お隣さんとベランダで

山田あとり

フラれて泣いて


 あたし今、きっとブス。すっごくブス。

 だって泣くのガマンしてるから。


〈別れよ〉


 そんなLINEのひと言で終わらせるってなに? バカにしてんの?


「……そりゃ、あたしバカだけどぉ」


 でもがんばって生きてるもん。

 会社行って働いて、ひとりで暮らしてるんだもん。えらいと思う。


「ふんだ。あたしだって、もう嫌い。ばーか」


 歩きながらつぶやいたら、ふえって泣きそうになった。

 やだ。泣かない。負けたくない。


 くちびるをキュッてする。

 シパシパまばたきして涙なんか出ないようにする。

 あたしの変顔、夜だから通行人にはあまりバレてないはずだ。


 アパートの部屋の前でカバンから鍵を出す。もう家だって思ったらまた、ふえってなった。ポロポロ涙が落っこちてくる。とまんない。

 ガチャ。開いたのはあたしの部屋じゃなかった。隣。


「――おぅわっ!?」


 出てきた隣の大学生くんが、あたしを見て変な声をあげた。

 そりゃそうだよねえ。だあああって泣いててごめん。


「――だ、だいじょうぶ? 何かありました?」

「ううん、なんでもないよ」


 あたしはエヘヘと泣き笑いして、いそいで自分の部屋に引っこんだ。


 ――そんで、泣く。

 うわああん、て泣く。

 当然のなりゆきとして、ずびびびって鼻をかむ。


 それを十セットぐらいくりかえして、あたしは大きく息を吐いた。


「……つかれた」


 カバンを放り出して床にペタンと座ったまま、何もできない。

 あたしはシャワーも着がえもうっちゃって、ずるずると冷蔵庫からサワーの缶を取った。


 カラカラ。

 窓を開け、ベランダに出る。

 夜の空気が気持ちいい。

 すー。はー。呼吸しなおす。

 ピンクのネイルをプルタブに引っかける。

 カシュ。

 くぴ。

 泣いてかわいたのどに、安いお酒がしみた。


「ふにゃあ……」

「――猫か」


 ため息みたいなツッコミが隣のベランダから届いて、あたしはヒクッとなった。


「え? え、なに」

「ごめんちょっと……いや、すごく気になって……」


 お隣の大学生くんが困った声でボソボソ言った。姿は見えない。仕切りの板があるから。

 コンビニに行こうとしてた大学生くんは、あたしが心配で様子をうかがってたんだって。えええ、出かけられなくしちゃってごめんだよう。


「だって、めちゃ泣いてるの聞こえたし」

「ありゃ」

「ありゃじゃないでしょ。なんかヤバいことありました? 殴られたとか、物を盗られたとか。警察呼ばなくていい?」

「そーゆーんじゃない……フラれただけ」


 大学生くんがすごく気をつかってくれたから、あたしは正直に言った。


「フラ……そ、か」

「あはは。勝手にヘコんでるんで、ほっといていいよ」

「いや……その男アホだな。こんな可愛い人をお断りかよ」

「ふえぇん……ありがとぉ……」


 お隣さんとは別に友だちでもない。顔と、大学生だってことぐらいしか知らない。

 なのにあたしがワンワン泣いてたからってやさしくしてくれるんだ。いいひとだなあ。

 あたしはサワーをごく、と飲んだ。大学生くんはまだそこにいて、話してくれる。


「……告ってしくった? それとも付き合ってた?」

「付き合ってた……半年ぐらい? むこうから付き合おって言ってきたのに、やっぱ別れよって」

「ひでえ」


 くぴくぴ。ごくん。


「あたし、なんか悪かったかな……」

「や、違うだろこの場合、悪いのは相手――ああもうッ」

「ひゃっ」


 いきなり大学生くんがドンと仕切り板を叩いた。


「これぶち破っていい?」

「え、なん、なんで怒るの」

「怒ってない。でも書いてあるし。〈非常時はここを破って隣に〉って」

「非常……?」


 見たら、本当にそう書いてある。

 非常時かあ。それってどんな? あたしは考えちゃったけど、大学生くんの低い声が板のすぐ向こうでした。


「今、非常事態でしょ? こんな泣いちゃってヤケ酒飲んで――俺、助けに行きたい」


 ゴトン。

 それはたぶん頭を板にぶつけた音。そのままささやかれる。


「ちょっと下がってて。蹴破るから」

「ふえ、やだ、ダメだよ。不動産屋さんに怒られるよ」

「ダメじゃない。今どう考えても非常時」

「ちょちょちょ!」


 あたしは困って背伸びして、ベランダの手すりのほうから隣をのぞいた。


「ねえ、やめてよ」


 チラッと見えた大学生くんの肩が起き上がる。

 苦しげに笑いかけられ、熱いまなざしが降ってくる。

 

「わかんない? ――俺、会うたびに思ってた。お隣さん、すごく可愛いなって」

「……へ」

「そんなわけで、フリーになったお隣さんに俺は正々堂々アピールします。OK?」

「おーけー?」


 びっくりしてオウム返ししただけなのに、大学生くんはニヤリとした。


「了解されたんで、俺が次の彼氏候補ね。とりあえずなぐさめるためにそっち行かせてよ。玄関からでもいいけど」


 ほけっと大学生くんを見つめたあたしは、気がついて両手で顔を隠した。こんな泣きはらしたとこ見られちゃった!

 そしたら仕切り板越しに、腕をよいしょと伸ばし頭をヨシヨシされて。

 大学生くんはまだ彼じゃないけど――その手がすごくあったかいなと、あたしは思った。



 了


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

お隣さんとベランダで 山田あとり @yamadatori

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ