もう決まりね。ホワイトデーには照ちゃんにわたし、キャンディーを贈りましょう」
「え? でもキャンディーって、『好き』って意味でしょ。それはそれで、照ちゃん困るかも。友チョコのお返しとしては、重いよ」
「友チョコ……なんば言いよっとねこんアホはー!」
うわっ! キャンディーの妖精がキレたー!
「アンタその照ちゃんから、凝った手作りチョコをもらったんでしょ。義理でそんなの渡すかー! どう考えても本命でしょ本命!」
「いや、それはないと思うけど……」
けど他のお菓子たちも、キャンディーの妖精に同意するようにウンウン頷いてる。
頭がなくても、頷いてる。
「これはあれだ。好意を寄せられてることに気づいてないパターン」
「悩夢くん、鈍感属性持ちだったんだね」
「ラブコメでよく見る、鈍感モテ男でゴザルな」
ちょっと、なんだよみんな好き勝手言って。
特にマシュマロの妖精、失礼すぎるよ!
「誰が鈍感モテ男さ。ボクは女子だよ」
「だから、いくら女子とはいえ……えっ、女子!? そうだったでゴザルか!?」
そうだよ。
まあ高めの身長とハスキーボイス。ショートカットの髪型やボーイッシュな服装もあいまって、男子と勘違いされることは少なくないけど。
「も、申し訳ないでゴザル」
「いいよ。ふざけて王子様って呼ばれることだってあるし。うち、女子校だからねえ」
「王子様……ひょっとして、照ちゃんどのもそう呼んでいるので? やはり照ちゃんどの、悩夢どのに気があるのでは?」
「いやいや、ないない。女子同士だよ」
「あら、悩夢くんってお堅いのね。全然ありよ。長年本命へのお返しとして贈られてきた、このキャンディー姉さんにはわかるわ。照ちゃんは確実に、悩夢くんのことが好きよ!」
自信満々に言い放つキャンディーの妖精。
え、まさか本当に?
待って、どうしよう。さっきまで普通に友達だと思ってたけど、意識したら急にドキドキしてきた!
「と、とにかく今は、ホワイトデーのお返しを考えないと。照ちゃんは友達だし、ここは無難にクッキーを……」
「だ~か~ら~。クッキーじゃふるのと同じなんだって。ほらほら、キャンディーを贈りましょう」
そんなこと言われても。
キャンディーの意味は『好き』で、マカロンは『特別』でチョコレートは『アナタと同じ気持ち』。
もしも照ちゃんが本当にボクのことを好きなのなら、こんなものを贈って下手に喜ばせるわけにはいかない。
けどだからといって、マシュマロやクッキーはダメだっていうし……。
誰だよ、ホワイトデーのお返しに、こんなややこしい意味なんて作ったのは!
「悩夢くん、ホワイトデーには是非、わたくしキャンディーを贈りましょう!」
「待てって。悩夢くんは照ちゃんを、友達だって思ってるんでしょ。ならやっぱりここはクッキーだよ」
「マシュマロを! 拙者を忘れないでほしいでゴザルよー!」
次々と自分をアピールするお菓子の妖精たち。
どうやらボクのホワイトデーは、思っていたよりずっと大変になりそうだ。
ホワイトデーのお返しと、お菓子の妖精たち 無月弟(無月蒼) @mutukitukuyomi
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